第五章 魔物は人の内に棲む(一)
神宮寺は仙台入りする時刻を考えて、仙台の上空に十一時に本体が到着するように計算する。仙台にどれだけ、滞在するかわからないので、神宮寺は増槽を積んで辺境魔法学校を出る。
翌朝、九時四十分に仙台市に入った。仙台空港に葉山さんが、すでに待っていた。
「おはよう、葉山さん、こうして一緒に妖怪退治をする展開になるとは思わなかったよ」
葉山さんは神宮寺をきつく見据えて話す。
「私は今、呪い屋組合に所属しているわ。表向きは貴方の手下にもなった。でも、京都を捨てたわけではないわよ」
(態度が手下にならないから、手下になった、に変わったな。月形さんの影響だな。配下だと認識があるほうが、俺もやりやすい)
「俺は京都とのいい関係を望んでいる。全てが上手く行った暁には、京都とも関係を修復したい」
葉山さんは疑いも露に感想を述べる。
「本当にそんな内容を考えているのかしら?」
「そこは、信じてくれとしか、いえない。それより、まず車に乗ろう。あと、俺は車の運転ができない。仙台にも初めて来るから土地勘もない。運転をよろしく頼むよ」
「わかった。運転は私がするわ。車に乗りましょう。移動時間を考えると、もたもたしていられないわ」
赤い軽自動車に乗り込む。
葉山さんが胸のポケットに入れた携帯電話とイヤホンを繋ぐ。イヤホンを装着して運転を開始する。
神宮寺はそれとなく尋ねた。
「翡翠って、どんな奴なの?」
葉山さんが真剣な顔で話す。
「言い伝えでは、翡翠は石田三成が飼っていた白い猫よ。それが、石田三成の処刑後、化け猫になって徳川の世を脅かした。それで、当時の八咫家の当主が封印したと伝えられているわ」
「なるほど、依頼してきた八咫さんとも縁がある妖怪なのか。それで、今は、どんな状況なの?」
「翡翠の手下は全て京都十傑が討ったわ。だが、肝心の翡翠には逃げられたのよ」
「肝心の大将格に逃げられるとは、痛恨のミスだな」
「翡翠を放っておけば、また妖怪を集めて、再起する。それだけは、阻止しないと、人の世に災いを招くわ」
神宮寺は葉山さんの言葉を素直に信じなかった。
(翡翠が危険になったのは、徳川の世になったからだ。人間を憎むようになった理由も京都の陰陽師が封印したからだな。なら、徳川の世が終わり、京都の人間ではない俺になら、翡翠はどう出るだろう?)
「翡翠の実力はどうなの? どれくらいの強さ?」
葉山さんは、苦い顔で伝える。
「翡翠の強みは、高速で空を飛べる能力よ。飛行能力は絶大で、日に千里を飛ぶとも伝えられているわ」
(一里を仮に四㎞とするなら、千里で四千㎞。一日が二十四時間で、約、時速百六十七㎞か。想定の三倍の速さでも、時速五百㎞くらいか。俺の本体なら充分に捕捉可能な速さだ。速さで負ける展開は、ないな)
葉山さんが車を西に走らせる。
「このまま、蔵王山の北側に向かうわ。八咫様が『万一、翡翠を取り逃がした場合は、北上して逃げるであろう。翡翠を神宮寺に任せる』って頼んでいたわ」
本体が戦闘機なのは秘密なので、誤魔化しておく。
「おいおい、地面を移動する車で、空を飛ぶ翡翠は捕えられないだろう」
葉山さんが不機嫌な顔で応える。
「わかっているわよ。でも、八咫様が『神宮寺なら、どうにかできるだろう』って笑って話していたわ」
(八咫さんは、俺の正体に気付いているな。正体に気が付いていたから、空戦ができる俺を呼んだのか。八咫さん侮り難し、だな)
神宮寺の本体が仙台の上空に到達した二十分後に、事態が動いた。
葉山さんが険しい顔で叫ぶ。
「だめ、作戦が早まった。予定位置の移動に間に合わない」
「何だって? ここからじゃ、翡翠が逃げたら何もできないぞ」と慌てる振りだけ、しておく。
すぐに本体に意識を合わせて、レーダー画面を確認する。
全長十二mの物体が、時速二百㎞で蔵王山の北に移動しているのがわかった。
(思ったより、遅いな。俺なら、すぐに追いつく)
神宮寺の本体が移動特化モードに移行して、マッハ六の速度で。現場に急行した。
カメラが白い物体を捉えた。翡翠の後方五百mに陣取る。移動特化モードを解除して速度を翡翠の飛行速度に合わせる。
翡翠が後ろを振り返ってから、速度を時速三百㎞に加速する。神宮寺はピッタリと、翡翠の後ろに付く。
神宮寺は離れた相手と会話する『伝言』の魔法を発動させ、音声を前方の翡翠に送る。
「翡翠だな。俺は神宮寺誠、お前と少し話がしたい」
翡翠が馬鹿にしたような声を送ってくる。
「人間が空を飛べるようになったからといって、粋がるな。日本の空は儂のものじゃあ」
「違う。もう、お前の時代は終わった。時は進み空は人間のものになった。もう、おまえたちの天下じゃない」
翡翠は頑として認めない。
「何を。儂は空の王よ。誰にも負けん」
「では、かっての空の王よ。現代の空の帝王である俺を、振り切ってみろ」
翡翠は速度を時速五百㎞まで加速させた。さらに、鳥のように不規則な動きを加えて振り切ろうとした。
神宮寺は機体の柔軟性を上げて移動特化モードを発動させる。翡翠のあらゆる動きに神宮寺は付いていった。六分間に亘って空中で翡翠と追いかけっこをした。
六分後、翡翠がバテたのか、急に速度が時速二百㎞に落ちた。『伝言』で言葉を送る。
「どうした? もう、終わりか? 俺は、まだ飛べるぞ」
「うるさい、これなら、どうじゃ」
翡翠の白い体が帯電したように青白く光る。
(増槽に落雷すると危険だな。それに、俺の体は精密機器の塊でもある)
防御特化モードに切り替えて、全身を魔力の鎧で覆う。
翡翠から強力な電撃が放たれるが、機体全部を魔力で覆った神宮寺は無傷だった。
「今度は、こちらから行くぞ」
神宮寺は防御特化モードを解除して、攻撃特化モードに移行する。攻撃特化モードは攻撃力を上げるためのものだが、逆もまた可能で、普通の戦闘機に不可能な手加減ができた。
神宮寺は翡翠をロックオンすると、魔法でミサイルの威力を弱くして、翡翠に放った。
ミサイルが命中すると、翡翠は落下した。落下した先はゴルフ場のグリーンの上だった。
神宮寺は空中で速度を落とし、グリーン手前に着陸する。




