第四章 奴らには借りを作るな(四)
剣持の警告から約四週間が経った。
仕事から帰ると、月形さんから「金曜日の夜に事務所に遊びに来ない?」と一通のメールが来ていた。
月形さんから遊びに来いと誘ってきた過去は一度もない。
(何だ? また、葉山さんが何かやったのか?)
金曜日の夜、午後から休暇を取って、札幌に向かった。
事務所に行くと、月形さんがドアを開けてくれた。事務所のテーブルの上には、以前にはなかった一辺が十㎝ほどのピラミッド型の装置が置いてあった。
「何、これ? 変った置物だな」
月形さんが澄ました顔で、装置のスイッチを入れる。
「対盗聴器用の妨害電波の発生装置よ。人に聞かれたくない話をする時にいいと思って、買ったの。結構、高かったのよ」
事務所を見回すが、葉山さんの姿は見当たらなかった。
「そうか。それで、葉山さんがいないようだけど、今日はもう帰ったの? それとも呪い屋の仕事に嫌気がさして、実家に戻ったのかな」
月形さんが、冷静な顔で語る。
「そうね。まずは、葉山さんの近況から教えたがほうがいいかしら」
「詳しく聞かせてもらいたいな」
「葉山さん、神宮寺くんの言葉をある程度まで信じたみたいよ。実家に連絡して、神宮寺くんと京都とのパイプ役をやる、って伝えたそうよ」
(パイプ役をちゃんとやってくれるか。これは嬉しい誤算だな)
「そうしたら、帰ってこいって言われたの?」
「いいえ、やってみろと命じられたって、正直に話してくれたわ」
(京都が俺の話に乗ったか。どこまで信用できるかわからないが、魔法先生へのクーデター計画に向けて、一歩前進だな)
神宮寺は、機嫌もよく答えた。
「そうか、それは僥倖。これで俺は、一枚の対魔法先生用のカードを手にしわたけだ」
月形さんの表情が曇る。
「そのカードは、ババ抜きのババかもしれないわよ」
「それは使い方、次第だろう」
月形さんが心配した顔で忠告した。
「ねえ、神宮寺くんは本当に魔法先生を殺す気なの? もし、まだ蒼井さんや小清水さんの件を引きずっているなら危険よ」
「魔法先生を討つのは個人的な恨みからじゃない。魔法先生が生きていると、世界が滅茶苦茶に破壊される。それは俺が望んだ未来とは違う。俺は俺の輝かしい未来のために、魔法先生に消えてもらうつもりだ。これは、俺の野望だ」
月形さんは諦めた顔をした。
「わかったわ。なら、神宮寺くんが思うようにしたらいいわ」
「気になっているんだけど、葉山さんの動きはどうなの? 呪い屋や辺境魔法学校に対するスパイ行為をしたり、している?」
「彼女はそこまで愚かではないわ。今は京都の駒として潜伏する傍ら、普通に呪い屋に所属する魔道師として仕事をしているわ」
ある程度のスパイ行為には眼を瞑るつもりだった。だが、大人しくしてくれるなら、そのほうがやり易い。
「そうなんだ。それで、呪い屋のとしての仕事ぶりはどうなの?」
月形さんが冷たい顔で、チクリと嫌味を述べる。
「好調よ。仕事を干された私より、よく働いているわ」
「仕事が好調って、それまた、奇妙だね。仕事の依頼なんてまるでないと思った」
月形さんが呆れた顔で語る。
「葉山さんは普通の呪い屋なら二の足を踏む仕事でも平気で受けるのよ。それに、業界の柵も関係なしで、呪い屋中に喧嘩を売るスタイルで仕事をするわ。呪い屋と事を構えるなら、用心棒として葉山さんに話を持ってくる人も出始めているわ」
(呪い屋組合に不満を持つ人間はいる。だが、依頼先が一つしかなかったから、皆は我慢していわけか)
「それは、組合長は頭が痛いだろうな。俺は気にしないけど」
月形さんが表情をきつくする。
「ここまでが、近況報告。ここからが本題。葉山さん経由で八咫さんから神宮寺くんに頼み事が来ているわ」
八咫さんからの依頼には興味があった。
「どんな内容かな。興味がある」
「翌朝、十時までに仙台市に来てほしいんだって」
「何だ。あまり時間ないな」
月形さんが冷静な顔で告げる。
「大丈夫、朝六時のJRに札幌駅から乗って、千歳空港から飛行機を使えば、九時三十分には仙台よ」
札幌ぐらいならよかったが、仙台は、仕事を引き受けるには微妙な位置だった。
「仙台か。あまり辺境魔法学校から離れたくないんだけど、何をさせたいんだ」
月形さんが素っ気ない態度で告げる。
「京都勢は化け猫の翡翠の退治を受けたんだけど、八咫さんたちが取り逃がしたそうなのよ」
「八咫さんらしくない不始末だな。それとも、翡翠はそれほどまでに強いのか?」
月形さんが澄ました顔で淡々と説明する。
「翡翠は北上して、仙台に潜伏。これを、明日十二時に討つ。だけど、もし、万一これを京都で取り逃がした場合は、神宮寺くんに翡翠を始末してもらいたいんだって」
京都勢が仙台にいるので、不安があった。
「本当は俺を始末しようとしている罠の可能性は、ないかな?」
「それは、わからないわ。でも、葉山さんが話すにはこれは非公式かつ個人的な打診だそうよ」
八咫さんには無理を聞いてもらった。「貸し」だと口にしていなかったが、八咫さんの決断がなければ親善試合は大惨事になっていた。
(助けてあげたいけど、何か引っかかるな。裏がありそうだ。でも、疑ってばかりでは、始らない。まずは信じてみろだ)
「わかった。翡翠の始末を引き受けるよ」
「そう、なら、先に仙台入りしている葉山さんには連絡を入れておくわ」
「お願いするよ。あと、念のために、これは俺が一人で行く。月形さんは、札幌を離れないでくれ。もし、事情を知らない京都の人間と仙台で遭ったら、面倒だ」
「わかった。明日は予定を空けておくから、何かあったら、連絡をちょうだい」




