第四章 奴らには借りを作るな(三)
月形さんが事務所にある、魔道師と仕事をするための申請用紙を葉山さんに渡す。
「ここに名前、登録番号、事務所の所在地を書いて」
葉山さんが困惑した表情で訊く。
「事務所の所在地って、どこよ?」
「ここで、いいだろう」
月形さんが優越感を漂わせて告げる。
「あら、じゃあ、葉山さんは私の部下になるわね」
葉山さんが月形さんをきつく見つめる。
「誰が、呪い屋の下になんかに着くものですか」
「わかった。わかった。なら、こうしよう、月形さんが事務所を設立するのに出した同額の金を俺が出すから、葉山さんは共同経営者にしておいて。立場が対等なら、問題ないだろう」
葉山さんが不承不承の態度で口にする。
「対等なら、いいけど」
月形さんが澄ました顔で、やんわりと述べる。
「辺境魔法学校の人間に借りなんて、作るものじゃないわね。私の城が乗っ取られちゃった」
「それぐらい、我慢してくれよ」
葉山さんが名前と登録番号を用紙に記載し、月形さんが事務所の所在地の欄にゴム印を押す。
「よし、できた、これ登録を済ませれば、ここが葉山さんの拠点だ。働く場所があれば、住む場所だって、どうにかなるだろう。不動産屋まわりは月形さんに相談してくれ。俺はこの申請書を出してくる」
神宮寺は申請書を持って円山公園近くにある呪い屋組合の本部に向かった。
呪い屋組合の本部は五階建の黒いビルである。ビルの一階はレストランになっている。二階に事務局が、三階に役員室、四階が会議室、五階が書庫と物置になっていた。
ビルに着くと、階段を上がって事務局の扉を開ける。
事務局は日曜日以外は、やっているので、開いていた。受付の女性に声を掛ける。
「魔道師の登録をお願いしたい。申請書を持ってきた」
受付の女性が申請書を確認する。受付の女性の表情が曇る。
「登録番号はHからになります。Kだと京都の人の番号になりますが、お間違いないでしょうか?」
「合っているよ。呪い屋組合に登録する人間は京都系だからね」
受付の女性は丁寧な態度で詫びた。
「申し訳ありません。京都の方の登録は、お断りしています」
「問題ない。これは組合長裁定で通るから。竹富組合長には大きな貸しがある。協力してくれる」
受付の女性が受理しないので、申請書の空白に『後見人』の欄を追加して『辺境魔法学校 粛正官室長 神宮寺誠』と記載する。
神宮寺の名前を見ると、受付の女性の顔が険しく変わった。
「これでいいか。受理がこの場でできないなら、月曜日に組合長が出てきた時にでも訊いて。きっと受理するように承諾するから。それでは、頼みましたよ」
神宮寺は本体を一足先に辺境魔法学校に戻すと、その日は札幌に宿を取り一泊する。
日曜日に月形さんの知り合いの不動産屋に行く。
すぐにでも入居できる家具付きの物件を不動産屋は見つけてくれていた。札幌での葉山さんの働き口と住むところが決まったので、神宮寺は辺境魔法学校に帰った。
火曜日になると、神宮寺は剣持がいる戦略室に呼ばれた。剣持が渋い顔をして席に座っていた。
「今日、呪い屋組合長から相談があった。先日の親善試合でやってきた京都の葉山を、呪い屋組合に加盟させようとしているんだってな」
「間違いありません。俺の頼みです」
剣持が渋い顔で不思議がる。
「京都の人間を呪い屋組合に入れようだなんて、何を考えているんだ?」
「組合長の息子が俺を殺そうとしたので、報復ですよ。素直に帰らなかった葉山さんへの当て付けでもあります」
剣持はいい顔をしなかった。
「相手は京都の人間だぞ。それが、呪い屋組合に加盟したとあれば、スパイ活動をする。もし、スパイ活動すれば、後見人である神宮寺も責めを負うぞ」
京都と手を組んで魔法先生を亡きものにしようとしている事実は、まだ教える気がなかった。
「まさか、いきなりスパイ活動を開始する馬鹿は、いないでしょう。しばらく、大目に見てください。葉山さんが京都に帰る気になったら、脱退させて、ことなきにしますよ」
剣持は、むすっとした顔で告げる。
「わかった。懸念は伝えた。だが、どうしてもやるというなら、止めはしない。お前はもう、一人のウトナピシュテヌだからな」
神宮寺は殊勝な態度で頭を下げた。
「ありがとうございます」
「それと、これは忠告だ。京都の人間と接点を持てば、京都はこれを利用するだろう」
「考えられますね」
「京都の人間は馬鹿ではない。気を付けろ。利用したつもりでいても、利用される。それが京都の手口だ」
「お言葉、しかと覚えて置きます」




