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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【クーデター編】
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第四章 奴らには借りを作るな(二) 

 本体が市街地に近づくと、低速運転に切り替える。同時に騒音を低減させるために『消音』の魔法も合わせて使い静かに移動する。

 タクシーが大通り公園に到達する頃には本体が大通公園の上空八百mに到着した。本体の到着を確認して、タクシーを降りる。葉山の不意打ちを経過して『精密感知』の魔法を発動させておく。


 念には念を入れて、『ファフブールの召喚』を使い、ファフブールを呼んで、小さくして肩に乗せておく。

 公園は土曜の十三時過ぎという状況もあり、人通りはそれなりにあった。


 微弱な魔力を漂わせた人間が三人いるのがわかった。

(京都の人間にしては反応が弱いな。呪い屋の密偵だな)


 月形さんが神宮寺の袖をそっと引き、冷たい顔をして小声で話す。

「見られているわね」

「素人ではないようだ。ないとは思うが、敵かもしれないので、俺の傍を離れないでくれ」


 噴水に近づくと、噴水の縁に腰掛けて項垂(うなだ)れている葉山さんがいた。

葉山さんを見て、不審に思った。

(何だろう? 暗殺を目論んでいるにしては、覇気がない)


 目の前の葉山さんは幻で、葉山さんの本体が背後から接近している様子はなかった。

 生駒の姿が見えないので、感知できる範囲を西十一丁目からさらに半径五十mほど広げた。だが、生駒の気配はなかった。


 感知範囲を広げると、葉山さんにも強い魔法の存在がわかったのか、葉山さんが顔を上げる。

葉山さんは神宮寺と月形さんを見ると、きつく睨みつけてきた。

「ここに何しに来たの。負けた私を笑いに来たの?」

(何か話と違うぞ。暗殺目的で札幌に潜伏していたのとは違うのか?)


「俺は負けた人間を笑いに来るほど暇じゃない。たまたま、通り掛かっただけだ。そうしたら、葉山さんがいたから、気になって寄って来ただけさ」

「本当かしら?」と葉山さんは眼を細めて疑った。


「それで、何でまだ札幌にいるわけ? 八咫さんと一緒に帰らなかったんだ? 札幌は辺境魔法学校の勢力圏。ここに長居しても、良いことはないぞ」


 葉山さんが神宮寺を睨みつける。

「あんな、惨めな負け方をして、家に伝わる降魔剣まで曲げられて、どの面を下げて、家に帰れっていうのよ。もう、私は家に帰れないわ」

(俺のせいか、また面倒臭いな。素直に「負けちゃいました。次がんばります」って帰ればいいだろう)


 話していると、微弱な魔力を持つ存在が七つ、西十一丁目に集まって来るのを感じた。

 弱い魔力なので、無視した。

「家に帰れないなんて、気のせいだよ。勝負なんだから、勝ちもすれば、負けもする。今回は親善試合だったんだから、次に活かせば良いだろう」


 葉山さんが膨れ面でそっぽを向いた。

 神宮寺はイライラしながら苦情を申し立てる。

「あのな。俺としては、葉山さんと生駒には、無事に京都に帰ってほしいわけ。お二人がここで事件や事故に巻き込まれると、親善試合の采配を任された人間としては困るんだよ。さっさと京都に帰ってくれませんかねえ」


 葉山は「うん」と返事をしなかった。

(こういう、帰ってほしい時に居座るお客って、ほんとう迷惑だよな)


「神宮寺くんと」月形さんが怖い顔をして、神宮寺の袖を引く。

 振り返ると、七名の若者がそこに立っていた。先頭にはロングの茶髪でスラリとした身長の二十代くらいの男が立っていた。男の服装は赤いシャツを着て、よれたジーンズを穿き、スニーカーを履いていた。


 七名からは険悪な空気が出ていた。七名の存在が近づいて来ているのには気付いていた。だが、弱い魔力しか感じなかったので、あまり気に留めていなかった。集団との距離は八mほどあった。


 神宮寺が視線を向けると、先頭の男が神宮寺を睨み付けて声を出す。

「お前ら、京都の魔道師だな。運がなかったな。ここは呪い屋組合の縄張りだ。このまま無事に帰れるとは思うなよ」


 神宮寺は苛立った。

(何で、こう、問題を難しくするかな)


 ここで呪い屋組合の組合員が死んでも。葉山さんが死んでも、(ろく)な展開にはならない。

 葉山さんが先頭の男を睨み付けて声を出す。

「ちょうど、虫の居所が悪かったところよ。いいわよ。かかってきなさい。相手になるわ」

(火に油だよ。何、こいつら、皆して俺を困らせようとして(わざ)とやっているのか)


 神宮寺は葉山さんと集団の間に立った。神宮寺は先頭の男に注意する。

「ちょっと待てよ。こっちが先に話しているだろう。順番を守れ」


 神宮寺は集団の背後にファフブールを迂回させて待機させる。

 先頭の男は険しい顔で睨んだ。

「お前、俺を知らないとは、呪い屋組合の人間じゃないな。少しは魔道の心得があるようだが、引っ込んでろ」


 男の取り巻きが鼻息も荒く、威張った口調で伝える。

「こちらのお方はな、呪い屋の組合長の息子さん。竹富龍夫さんだ」


(また、やっかいな肩書き持ちが出て来たよ)

「竹富組合長の息子って、本当?」と月形さんを見る。


「本当よ」と渋い顔をした月形さんから返答がある。

(竹富組合長よ。息子の躾は親の責任だぜ)


「よし、わかった。なら、組合長の息子さんよ。まず、俺が相手だ」

「ふん」と龍夫は鼻を鳴らして、「やれ」と取り巻きに合図をする。


 神宮寺は『路傍の景色』で葉山から集団の周囲まで覆い、人の注意を惹くかないようにする。

 ついで、ファフブールを元の大きさに戻して実体化させた。


 六名は背後に現れたファフブールに気付かず魔法を唱え出す。魔法が完成する前に、ファフブールから首輪付きの鎖が飛び出す。

 首輪は六名の男たちの首に(はま)る。ファフブールが無情にも首を引っ張ると、六名の男たちが引き倒された。


 龍夫にも首輪が飛んでいたが、龍夫は間一髪、身を低くして躱した。

 ファフブールが拘束した六人に刃物と突き付けて人質に取った。

 龍夫が非常に苦い顔をした。


 神宮寺は気にせず、携帯電話を取り出して、竹富組合長に電話を架ける。

 数回のコールのあとに竹富組合長が出る。

「辺境魔法学校の粛正官室長の神宮寺です」


 神宮寺は龍夫に聞こえるように、はっきりと肩書きを名乗った。

「竹富組合長。これより、粛正を執行します。粛正対象者は、竹富龍夫です」


 竹富組合長は慌てた。

「龍夫は、何をやったんですか?」

「俺を殺そうとしました。なので、このまま始末してもいいんですが、組合長の息子なので、一報を差し上げました。このような事態になって、まことに残念に思います」


 竹富組合長が慌てた声で嘆願した

「ちょっと、待ってください。神宮寺さん。龍夫と話をさせてください」

「いいでしょう。知らない仲ではないので、少しだけ待ちます」


 電話を切って龍夫を見る。龍夫の携帯が震える音がした。

「ほら、出ろよ。パパからだぞ」 


 神宮寺が促すと龍夫が気まずい顔で、胸ポケットから携帯を取り出す。

 二十秒ほど話すと、龍夫は電話を切った。龍夫は強く緊張した顔をしていた。


 すぐに、神宮寺の携帯電話が鳴る。

「神宮寺です。御納得いただけましたか?」

 竹富組合長は心底、困った声を出した。

「すいません、龍夫には後で、よく言って聞かせます。ですから、今回だけは見逃してください」


 神宮寺はハッキリと声に出して、釘を刺した。

「いいですが、この貸しは高く付きますよ」

「それは、もちろん、わかっています。タダで済まそうと思っていません」


 神宮寺は携帯電話を切る。

「組合長の息子で、よかったな。首が繋がったぞ。ほら、行け」


 龍夫が困惑した顔で、ファフブールに囚われた男たちを見て頼む。

「待ってくれ、手打ちだろう。こいつらも解放してくれ」

「勘違いするな。竹富組合長に頼まれたのは、竹富龍夫の処遇についてだけだ。こいつらについては何も頼まれていない」


 神宮寺の言葉を聞くと、ファフブールから大きな鎌が六本ぬっと突き出す。

 ファフブールが鎌を振り上げ、龍夫は慌てた。

「頼む、待ってくれ、そいつらを殺さないでくれ」

「それは、お願いか? 聞いてやってもいいが、これは竹富龍夫に対する貸しだ。組合長とは別に後で払ってもらうことになるが、いいんだな?」


 龍夫が苦い顔で承諾した。

「わかった。だから、殺さないでくれ」

「よし、取引成立だ」


 ファフブールが首輪から男たちを解放した。男たちは小走りに走って逃げた。

 神宮寺は葉山さんに向き直る。

「内輪の見苦しいところを見せたな。葉山さんはどうあっても、札幌から帰る気はないのか?」


 葉山さんがつんとした顔で答える。

「少なくとも、貴方に命令されたくはないわ」

「わかりました。なら、葉山さんが帰れるような、お互いに利益になる話をしよう」


 葉山さんがむっとした顔で(とげ)のある言い方をする。

「何よ、貴方の首でもくれるのかしら」

『精密感知』の精度を上げて、辺りに人気がないのを確認する。そうしたうえで、『路傍の景色』の効果範囲を三mまで絞った。神宮寺は葉山さんの横に腰掛ける。


「この首はやれない。だが、魔法先生の首をやる」

 葉山さんは(いぶか)しむ視線を投げてきた。

「どういう意味?」


「俺は組織の中で上に行きたい。だが、上が詰まっていて、中々、席が空かない。そこで俺はクーデターを考えている。どうだ? この情報があれば京都に帰れるだろう?」


 葉山さんが露骨に疑う顔をした。

「馬鹿にしないで。そんな与太話を土産に京都に帰れるわけないでしょう」

「そう、ここまでなら単なる与太話だ。だが、俺はクーデターを確実にするために、強い力のある人間を求めている。そこに差別はない。京都の人間でもいい」


 葉山さんが怪訝な顔をする。

「はぁ? 貴方は、何を言いたいの?」

「葉山さんには俺の部下になり、京都とのパイプ役になってほしい」


 葉山さんは眉を吊り上げて、強い口調で発言した。

「馬鹿な話を口にしないで。辺境魔法学校は京都の宿敵よ。辺境魔法学校の幹部の手先になんて、なれるわけないわ」


「だが、これは京都にとって、チャンスでもある。上手く行けば、あの魔法先生の首を取れる。失敗しても組織に大打撃を与えることができる。そんな、チャンスをふいにしてもいいのか?」


 葉山さんが懐疑的な顔をする。

「本気で魔法先生の首なんて、取れると思っているの?」

「作戦の内容は話せない。葉山さんが仲間になってくれないうちはな」


 葉山さんが真剣な顔になって躊躇(ためら)った。

「ここで返事が必要かしら?」

「ここで決められないようなら、いつまで経っても決められない。チャンスをものにできない人間を俺は必要としない」


 葉山さんは険しい顔で発言した。

「私は貴方の部下にはならないわ。でも、貴方の話が本当なら、京都と貴方を繋ぐパイプ役になっても、いいわよ」

「わかった。なら、さっそく、ここ札幌に拠点を用意する」


 月形さんに向かって詫びる。

「昼食が遅くなるけど、いいかい?」

 月形さんが澄ました顔で応じる。

「いいわよ。実をいうとあまりお腹が空いていないのよ」


「葉山さん。それでは一緒に来てくれ。さっそく、拠点を立ち上げよう」

 葉山さんが不審を露にする。

「今から? それに、拠点を作るってどうするのよ?」

「そう、今から。月形さん、事務所に魔道師の登録用紙って置いてある?」


 月形さんが冷静な顔で告げる。

「呪い屋組合用のなら、あるわよ」

「それでいいや。とりあえず、事務所に行こう」

 神宮寺は葉山さんを連れてタクシーに乗り込む。


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