第四章 奴らには借りを作るな(一)
名ばかりの親善試合から二日が経過した。土曜日になったので、月形さんに電話を架ける。
「これから、札幌まで出ようと思うんだけど、会えないかな?」
月形さんが感じもよく応じる。
「いいわよ。今、帳簿を付けているから。十三時に事務所に来て。どこかで、一緒にお昼でも食べましょう。命を救ってもらったんだもの、ご馳走くらいするわよ」
「それでは、遠慮なくご馳走なりにいくよ」
JRに乗って札幌に十二時に到着する。札幌はその日は晴れていた。
「気分の良い天気だ。いいこと、ありそうだ」
適当に近くの本屋で時間を潰して、タクシーを拾って月形さんの事務所に移動した。
神宮寺は空腹を感じない体になっていた。複製体でも、食べようと思えば食べられる。だが、何を食べても美味しいとは感じなかった。
でも、月形さんが誘ってくれるのが嬉しかった。
(月形さんは親善試合の時から少し変ったのかもしれない)
事務所に着くと、月形さんが事務所内で片づけをしていた。
月形さんが素っ気ない態度で告げる。
「こっちの準備はいいわよ。行きましょう」
さあこれから、食事に行こうとするところで携帯電話が鳴った。
着信を見ると、辺境魔法学校からだった。何もこんな時にと思う。だが、相手が魔法先生や剣持なら、無視するわけにはいかない。
「御免、ちょっと電話が来た。すぐに終えるから」
電話に出ると、剣持の不機嫌な声がした。
「神宮寺、今どこにいる?」
仕事の予感がした。
「複製体は札幌ですけど、何でしょう? 明日ではダメな用件でしょうか?」
「札幌か。都合がいい。一仕事してもらいたい」
「どう、都合が良いんですかね。俺はあまり都合がよくないんですが」
神宮寺は遠回しに拒絶した。だが、剣持は気にした様子もなく話す。
「先日の親善試合がまだ尾を引いている。呪い屋組合から情報提供があった。戦った生駒と葉山が札幌にいるぞ」
聞き捨てならない情報だった。
(まじか? 八咫さん、手打ちにしてくれるはずだろう?)
「それって、暗殺をまだ諦めていないって話ですか?」
「わからんが可能性がある。二人は捨て駒として、刺し違えてでも、月形を討つ気かもしれん。そうなる前に、早々にお帰りいただけ」
「詳しい場所を教えてください」
「二人の居場所は大通り公園の西十一丁目の噴水の前だ」
剣持は用件を伝えると電話を切った。
「京都の刺客が札幌に潜伏している。ここにいると、まずい。とりあえず、ここから離れよう」
月形さんは怯えた様子もなく、平然としていた。
「お昼に行くから、ちょうどいいわね。さっさと用件を済ませて、お昼にしましょう」
タクシーを拾って、大通り公園に向かって移動する。
戦闘を見越して、辺境魔法学校から本体である戦闘機の発進準備に取り掛かる。だが、発進準備をしてから札幌上空に本体が到達するまで、約二十五分も掛かる。
神宮寺は不安だった。
(生駒と葉山さんの実力は本物だ。本体まで、まだだいぶ距離がある。体が到着するまで二十五分。今ここで襲われたら、俺は月形さんを守れない)
神宮寺は神経質に辺りをきょろきょろと見回していた。だが、月形さんは堂々としていた。
「そんなに札幌の街並みが珍しい? なら今度、案内するわよ」
「随分と余裕だね」
月形さんが涼しい顔で告げる。
「札幌に何台、タクシーがあると思うの? 事務所でふんぞり返っているならまだしも、タクシーで移動している私たちを偶然に見つけるなんて不可能よ」
神宮寺はやきもきしながら、本体の到着を待つ。




