第三章 名ばかり親善試合(六)
「邪魔だよ。おっさん」神宮時は右足も持ち上げる。岳泉の顔を足蹴にした。
限界だった岳泉が神宮寺から転がるように離れる。
もっと丁寧に引き離す行動も採れた。だが、辺境の人間に気を使われたとあっては、岳泉の立場がない。ここは残酷かつ傲慢に引き離したほうが、同じ京都の人間から同情もされる。
地面に倒れた岳泉だが、よろよろしながら立ち上がる。
「まだ、まだ、やれる。辺境に負けるわけにはいかんのだ」
岳泉は死ぬ気だと悟った。だが、死なれては困る。また、ここから憎しみの連鎖が始まる。とはいえ、岳泉を止められる人間は神宮寺ではない。止められるとしたら、同じ京都の人間だけだ。
神宮寺は傲慢かつ嫌な人間になると決めた。
「京都の人間とは身のほどを弁えない人ばかりだ。こちらは綺麗に試合を終わらせたかったのだが、ダダを捏ねるのならしかたない。俺も攻撃に出ましょう」
気力だけで立つ岳泉が神宮を睨みつけていた。
神宮寺は辺境魔法学校の席が背後になるように移動しながら話す。
「岳泉さんは不動明王が大好きなようですが、俺はそんな地味な魔法は好きじゃない。俺はもっと派手なのが好きだ。そう、メテオ・ストライクなんかが大好きだ」
神宮寺は魔導師になって一度は浪漫のある魔法としてメテオ・ストライクの存在を調べた。
だが、隕石を落下させて相手を倒す魔法のメテオ・ストライクは、少なくともダレイネザルの魔法の中には存在しなかった。
神宮寺は辺境の席を背に京都の席のほうを向く。事前に準備しておいた。京都の方角をわかるようにしておいた細工だ。
「俺は研究したんですよ。メテオ・ストライクを実戦で使えるかどうか。結果がこれです」
「メテオ・ストライク」と叫んで京都側の席を軽く人差し指で指差す。同時に、戦闘機からミサイルを発射した。
暗い夜空を赤い尾を引くミサイルが、京都席の二㎞後方に飛んで行き、大きな爆炎を上げる。
目の前の出来事に会場がシーンとなる。メテオ・ストライクの仕掛けはなんのことないミサイル攻撃。だが、それを今この場で見抜ける人間は京都にいなかった。
神宮寺はさも面白そうな口調を装う。
「なるほど、実戦で使うとこれだけ距離がずれるのか。でも、今の攻撃で、どれくらいずれるのかは、わかりました。次は外さない」
神宮寺は人差し指で京都席を指し示す。京都席側が、攻撃を受けると思ったのか、騒然となる。
八咫さんだけが堂々と構えて、試合会場に近づく。
試合場にはまだ東京の審判三人が張った結界が展開されていた。けれども、八咫さんが結界を破らず、すり抜けるように普通に入ってきた。
(さすがは八咫さんか。東京の人間が張った結界をものともしない)
八咫さんが岳泉の隣に来て、厳しい顔で告げる。
「見苦しい真似はやめなさい。勝負はとっくに着きました」
岳泉は八咫さんを怖い顔で見つめる。
「我らはここで仇を討たねば京都に帰れません。ここに集うは三十四名の勇士。我ら京都の地を立つときに誓い申した。たとえ、死すとも辺境を相手に手柄をあげると」
八咫さんがうんざりした顔で告げる。
「わかっとらんようやね。神宮寺さんが指差した方角にあるものは、京都の三十四名の席やない。京都の街や。ここで引かんと、神宮さんはメテオを京都に落とすと予告したんやで」
神宮寺は八咫さんを心の中で褒めた。
(さすが、八咫さんだ。ここで引いてくれないと京都の街が危ない――の意図を、正確に読み解いてくれた)
八咫さんが懇々(こんこん)と叱る。
「負けた岳泉が悪い。岳泉が死にたいなら、勝手に死んだらええ。でも、巻き添えになる京都の人間に岳泉はなんと詫びる気や。あまねく衆上を救わんとする不動明王さんかて、呆れるで」
「しかし」と岳泉がまだ何か申し開きしようとし、八咫さんが軽く人差し指で岳泉の額を突いた。
岳泉は意識を失って倒れた。
(八咫さん、すごいな。俺と張り合って魔力が枯渇しているとはいえ、倒れなかった岳泉を指先一つで倒したよ)
八咫さんが審判に頼む。
「岳泉を運び出すので、結界を解いてください」
東京の審判が結界を解くと、八咫さんは京都の人間に指示する。
「この、わらず屋を静かなうちに運んどいて」
京都勢の中からがたいのよい男たちがやってきて、岳泉をバスに運んでいく。
剣持が八咫さんのところにやってきて告げる。
「荒れましたが、なんとは試合は終わりましたな」
八咫さんが顔を顰めて文句つける。
「いいえ、まだや。うちは抗議したい。うちには京都十傑を連れてこないように言うて、辺境さんは神宮寺さんのような人を出すなんて狡い。神宮寺さんの実力は新人の域を超えています」
神宮寺は弁解した。
「狡くないですよ。俺は新人ですからね。ただ、史上最速最年少でウトナピシュテヌになった、天才なんですよ。単純に天才と凡人の差です。今回は、たまたま京都の新人に天才がいなかっただけです」
八咫さんの表情が柔らかくなる。
「天才さんですか。なら、仕方ないな。でも、天才さん、京都の人間をこのまま一人も殺さずに帰して、いいんですか。魔法先生に怒られるのと違いますか」
「その点なら、ご心配なく。俺は天才であるのと同時に偉い人なんです。自分の身の心配は自分でします。京都にはこれで引き下がってもらい、手打ちにしてもられるなら、皆さんには無事に京都に帰ってもらって結構です」
鈴木が面白くない顔をして神宮寺の背中を見つめている気がした。だが、口を出させる気はなかった。
指揮については一任されている。たとえ、中身が魔法先生でも、手出ししたら鈴木として処分する。なにせ、鈴木の素性については知らない建前になっているのだから問題ない。
八咫さんが微笑む。
「自分を天才や、偉い人や、と言い切れる神宮寺さんは面白い人やね。ええよ。約束は守ります」
八咫さんが踵を返して、京都席に戻る。
剣持が不思議そうな顔をして口を開く。
「なんか、八咫のやつ、雰囲気が変わったな。もっと前は真面目な奴だったのに」
「そうなんですか? でも、いいでしょう。ものわかりよくて。このまま帰ってくれれば俺も苦労した甲斐があるってものですよ」
全ては、ここで終わった――と、この時は思った。
諸般の事情により、辺境魔法学校【クーデーター編】の更新を長期間停止します。
再開の目処は立っておりません。ここで、終わりではりありません。
いつかは再開いたします。




