第三章 なばかり親善試合(四)
翌日、京都勢が対抗戦をするべく、バスで移動を開始したと連絡が昼に入ってきた。対抗戦が行われる時刻は二十時なので、早めの移動だった。辺境魔法学校の外れの、なにもない空き地で対抗戦は行われる。
試合会場に仕掛けはない。ただ、魔導師同士がぶつかり合うので東京が直径三十mの空間に結界を張る。東京の人間が張る結界は筒状で、高さは三十mまでだった。上が空いているので、空から神宮寺が複製体を操るには支障はない。
半球形結界ではなく筒状の結界を選ばせた決断は剣持の提案によるものだ。まさか、審判も本体が上空数百メートルを旋回している戦闘機だとは予想しないだろう。
試合開始三十分前に本部管理棟に集合する。月形さんに緊張の色はなかった。鈴木は絶えず微笑を湛えているが何も言わない。
神宮寺は鈴木から魔法先生の気配のようなものを敏感に感じ取った。
(これ、魔法先生が鈴木の眼を通して試合を見ているな)
あまり良い気はしない。でも、先生が見ているとは聞いてはいない。なら、鈴木に遠慮は無用だ。出すぎた真似をすれば、制裁を加えて黙らせられる。
剣持の運転する車で本部管理棟を出て移動する。別の場所で、神宮寺は本体を地上に出して、離陸する。神宮寺は試合会場の上空を低速で旋回した。合わせて、『消音』の魔法でエンジン音を消す。
外は運よく曇が出ていた。空を覆う雲が神宮寺の本体を隠す。
車で移動する複製体から情報が伝わってくる。車はなにもない、剥き出しの地面に直径三十mの円が描かれた場所に出た。
円の周りには東京から来た審判役三人が既にいた。円を挟んで辺境側の席と京都側の席が用意されている。席といっても、頑丈なパイプ椅子を並べただけの簡素なものだった。
席には仕掛けがしてあった。といっても、別に罠を張っていたわけではない。辺境側の席と京都側の席を直線で結ぶと、線の先には京都がある場所に席は配置されていた。
京都の方角がわかるようにしておいた措置にはわけがあった。これは、いざとなった場合は京都を攻撃する意志を示して、八咫さんと駆け引きするための細工でもある。
神宮寺、鈴木、月形さんが席に着いた。剣持と八咫さんが審判の近くに行く。
八咫さんが、にこやかな顔で審判役に挨拶を述べる。
「今日は辺境魔法学校と京都寺社魔法学院の親睦を深めるために、交流試合を開いていただいて、ありがとうございました」
剣持も涼しい顔で審判役に声を掛ける。
「日頃、何かと主張がぶつかる辺境魔法学校と京都寺社魔法学院ですが、これを機に交流が持てるようなら嬉しい限りです」
互いに腹の底を隠して、白々しいまでの礼を東京の審判役に告げる。
審判役もにこやかな笑顔で語る。
「我々もこれを機に辺境魔法学校と京都寺社魔法学院の関係が改善される事態を望みます。選手にはベストを尽くすように伝えてください」
完全な茶番劇だった。これから始まる試合は京都と辺境の命懸けのゲームだ。
審判が一人ずつ、京都と辺境の席に来て、ルールを説明する。
「試合は一試合十分の勝抜戦。勝敗は選手が行動不能になるか、ギブアップ、引率者の敗北宣言で決着とする。なお、試合に関しては実戦形式として、あらゆる武器の使用を許可する、以上」
簡単に説明をすると、審判は結界の外まで戻り、剣持が真剣な顔で補足する。
「結界は初めの合図で活性化される。活性化された結界内からは外には出られない。また、魔法も遮断されるから、結界の外に影響する事態にはならい。思う存分、戦うといいだろう」
主審が緊張の篭った声で合図する。
「京都側先鋒、生駒義勝。辺境側先鋒、神宮寺誠。前へ」
京都の席から、黒いスーツを着た身長百七十五㎝の生駒が前に出てくる。生駒の年齢は二十代前半。髪は白く無造作へアをしていた。眉も白く、どこからだらりとした印象を受ける。
でも、歩き方はしっかりしていた。胸にはホルスターを下げており、装飾が施された、銀色の全長二十五㎝の拳銃が納まっている。
開始線に立つ。生駒は距離を生かしたいのか、開始線よりだいぶ後ろに陣取った。二人の間には八mほどの距離が開いていた。
神宮寺は開始線に立つと、すぐに『気体粘性増加』の魔法を発動させて、複製体に送った。
審判の「初め」の合図と同時に生駒が動いた。素早く拳銃を抜いた生駒は躊躇なく神宮寺に向けて発砲した。
魔力の篭った弾丸が神宮寺の張った粘性の増した空気にぶつかる。弾丸は不自然に曲がると神宮寺を逸れて飛ぶ。
生駒は全て弾丸を撃ちつくすと、ポケットから弾倉を取り出し交換する。神宮寺は黙って弾倉の交換を見守る。
再び、弾丸が飛んでくるが、全ては不自然な軌道を描き神宮寺から逸れた。
二十発近い弾丸を向けられたが、一発も神宮寺に当らなかった。
生駒が表情に強張らせ、神宮寺と向き合う。
生駒の考えはわからないが、奥の手を残している気がした。
どんな手であとろうと、問題はなかった。生駒が相手にしている存在は本体ではない。たとえ完全に破壊されても問題ないので挑発する。
「どうしました。終わりですか? まだ、なにか手を残しているんでしょう。奥の手を使ってもいいですよ。それも全て受けてあげましょう」
「それまで」と八咫さんが声を上げる。
生駒と審判が八咫さんに視線を向けた。八咫さんは落ちついた顔で評する。
「生駒さんの銃が通じないのであれば、生駒さんには、神宮寺さんを倒せません。ルールにあった引率者による敗北宣言を申請します」
「まだやれる」と生駒は粘ったりはしなかった。生駒が緊張感を解いて銃をしまう。
勝負があったと思った。「勝者、神宮寺」と主審が名乗りを上げる。
終わってみれば第一試合、神宮寺は開始線から一歩も動かず勝利した。
生駒が弱い魔導師だとは思えない。ただ、戦いに固執しない性格で、奥の手をおいそれと使いたくない性格が幸いした。
(まずは一勝だ、あと二戦。油断はできないな)




