第三章 名ばかり親善試合(二)
新たな魔法の修得をして、戦闘機を操作しながら複製体を操る練習を繰り返す。
試合の日が近づいてきた。訓練用の部屋で模擬戦を繰り返す神宮寺の許に剣持がやってくる。
神宮寺は練習を止めて、剣持に向き合う。
剣持が厳しい顔で話す。
「各方面と話が付いた。京都との対抗戦は親善試合として行われる。予定は十日後、場所は辺境魔法学校の敷地内だ。勝負は三対三の勝抜戦。審判は東京が行う」
親善試合の言葉に思わず噴き出しそうになる。これほど、殺意の篭った親善試合もないだろう。
審判に東京の人間が選ばれた理由は明らかだった。京都のやりすぎを止めないためだ。東京は傍観者の立場で、事故として月形さんを京都に殺させる役割を負った。姑息かもしれないが、それが東京なりの決着の仕方だ。
「俺が戦わなければいけない相手は、最大で三人ですか」
剣持がしれっとした顔で告げる。
「場合によっては、三十七人だ。京都は引率者一人と選手三人の他に、後学のためとして三十人の見学者を連れてくる。東京の審判三人も敵として見ていい。だから、試合が無効になれば、最悪、三十七人の魔道師を相手に戦わなければならない」
「それは、あれですね。試合に納得がいかないなら、最後は力押しで場外乱闘に持ち込んで月形さんの首を取るつもりですね。なんともまあ、京都の人間とは執念深い人たちですね。それで、こっちの仲間は何人ですか」
剣持が軽い口調で告げる。
「神宮寺、鈴木、月形に、引率者である俺を加えた四人だ」
剣持が引率者として入ってくれた決定は、嬉しい。なにより試合に集中できるし、試合外での暗殺を防いでくれる。だが、まるでわからない部外者が一人いる。
「鈴木って誰ですか? こう言っちゃなんですが、最後は試合が無効になっての殺し合いに発展するかもしれません。そんな状況をわかって参加しているんですか」
剣持は表情を曇らせる。
「鈴木が何者かはわからん。だが、鈴木を参加者に入れるように指示した人物は、魔法先生だ。だから、拒否はできない」
(魔法先生が推薦して捻じ込んできたのなら、只者ではないな。未だまだ見ぬウトナピシュテヌって可能性はない。とすると、人間爆弾的なもので、京都の人間を自爆して殺害するための要員かもしれない)
人間爆弾でも問題なかった。神宮寺が全勝すれば、鈴木の出番は来ない。
「わかりました。もし、判定に不正があり、納得できない試合展開になった場合には、お願いがあります。剣持さんは月形さんを連れて逃げに徹してください」
剣持が浮かない顔で告げる。
「そんな事態にならない展開を願うが、今回ばかりはどう転ぶかわからん」
「京都からやってくる人間で、要注意人物って、いますか?」
「京都側の選手――生駒、葉山、岳泉は、京都十傑には劣るが、それなに実績のある人間だ」
「実績があるなら、戦い方もわかるんですよね」
剣持が構えることなく気楽に発言する。
「生駒義勝は京都では珍しく銃を使うタイプの魔道師だ。特殊な改造銃に、魔力を込めた弾丸を装填して放ち、妖怪、怪異を構わず射殺する」
「銃を使うタイプって、確実に殺しにきていますね。でも、銃対策をしておけば、問題ないかな」
続けて、心配した様子もなく教えてくれた。
「葉山杏奈は京都の名門の葉山家の人間だ。家に代々伝わる降魔剣を使う祓魔師だ。降魔剣は切れ味が鋭く、黄金の心臓に刺さればウトナピシュテヌといえどただでは済むまい」
「俺の黄金の心臓は上空一㎞にあるんで心配はないですね。泥仕合になるかもしれないが、相性がいいので、負けないでしょう」
剣持はすらすらと話す。
「岳泉義経は京都の有名な僧侶だ。不動明王の力を借りた浄化の炎を操る。岳泉は生駒、葉山より実力は上だ」
三名とも特別に厄介な相手ではないと感じた。
「他に注意する点があったら、教えてくれますか」
剣持が一枚の写真を見せた。写真には一人の女性が写っていた。腰まである黒髪を伸ばした外見が三十代くらいの女性だった。眉は細く、小顔だった。身長は百六十㎝くらいで、体型も細身だった。服装は紫の和装をしていた。
剣持が表情を引き締めて忠告する。
「最重要人物は選手じゃない。引率の人間の八咫鏡子だ。京都十傑が所属する京都守護衆の管理官だ。実力は曲者揃いの京都十傑をして、一目を置かれる」
京都守護衆の管理官と教えられなければ、とても妖怪や怪異を向こうに回して戦いそうな人には見えなかった。
「単なる管理職ならいいんですが、違うんでしょう?」
剣持が厳しい顔で告げる。
「八咫は別格だ。なによりも特筆すべきは、魔法先生と三度も戦い、三度とも生き残っている。おそらく、本気になれば、俺でもやられるかもしれない」
魔法先生相手に戦って生き延びているなら、かなりの実力者だ。新たな力を手に入れた神宮寺だが戦いたくない相手だと思った。
「なるほど。これは場外乱闘を避けたほうが賢明ですね。にしても、魔道師一人の首を取るだけにしては、凄い陣容で挑んできましたね。おそらく、見学者三十名もそれなりの実力者なんでしょう?」
剣持がうんざりした顔で述べる。
「そうだな。ひよっこが北海道旅行がてらに、物見遊山で見学に来た、などとは思わないほうがいいな」
神宮寺は京都の人間を殺す気はなかった。でも、負ければ京都を核攻撃しなければならない。試合には是が非でも勝たねばならない。
(最悪、選手の三人には死んでもらわなければならないか。いや、だめだ、京都の人間を最初から殺す気で迎えられない。京都にはきちんと負けて諦めて、引き下がってもらわないと)
最後の重要な内容を確認しておく。
「試合の勝敗はどうやって決めるんですか?」
剣持が顔に苦労を滲ませて答える。
「うちと京都で対抗戦なんてやって経験がない。だから、手探りだ。今のところは選手が試合続行不能になるか、負けを認めるかだ」
(このルールだと、まずいな。下手すると俺が事故で殺すか、相手が死ぬまで負けを認めない可能性がある。予防措置が必要だ)
「ルールを二つ追加してください。一つ、あらゆる武器の使用も認める。一つ、引率者が勝負あったと判断する時は、選手の意思に関係なく、負けを認める――です」
剣持は涼しい顔で請け負った。
「どちらが圧倒的に有利となる条件でないから、可能だな」
「それと、京都側の八咫さんが泊まる部屋を教えてください」
剣持はいい顔をしなかった。
「札幌はうちの勢力圏だから、札幌入りした京都の連中の動きは手にとるようにわかる。だが、なんで、八咫が泊まる部屋を聞きたがる?」
「なに、ちょっと試合の前に挨拶をしてくるだけですよ」
剣持が渋い顔をして警告する。
「おかしな真似はしないほうがいいぞ」
「わかっていますよ」と応じる。
八咫さんには試合前に会っておきたいと思った。八咫さんとは話し合って、場外乱闘を避けるための協定を結びたいと考えていた。
甘い考えかもしれないが、殺し合いは避けたい。話さなければわからない内容もある。
(はたして八咫鏡子とは、どんな人物なんだろう)




