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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【クーデター編】
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第三章 名ばかり親善試合(一)

 責任者は神宮寺だが、魔法先生公認の対抗戦となったために、剣持が動いてくれた。

 面倒な調整や根回しを剣持がやってくれた。神宮寺は対抗戦に向けて、修練を積む準備ができた。


 訓練に励む神宮寺の許に来客があった。

 来客の名は嘉納(かのう)(けん)()、二十三歳の男性。丸刈りで目つきが鋭い陸上自衛隊員だ。


 嘉納は月形さんと同じく辺境魔法学校の同期で友人の一人だ。嘉納は辺境魔法学校卒業後に自衛隊の魔導師だけが所属できる部隊に入隊していた。嘉納は制服姿で肩に一本線が星が一つある三尉の階級証をつけていた。


 神宮寺は訪ねてきた嘉納と辺境魔法学校本館のロビーで会う。

「久しぶりだね。元気そうで、なによりだ」


 嘉納が屈託なく笑う。

「神宮寺は成長したようやな。随分と男前に見えるで」


 以前の神宮寺は必要があれば『凡庸なる顔』と呼ばれる魔法で魔力を隠し、普通の人間に見えるように偽装していた。複製体で活動している今は、ほどよく弱くなったので、『凡庸なる顔』を使っていない。なので、偽装していない分、以前より強く見える。


「あれから俺も修行したからね。強くなったんだよ」


 吐き慣れた嘘を述べる。

「ここやと、なんやから、ちと外の車の中で話さないか」

 嘉納の態度は不自然だった。神宮寺は直感的に思った。

(嘉納の奴、これは仕事で来たたな)


 別に仕事で来ても気分は悪くなかった。どのみち、辺境魔法学校から離れられないので、現状のような面会の仕方になる状況は止むを得なかった。


 嘉納に従いて駐車場に行く。黒塗りのリムジンが止まっていた。嘉納が後部座席に神宮寺を導く。

 神宮寺が座ると隣に嘉納も座る。運転席には運転手がいた。二人が乗ると、前と後ろの席を分けるガラスの壁が出てきて仕切られる。運転席で流れていた音楽も聞こえなくなったので、防音仕様だ。


「嘉納の車じゃないよね。こんな高い運転手付きの車、一自衛隊員の給与じゃ、持てない」

 嘉納がリムジンの小型冷蔵庫から飲み物を出して勧め、照れ笑いする。

「もちろん、俺のやない。任務で必要だから借りてきた」


 嘉納ははっきりと任務だと明らかにし、包み隠さず尋ねる。

「神宮寺。お前、なんでかは知らんが、辺境魔法学校の幹部候補生になったんやな」


 正確には、学生時代を終えると同時に幹部になったのだが、違いを否定する気はなかった。知らないなら知らないでいい情報だ。

「色々と幸運が重なってね、魔法先生の覚えがめでたくて、とんとん拍子に出世したよ。給与もよければ待遇もよいよ。それで、なに? 嘉納は辺境魔法学校にでも戻りたくなった?」


 嘉納が苦笑いして即座に否定する。

「それは、ないな」


 嘉納が真剣な顔で語り出す。

「話はな、辺境魔法学校の内情や。幹部候補生なら知っていると思うが、辺境魔法学校は核燃料の最終処分場になっとる。だが、実体は日本が秘密裏に隠し持っとる核弾頭の製造工場や」


 正式には誰からも聞いてないが、辺境魔法学校内に核弾頭がある予想は当っている。魔法先生は神宮寺が学生時代の頃から、核兵器を世界中にばら撒くために尽力していた。その魔法先生が自分の足元の辺境魔法学校だけに核を置かないと考えるほうがおかしい。


 嘉納の目的がわからないので、曖昧(あいまい)な返事にしておく。

「まあ、そんな噂もあるね。でも、噂は噂だから。詳細を知りたければ剣持さんに訊くといいよ」


 嘉納は真剣な顔で切り出す。

「そうか、神宮寺の口からは、言えんか。それなら、その噂の続きを話させてくれ。核を持った魔法先生は近々、核兵器を使う。魔法先生は第二次アジア核戦争を始める気や」


 二〇一五年にインド中国間で起きた紛争からアジア核戦争は始った。中国、インド、北朝鮮、韓国、パキスタン、ベトナム、ミャンマー、イラン、アフガニスタン、イスラエル、サウジアラビア。イエメン、シリアで核ミサイルが飛び交った。戦争は運よく三ヶ月で停戦を見た。されど、終戦には到っていない。


 国連は次に起こるであろう大規模な核戦争を止めるために奔走している。だが、成果は好ましくない。

 日本政府も馬鹿ではないんだと、少しばかり、感心した。どこからか、幹部会で話題に上った福音計画について漏れていると悟った。


 福音計画が実行されれば、日本もただではすまない。国内では大多数の人間が死に、インフラも滅茶苦茶に破壊される。日本政府は世界で核戦争が起こってもいいように、十年も前から主要都市に核シェルターを備えている。だが、国民全員分はないし、まだ作成途中のシェルターも多数ある。


「それで、俺になにをしろ、と? 魔法先生の暗殺でも、頼みたいわけ?」

 もし、そうだと頼むなら、クーデター時には嘉納を仲介して日本政府に協力を求める案も検討しただろう。


 だが、嘉納の答えは違った。嘉納は渋い顔で語った。

「魔法先生の暗殺は無理や。辺境魔法学校の影響は日本政府の中枢まで、すでに及んどる。暗殺作戦を企ても未然に防がれる。そうなれば、核戦争を早める」


 嘉納の言葉には失望した。また、日本政府の芯の弱さに幻滅した。

(嘉納、残念だよ。お前の隣に、明智光秀はいるんだよ。魔法先生を亡き者にしようと考え、必要な力を手にした男がだよ)

「なにがしたいんだよ? 嘉納の目的を教えてくれ」


 嘉納は真摯な表情で頼んで来た。

「情報が欲しい。そのためには、上層部に近い人間が必要だ。俺のネタ元に、なってくれへんか。もちろん、謝礼は払う」


 嘉納は諜報活動に向いていない人間だと感じた。相手がなにを望み、なにを考えているかを引き出す術を持っていない。

(この話は、ないな。俺にとっては、リスクの塊だ。ましてや、魔法先生を葬るのに、マイナスにしかならない)


 冷めた心の神宮寺がいた。同時に、クーデターを起すとしても日本政府は当てにできない、と痛感した。

(たとえ、日本政府は魔法先生を討てるチャンスがあっても、ものにはできない。やはりやるとしたら、俺がやるしかないか)


 嘉納に協力する気はない。でも、念のために訊いておく。

「仮にだよ。俺が反乱を起こして魔法先生を倒そうと画策したとする。その時に、日本政府は援軍を出してくれるかい? くれないだろう。そんな態度の怪しい勢力に加担するメリットがないよ」


 嘉納は黙ったままで苦い顔をする。

 話に乗らない決断が嘉納のためだとは思った。魔法先生に対するクーデターは、失敗の許されない大仕事だ。友人を巻き込むべき話ではない。


「嘉納は友人だと思っている。今日こうして接触があった事実は秘密にする。この話は受けられない。話は以上だ。今度、来る時はもっと面白い話をしよう」


 神宮寺が車を降りようとすると、嘉納が真剣な顔をして腕を取って一枚の紙を握らせた。

「待ってくれ、神宮寺。そこには、いつでも繋がる連絡先が書いてある。気が変わったらでええ、連絡をくれ」


 神宮寺はポケットに紙を捻じ込むと、「さようなら」と短く口にして、リムジンから降りた。

 嘉納から貰った紙を、神宮寺は自室の机の中に入れておいた。


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