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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【クーデター編】
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第二章 幹部会と神宮寺の決断(七)

 目が覚めた時には、暗い部屋にいた。瞬きをするイメージを送ると、視界が赤外線モードになる。

 神宮寺は格納庫にいると理解した。


 手足の感覚がなかった。代わりに、車輪と翼の感覚があった。

 体に体温を感じなかった。熱いとも寒いとの感覚もなかった。


 イワノフの声が格納庫に響く。

「神宮寺さん、お目覚めですか? 目が覚めていたら、合図をしてください」


 耳はなかったが、音声は、きちんと拾えた。神宮寺の新たな聴覚は、大きな音も小さな音も拾う。 聴き分けはできるが、色々な音を拾い過ぎるので、慣れが必要だと感じた。


 イワノフに合図を送るために神宮寺はライトを点滅させた。特段に操縦方法を学んでいないが、体にどんな機能が備わっており、どうすれば使えるかが、自然にわかった。鳥が生まれながらにして飛べるのと同じだ。


 戦闘機となった体は硬く感じた。どうにも自由が利かないようで、窮屈だった。

 足の代わりに車輪を動かす。体を一回転させるだけでも関節が固まって思うように動かない感覚があった。

 神宮寺は空腹を感じ、燃料をチェックすると、満載だった。


 イワノフの声が、無線によって届けられる。

「それでは、外に出て飛んでみましょう。飛べない戦闘機は燃えないゴミ同然ですから。『透明』の魔法も試してください、機体はステルスですが、光学的に見えますので」


『透明』の魔法は不得意だった。透明化しても、よく見れば輪郭が見えた。暗がりならわからないが、明るい場所でじっと凝視されると、一般人でも見破られそうだった。

(高い場所を飛ぶなら、見つかる事態にはならないだろう)


 何層にもなったハッチが頭上で開く。リフト位置まで車輪を動かしてゆっくりと移動する。

 リフトが上がって行く途中で『透明』の魔法を発動させておく。外に出たときは、夜だった。内蔵の時計を確認すると二十三時だった。


 滑走路を加速して上昇する。垂直離発着機だけあって、短い距離で上昇できた。

(これは便利だ。少しでも真っ直ぐな道路があれば飛び立てる。もっとも、滑走路がなくても、魔法で機体を持ち上げれば、滑走路がなくても飛べそうだが、助走なしは疲れるな)


 空を飛ぶと、心臓に魔力が流れ込んでくる状況がわかった。心臓に熱い血が流れてくるのに似た感覚が伝わる。空腹はすぐに満たされた。

(飛べば飛ぶほど、魔力が(みなぎ)ってくる。ジェット燃料の燃焼による魔力の補給。これは便利な機能だな。人間の体の時よりも多くの魔力を出せそうだ)


 黄金の心臓はジェット・エンジンから流れてくる魔力を吸い続ける。いくら、魔力を吸っても心臓が限界を迎える事態にならなかった。魔力の吸収は爽快だった。

(いい感じだ。魔力がどんどん体に溜まって行く。なんでもできそうな気分だ)


 神宮寺は戦闘機を操縦した経験はない。でも、飛行には問題なかった。

 戦闘機に生まれ変わった神宮寺には、飛び方がわかった。神宮寺にとって飛ぶ行為は、人が歩くのと同じくらい苦にならない。


 イワノフから指示が出る。

「右に旋回してください」「左に旋回してください」「急上昇してください」「急降下してください」「ホバリングをしてください」


 全ての指示に神宮寺は的確に答えた。なにをどう操縦すればいいか瞬時にわかった。体が覚えていた。


 無理な急降下をして体に負荷が懸かっても。機体は柔らかい生き物のように固さを変えて、対応できた。機体を作っている素材自体がまるでバレー・ダンサーのような柔軟性を持っていた。

(これは確かに、俺の新たな体だな。俺に与えられた新たな力だ)


 魔法を使えるかどうか試す。ウトナピシュテヌ用の防御魔法『赤色巨星の殻』を発動させる。

 戦闘機の体は人間の体より大きい。体を覆う表面積も増えたぶん、魔力が多く必要だった。黄金の心臓が早く脈打ち、魔力を放出する。


 本来なら戦闘機を覆うほどの魔力は、すぐに出せず、疲労感も感じるはずだった。だが、ジェット燃料を魔力に変換して取り込んでいる黄金の心臓には苦もなく役割を果たす。五秒ほど魔力の篭った殻に体が覆われる。


 神宮寺は新たな体の大きな利点を理解した。

(ジェット・エンジンから魔力を引き出す機構は凄いな。攻撃魔法も人間の体で使うより大きな威力のものが使える。体を完全な機械にした結果、俺は並のウトナピシュテヌを超える力を手にした)


 空の帝王の意味を悟った。戦闘機として他の戦闘機の追従を許さない飛行性能。人間には不可能なGも耐える体。普通なら機体がバラバラになるような運動にも素材の弾性を変えて対応できる機体。

 核ミサイルを搭載可能な仕組み。それでいて、魔法にあってはウトナピシュテヌ以上に強力なのが使える。


(もし、この地球の空で俺が倒せない存在がいるのなら、それは地球外から来た何かか、神のみだろう)


 この戦闘機の体があれば、魔法先生に勝てるのでは? そんな考えが頭を過ぎる。

 魔法先生が車で移動している最中に、魔力で威力を上げたミサイルを撃ち込む場面を想像する。


 魔法先生には以前、対魔導師用地雷M505が効かなかった。だが、ジェット・エンジンで魔力を嵩上げして強化したミサイルならどうだろう。効果があるかもしれない。

(俺は、魔法先生を殺す機会を手に入れた。この体はクーデターへの足懸かりだ)


 魔法先生殺害の光景が頭を過ぎる。だが、高揚した考えを冷ます。

(力に酔う心情は危険だ。魔法先生を殺害するのなら、慎重にならないと)


 素晴らしい機体だが、欠点も存在する。ジェット・エンジンに使用する燃料はガソリン・スタンドで買える物ではない。弱点である燃料切れを防ぐためには、たえず、辺境魔法学校で満タンにしなければいけない。


 また、ミサイルを積める大きな体では建物に入れず、使用したミサイルも辺境魔法学校で補給しなければならない。弱点をカバーするには、辺境魔法学校に常に従わなければならい。

(空の帝王の称号と引き換えに、俺は自由を失った)


 得たものと失ったものが徐々に明らかになる。だが、何かを手に入れるためには、何かを手放さなければいけない道理は理解している。


(魔法先生を殺せる力を、俺は手にしたかもしれない。だが、使える時は一戦のみだ。たった一度の勝機だ)


 たった一度でも、魔法先生を葬れる機械を手にした状況は大きかった。クーデターに際し最強にして最大の脅威を取り除ける力を手にした状況は素直に嬉しかった。


 クーデターは成功する確率は未知数。何人のウトナピシュテヌが仲間になるか不明だった。現在は神宮寺を含め、魔法先生に全員が表向きは忠誠を誓っている。ここから、どれだけ仲間に引き入れられるか、未だ読めない。


 魔法先生を殺害できれば、クーデターに賛同する人間は我も我もと出てくる展開もあるかもしれない。だが、逆に神宮寺を討って魔法先生の後に座ろうと考える奴も出るかもしれない。


 クーデターは先が読めないが、やらない手はなかった。やらなけれは、世界は核戦争に向けてまっしぐらだ。

(今は新たに手にした力を把握する作業に集中しよう。いつ魔法先生を暗殺する機会が訪れないとも限らない。魔法先生の排除は優先事項だ)


 クーデターができなくても魔法先生さえ排除できれば、当面の危機は回避される。だが、魔法先生がいない世界が来るのなら、そんな世界にはいたいと願った。

(俺は小清水さんや他の多くの命の上に生きている)


 最後に『複製体』の魔法を試す。戦闘機と化した神宮寺の眼は上空一㎞からでも地上を的確に捉えた。


 地上に灰色の点が現れた。そこから一気に何かが噴出し膨張すると共に、体と衣服を作り上げる。

 数秒前までなにもなかった場所にスーツ姿の神宮寺が存在した。ファフブールと同様に『複製体』の魔法で作った体とは、感覚共有ができた。


 上空を飛ぶ神宮寺の目に地上の光景が、聴覚には音が伝わってくる。

 地面を触ると、感触もきちんとあった。複製された体で魔法を使えるかどうか、試してみる。


 戦闘機の体から魔法を完成させて複製体に転送するようにして使う。なので、表面上は無詠唱で使えた。

『鋳造の魔炎』と『精錬の雷』を試す。魔法を完成させてから発動するまでに一秒ほどのタイムラグがあった。


 もう一段難しい『鋼龍の鎧』を発動させると、こちらは発動するまで一・五秒のタイムラグがあった。

 ウトナピシュテヌ用の『同属殺し』を発動させると、三秒の遅れがあった。威力も前より弱い現実が手に取るようにわかった。


 一㎞ほど離れて魔法を試してみる。タイムラグは変わらなかったが、威力はどんどん弱くなっていく。三㎞も離れると、普通の魔導師並みにしか、魔法が使えなかった。


 予想以上に劣化が酷かった。得た力も大きいが、失ったものを大きかった。

(これは、思った以上に弱くなるな。相手の行動を先に読んでで、先へ先へと行動しておかないと、実戦では遅れをとるぞ。今までの戦い方を見直さないと、まずいな。やっていけない)


 いつでも戦闘機を飛ばして上空に待機させられるとは限らない。今後は最悪、並以下の能力で戦わなければいけない状況もある。


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