第二章 幹部会と神宮寺の決断(六)
幹部会の後、神宮寺は『複製体』の魔法を修得する。『複製体』は難しい魔法ではなかった。
修得の一週間後に神宮寺はイワノフに呼ばれ、研究室に赴く。
イワノフは、ソファーとテーブルしかない簡単な応接スペースに神宮寺を通し、機嫌よく話し出した。
「神宮寺くんが志願して、よかった。これで、辺境魔法学校は夢の戦闘機を、どの国よりも早く入手できる。今日は呼んだのは、明日の手術の前の説明会です」
(俺が志願した経緯になっているな。もう、それくらいはいいけど、本当に大丈夫かな)
明日が手術とは随分に急だが、まだ説明会を開いてくれるだけ、ましなのかもしれない。
(この人の頭は、もう空の帝王を作る内容で満たされているんだな)
「手術が成功する確率って、どれくらいですか」
至極当然の質問をすると、イワノフが自信たっぷりに語った。
「ほぼ、百%と思ってください。黄金の心臓の摘出は水天宮さんが、移植は私が行います。移植先のエカテリーナの調整については、昨日までに終わりました。あとは、黄金の心臓を入れて完成です」
覚悟を決めたが不安はある。正直に尋ねた。
「手術に際して、リスクはないんですか?」
イワノフが笑顔で答えた。
「ありません。しいていえば、もう、エカテリーナの名称で呼ばなくなることでしょうか。これから、神宮寺さんが戦闘機そのものになるのですから。空の帝王、神宮寺の誕生です」
イワノフは、とてもご機嫌だった。
「いまいち、戦闘機の体になる状況がしっくり来ないのですが、食事や睡眠は、どうなりますか?」
イワノフが涼しい顔ですらすらと語った。
「食事はジェット燃料になります。ジェット燃料の燃焼時に出る余分な熱エネルギーを魔力に変換できる機構を積んでいます。なので、空腹を感じることがあったら、空を飛んでください」
「戦闘機って、燃料がなくなると飛べないですよね。燃料が切れたら、俺は死ぬ、ないしは仮死状態になるなどの危険性は、ありますか」
イワノフが、ちょっとだけ顔を歪めて忠告する。
「燃料切れは、かなり危険な状態です。黄金の心臓から放出される魔力を動力に変換する機構も積んでいます。ですが、黄金の心臓だけに頼ると、飛んでも、自転車より遅い速度になりますが、しばらくは飛べるでしょう」
「燃料切れイコール死亡じゃないのは、助かるな」
イワノフが渋い顔で釘を刺す。
「燃料を使いって切った状態は、お勧めしませんね。魔力で体を無理やり浮かせているので、魔法が使えない状態です。攻撃されれば、単なる的になります。なので、燃料の残量は、常には頭に入れておいてください」
「燃料は、どこで補給できるんですか?」
イワノフが何食わぬ顔で告げた。
「辺境魔法学校の地下格納庫でいつでも補給可能です。ただし神宮寺さんの体は機密の塊なので、辺境魔法学校以外では、燃料の補給を受けられない、と自覚してください。あと、燃料は有料です。使ったぶんは口座から引き落とします」
「睡眠は、どうするの?」
イワノフが当然の常識のように教える。
「寝たくなったなら、勝手に寝てください。外で寝ても風邪を引く可能性はないですが、地下格納庫でお休みになるのをお勧めしますね」
「整備は必要なの?」
イワノフは誇らしげに語った。
「基本的に、神宮寺さんの体に使われる部品は、特別製。理論的には、稼動すれば半永久的に使えます。磨耗や劣化しても、魔力を流してやれば再生する部品です」
「部品も、生きている細胞と、そう変わらないんだな。さすが宇宙の彼方から来た技術を使っているだけのことはある」
イワノフが、やんわりと告げる。
「ないとは思いますが、不備があると困るので、一ヶ月点検と六ヶ月点検は受けてくださいね。これは、念のためであると同時にデータを取るためです」
「幹部会の時は、無敵の戦闘機と薦めていたけど、本当にマッハ二十で移動して、ミサイルでも沈まず、ドラゴンを一撃で屠れるの?」
イワノフが、しれっとした態度で伝える。
「語弊がありますね。移動、防御、攻撃、再生は併用できません。あくまでも、魔法による増強効果なので、移動特化、攻撃特化、再生中に攻撃を受ければ、防御力は並の戦闘機と同じなので、落ちます」
「そうなの? それじゃあ、ずっと防御していれば、負けないんですか?」
イワノフが表情を歪めて指摘する。
「防御が最善手とは言い切れませんね。防御特化状態では、速度と旋回性能がフルに発揮できない。相手を落とそうとする時は、移動特化に切り替えて戦ったほうが有利です」
「攻撃特化って、どういうとき使うの?」
「普通のミサイルが効かないような固い構造物に対しては、攻撃特化でミサイルの貫通性能を高めてやれば、たいていの物は破壊できます。地下壕とか原子炉を攻撃するときに便利です」
「普通の戦闘機よりは格段に性能が高いのは理解しました。あと、空の帝王って公言していたけど、本当に敵は、いないの?」
イワノフが俯いて考える仕草をする。
「現状では二人でしょうか。一人は剣持さんですね。剣持さんは戦闘機に乗れるし、魔法を使えるので、戦いにはなるでしょう。でも、神宮寺さんがへまをしなれば負けないでしょうね」
「もう一人の敵になりそうな人は誰?」
「魔法先生です。魔法先生は戦闘機を操縦できませんが、あの人は魔導師としての抽斗が非常に多い。全く予期しない方法で、神宮寺さんを破る可能性があります」
「なるほどね、剣持さんと、魔法先生は要注意なのか」
イワノフが明るい顔で告げた。
「問題はないでしょう。お二人とも辺境魔法学校の人間、味方ですから」
(剣持はそうかもしれないけど、魔法先生は違うんだよな)
翌日、神宮寺は、上半身裸で手術室にいた。特殊な麻酔が掛けられ、眠りに落ちる。




