第二章 幹部会と神宮寺の決断(五)
イワノフが満足気な顔で語る。
「ダレイネザルより、新たなステルス戦闘機の図面が届きました。図面を見る限りでは、多くの部分でエカテリーナの部品が流用できます。なので、パーツを流用して組み立ても行いました」
弥勒さんが澄ました顔で訊く。
「この時期に急遽、新型の戦闘機を作らねばならなくなったのね。やはり、京都側がうちに対抗すべく自衛隊との間に結んだ協定に関係があるのかしら」
イワノフが真面目な顔で報告する。
「京都側は自衛隊との秘密協定により、緊急時に利用できるF15を四機ほど手に入れたとの情報があります。いかにエカテリーナが優れた戦闘攻撃機とはいえF15を四機も相手にしては分が悪い」
剣持が厳しい顔で意見をする。
「F15はいい機体だ。あれを四機も同時に相手にするには、かなりの性能を必要だぞ」
イワノフが自信のある顔で告げる。
「仰る通りです。机上の理論ですが、我らが新型戦闘機には、それだけの性能があります。ただ、エカテリーナの部品を流用するとしても、最後の部品が一つ足りません」
弥勒さんが意外そうな顔をして尋ねる。
「京都が戦闘機を既に用意したとなると、時間はあまりないわね。足りない部品とは何かしら、ロシアから買えるものではないの?」
イワノフは落胆した顔で告げる。
「残念ながら、金で買えません。最後の部品は黄金の心臓です。どなたか心臓を提供していただけないでしょうか」
当然、誰も「いいよ」と口にする者はいない。ウトナピシュテヌにとって黄金の心臓は魔力を生み出す器官であり、弱点でもある。体外に出すなんてもっての他だ。
誰も協力者が名乗り出ない事態にイワノフが焦ったのか、すぐに言い繕う。
「別に、黄金の心臓を提供しても、死ぬ状況にありません。ただ、体といいましょうか、本体が戦闘機になるのです。日常生活は水天宮さんが開発した『複製体』の魔法があれば、困りません」
神宮寺は気になったので尋ねた。
「『複製体』で体を作るデメリットは、なんですか?」
イワノフは、いたって普通に説明した。
「デメリットは弱体化です。複製体は今の体より弱い。もちろん、並の魔導師よりは強いですが、ウトナピシュテヌと比べれば格段に弱い。また、本体との距離が離れれば離れるほど弱くなる」
場が静かになった。協力者が出ないと研究が進められないとイワノフが焦ったのか、早口に申し加える。
「弱いといっても、本体が一㎞以内にいれば、八十%の性能は出せます。それより、メリットを見てください。体が戦闘機になるんですよ。人間なんかの体より圧倒的に速く、強固で強力です」
誰も訊かないので神宮寺が訊く。
「戦闘機自体の能力は、どうなるんですか?」
イワノフが自信満々な顔で自慢げに語る、
「魔法が使える戦闘機です。しかも並の魔法ではない、ウトナピシュテヌ級の魔法です。特殊魔法により、加速でマッハ二十、防御にあっては地対空ミサイルを物ともしません。魔力でミサイル強化すれば、それはもう、ドラゴンだって一撃で沈みます。核ミサイルも積める。しかも、傷ついても魔力で自己再生できるのです。究極の戦闘機です」
(言葉通りだとF15が四機を相手にしても勝てそうだけど、どうも話がおかしい。そんなに素晴らしいものではないな。これは言わないだけで、欠点を隠しているか、性能を誇張して発言しているな)
イワノフがどうだとばかりの顔をして協力者を募る。
「さあ、どなたか、協力してくれる方はいませんか。協力してくれた方は、この地球上で空の帝王になるのです。誰も、地球の空で敵うものはいません」
誰も手を挙げなかった。当然と思った。
(空の帝王と呼ばれても、体が戦闘機になれば、自由な移動は、できない。辺境魔法学校からの外出は一苦労だし、本体から一㎞以上も離れると、どんどん弱くなっていくって、デメリットのほうが、大きいよ)
魔法先生が温和な顔で発言する。
「空の帝王には神宮寺くんになってもらいましょう。実績が欲しいのでしょう。イワノフくんに協力する仕事も、きちんと実績としてカウントしますよ」
先ほどの神宮寺の提案を呑む交換条件だと悟った。進んでやりたくはない。だが、ここで了承を取っておかないと、月形さんが救えない。
(対抗戦の場所を辺境魔法学校に指定してもらえれば、問題ないか。上空で本体が旋回している下で試合をすれば戦える。八十%も力を出せれば負けないだろう)
「わかりました。俺の黄金の心臓を提供します。ただし、対抗戦の指揮については俺に一任してください」
魔法先生が気分よく話す。
「手柄をどこまでも立てたがる貪欲さは向上心の表れとして受け取りましょう。そうそう、先ほどの失敗した時の罰ですが、作戦失敗時には、神宮寺くんには戦術核を京都に落としてもらいます。いいですね」
拒否を許さない「いいですね」だった。
新型戦闘機には戦術核ミサイルが積める。航続距離から計算しても辺境魔法学校から京都までなら往復可能だ。
(負けた時は京都を核ミサイルで攻撃って、これ、罰ってレベルではないな)
断る選択肢はなかった。断れば、月形さんを救えない。それに、全ては勝てばいいだけの話だ。
「わかりました。失敗した時は責任を取って、京都を火の海にしましょう」
(これ、後ろがなくなったな。絶対に負けられない試合だ。全く無関係の京都市民を犠牲にするわけにはいかない)
イワノフが、そのまま次の議案について発言する。
「次の報告ですが、ダレイネザルより『原子核崩壊促進』の魔法が届きました。使用許可も下りました。これで、我々は放射性物資の半減期を三億二千万分の一まで短くする手段を得ました」
神宮寺はイワノフの発言の重要性が、すぐにはわからなかった。
「『原子核崩壊促進』の魔法って、どういう使い道があるんですか?」
「簡単に申しますと、核戦争が起きた場合に、我々だけは、除染が可能なのですよ。核戦争後は我々に世界は跪くのです」
神宮寺にも福音計画の全貌が朧気に見えた。
(これか。この魔法を辺境魔法学校は待っていたのか。魔法先生は世界に核を拡散させて、汚染された世界の浄化を餌に、全ての人類にダレイネザルへの改宗を求めて地球を支配する気なのか)
魔法先生が意気揚々と宣告する。
「福音計画は、早ければ神宮寺くんが失敗した後に、おそくても来年の春に始めましょう。人類には充分な核を与えました。憎しみも育ちました。始まるのです、ダレイネザルによる改革が」
神宮寺は強く思った。
(やはり、魔法先生には従いていけない。是非とも京都を退けて計画を先延ばしにして、クーデターを起こさねば、人類が危ない)
別に人類を救うヒーローになりたいわけではない。だが、人類が滅亡を止められる位置に神宮寺はいる。ここで何もしないのであれば、きっと後悔する。
(京都との対抗戦には是非とも勝って、福音計画の実行は先送りにする。その間に、足場を固めてクーデターを起こすしかない。時間がないが、やるしかない)
各ウトナピシュテヌの胸の内は、わからない。誰が味方になり、誰が敵になるかは、わからない。だが、クーデターは是非とも成功させなければならないと強く胸に刻んだ。




