第二章 幹部会と神宮寺の決断(四)
議事進行は弥勒さんがやるが、報告は基本的には剣持からなされる。
剣持から報告事項と、共有しておいたほうがいい情報について通知され、幹部会は粛々と進む。
会議が後半に来て、月形さんの件に報告が及ぶ。
「京都から正式に月形の引渡し要請が来ていますが、どうしますか? 魔法先生」
「捨てておきなさい」と魔法先生は全く興味なさそうに発言する。
神宮寺は発言を求めて挙手をする。弥勒さんが「おや?」の顔をする。
「珍しいですね。神宮寺さんから発言があるなんて。発言を許可します」
「月形さんの件ですが、ここは俺に任せてもらえないでしょうか。東京の顔を立てた上で京都の奴等に赤恥を掻かせて、身のほどを弁えさせてやりましょう」
「へえ」と常世田が面白そうな顔をする。魔法先生も神宮寺の案に興味を示した。
魔法先生が少しだけ身を乗り出して質問する。
「私は京都の連中が嫌いです。なので、京都の連中をやり込める計画に反対はしません。具体的になにをやる気ですか。神宮寺くんの性格なら、詳細を聞いておかないと不安です」
「東京の提案の形を採って、京都の連中に月形さんを殺させるチャンスを与えます。まず、これで東京の顔を立てます。次に月形さん暗殺のチャンスを潰して、京都の面子を潰すんです。具体的には京都と辺境で対抗戦をやります。名目は、そう、親睦を深めるため、とでもしておきましょうか」
弥勒さんが微笑を湛えて相槌を打つ。
「なるほど。試合に見せかけて、殺すチャンスを与えるのね。その上で、京都勢を逆に誘き出して始末する。神宮寺くんらしからぬ作戦ね」
京都の人間を殺す気はなかった。ここで京都勢を殺せば殺人の連鎖を産む。
神宮寺は京都の連中を圧倒する。その上で、月形さんを殺す計画を諦めさせて、京都勢の追い返すつもりだった。
(憎しみも復讐も全ては俺の手で決着させる。終わりにさせるんだ)
「お願いです。魔法先生、俺にも手柄をあげるチャンスをください」
魔法先生は露骨に疑う。
「神宮寺くんが月形に思い入れがある心情は理解しています。京都との戦いを望むのも、わかります。でも、どうも、おかしいですよ」
神宮寺は真摯な態度を装う。
「今までの俺の言動を見ていれば、疑いはごもっとも。ですが、俺とて辺境魔法学校の人間。京都を憎む気持ちは一緒です。京都の独善主義者たちに思い知らせてやりましょう。我らが力を」
剣持が難しい顔をして指摘する。
「神宮寺の気持ちはわかる。だが、対抗戦のメンバーはどうする? 月形を殺せるチャンスなら、向こうは精鋭で名高い京都十傑を投入してくるぞ。京都十傑なら我々でなければ対抗できない」
京都十傑は聞いた覚えがある。質の高い京都系魔導師の中でも最強と呼び声が高い十人の魔導師だ。その実力は辺境魔法学校を抜かせば、日本ではトップクラスといっていい。そんな輩に参戦を許すほど馬鹿でもなければ、奢ってもいない。
「問題ありません。対抗戦の中身は新人戦としておきます。さすがに京都十傑なら、新人はいない。もし、いても試合前にメンバーをチェックすれば参加を防げます」
常世田が軽い調子で異を唱える。
「面白いようだが、無理がある。新人に限れば辺境より京都の人間のほうが質が高い。これは事実だ。月形を餌として大将に置いても、すぐに大将まで抜かれて、月形を殺されるのが落ちだな」
常世田の見落としを指摘する。
「心配無用です。月形さんと俺は同期です。月形さんが出られる新人戦なら俺が出られる。俺が先鋒で出て、京都勢を全て倒します」
弥勒さんが、うっとりして顔で評価する。
「うちは新人戦と口で言いながら、ウトナピシュテヌ級を投入するわけね。それなら、負けないわ」
常世田は不機嫌に口を挟む。
「神宮寺ではちと不安ですな。おそらく、京都はキャリア十年以上あるが最近になって資格を取った人間もいる。戦闘では経験が物をいう場合がもある」
常世田の言葉に神宮寺は苛立った。
(お前は、俺に手柄を挙げさせたくないだけだろう。黙って俺の案を聞いてりゃいいんだよ)
口には出さないが常世田が疎ましく思えた。
アズライールが拳を振り上げて机を叩いて発言する。
「否、敗北など断固あってならない、我らウトナピシュテヌは神に選ばれし至高の十人。淫神邪教の類に後れをとるなど、あっていいわけがない」
(こっちはヒート・アップしているよ。これ、負けたら、タダでは済まないな。すくなとも、アズライールに限っていえば、負けたら怒るでは済ましてくれない雰囲気があるぞ)
魔法先生が軽く手を上げて、場を鎮める。
「神宮寺くんの提案はわかりました。皆さんの不安も理解できます。ですが、やはり、ここは若者に手柄をあげるチャンスを作るのが、人材育成をする者として勤めだと思います」
魔法先生の言葉に、議場が静かになる。
神宮寺はこの時点で作戦が認められたと思った。
「ありがとうございます。必ずや京都の連中に、目にものを見せてやりますよ」
魔法先生は、にこやかな顔で告げる。
「話はまだ終わっていません。勝って当たり前の試合を組むのですから、負けた時は罰が当然に下りますよ。信賞必罰は、私のモットーです」
内心、ひやりとした。魔法先生の下す罰だ。どれほどのものだろう。
戦々恐々としながら尋ねる。
「罰とは、なんですか?」
魔法先生が柔和な顔で穏やかに発言する。
「それは後ほど明らかにします。さて、議事の順番が前後しますが、次はイワノフさんの報告をお願いします」
魔法先生の指す罰が気になったが、議事が進んだので黙った。




