第二章 幹部会と神宮寺の決断(三)
幹部会の日がやってきた。神宮寺は新参者なので遅れないように、かなり早めに会議室に行った。
会議室は三十畳ほどの広さがある。壁と床はクリーム色で、机と椅子は白い。座る席は決まっており、正面中央奥に魔法先生が座り、左右に五人ずつウトナピシュテヌが座る。
席順は、上座から、魔法先生。第一席、弥勒赤虎(図書館長)。第二席、クリヤーナ・カリンニコフ(ロシア分校長)。第三席、ラクシュミ・カプール(インド分校長)。
第四席、サルマーン・アズライール(人事部長)。第五席、剣持影虎(戦略室長)。第六席、エゴール・イワノフ(総務部長)。第七席、ラメッシュ・チョープラー(インド分校副校長)。
第八席、水天宮麻美(研究室長)。第九席、常世田章(警備部長)。第十席、神宮寺誠(粛清官室長)――となっている。
立場上、クリヤーナさんはロシア、カプールさんとチョープラーさんはインドにいるので、面識はない。幹部会の時も音声だけの出席がほとんどだった。発言を聞いた記憶が、ほとんどない。今回もマイクとスピーカーが席に置いてあるので、三人は音声のみ出席だった。
神宮寺が会議室で待っていると、第九席の常世田が会議室に入ってくる。
常世田は、ひょろっと背の高い男性で、白のスーツを着用している。髪は、ビジネス・ショートの茶髪。目が悪い、との理由で、いつもサングラスを掛けている。
幹部会でも外さないが、魔法先生から咎めがないので、誰も気にしない。常世田は、神宮寺が出現するまで、ウトナピシュテヌになった最年少記録保持者だった。
常世田がニヤニヤした笑いを浮かべ、気軽な調子で声を掛けてくる
「神宮寺くんは初めての粛清に出たんだって。活躍は聞いているよ。使いやすいだろう。俺が作った粛清官室には使えない人間は残さなかったつもりだ」
常世田は警備部に移動するときに、ベテランの人間を一緒に引っ張っていた。おかげで、粛清官室は竜胆を除いて、新人に近い人間しか残っていなかった。なので、組織としては弱体化していた。
常世田が神宮寺を快く思っていない態度は明白だった。常世田の悪意を軽く受け流す。
「とても、重宝していますよ。皆さん親切な人ばかりで、やりやすいですよ」
常世田が先輩ぶって偉そうに訓示を垂れる
「粛清官室は、舐められたら、おしまいだ。やる時はきっちりやらないと駄目だぜ。情けは無用だ。殺しの数が勲章の数だ。それと、呪い屋組合とは仲良くな。あれは使いようによっては便利な駒になる」
「前任のお言葉として、参考にさせてもらいます」
殺す数は少ないほうがいい――が、神宮寺の考え方で、常世田とは違った。だが、言い争いは不毛なので、する気はなかった。
(先輩風を吹かせたければ吹かせるがいい。すぐに、俺が抜いてやるよ)
次に第八席の水天宮さんが入ってきた。水天宮さんはショートカットの黒髪で、外見が三十代くらいの女性で、いつも白衣を着ていた。いかにも、やり手といった感じの女医の雰囲気がある。
水天宮さんが、二人を見下したように軽口を叩く。
「あいかわらず、早いのね。お二人さんは、なにか面白い話でもあるの。あったら聞かせて欲しいわね。どうせ、つまらない話でしょうけど」
上から目線は相変わらずの態度だった。神宮寺は丁寧に挨拶を返す。
「こんにちは、水天宮さん。常世田さんから、粛清官室の運営のありがたい訓示をいただいたところですよ」
「常世田がねえ」
水天宮さんが目を細めて、馬鹿にしたように常世田に声を掛ける。常世田と水天宮さんは仲がよくない。神宮寺にしても仲がよくなかった。
水天宮さんが席に着くと、第六席のイワノフが入ってくる。イワノフは入ってくると、水天宮さんにだけ挨拶をして、なにやら話を始める。
イワノフと水天宮さんは表面的には仲がよい。いつも魔道や技術について語り合っている。ただ、プライベートな話をしている姿は見た覚えがない。
次いで、剣持とアズライールが入ってくる。アズライールは黒のガラベーヤに黒のクーフィーヤをいつも着ている。手と顔には常に包帯を巻いていた。アズライールはトルコ人との話だが、詳しくはわからない。話した記憶もない。
アズライールに数分の遅れで、第一席の弥勒さんが入ってくる。弥勒さんは、三十代後半の女性だった。尼僧が被るような褐色の頭巾を被り、赤い古びたレザー・ジャケットに赤いレザーのパンツを穿き、サッシュのような布を巻いている。
弥勒さんは学校内では「赤虎さん」の渾名で呼ばれている。ただ、弥勒さんはウトナピシュテヌ第一席だけあって実力は他のウトナピシュテヌより頭一つ飛び抜けていている。
弥勒さんが機嫌よく挨拶をする。
「ごきげんよう、皆さん」
「ごきげんよう、弥勒図書館長」
全員が同じ言葉で弥勒さんに挨拶を返す。弥勒さんは全員を見渡すと満足気に席に着く。
一分ほどの時間を置いて辺境魔法学校トップの魔法先生がやってくる。全員が起立して、魔法先生を迎える。
魔法先生は名乗らないので、名前は知らない。魔法先生は年配の男性で、丸眼鏡を掛け、質のよさそうなグレーのスーツを着て、長い髪を後ろで縛っている。
芸術家か神学者のような雰囲気を持った、柔和顔の紳士的人物に見える。だが、その実は、まるで違う。世界各国に核兵器を拡散させ、人殺しもなんとも思わない狂人だ。
辺境魔法学校の職員だが、魔法先生については多くが謎に包まれていた。ただ、魔法先生はウトナピシュテヌより上のグラキュロスと呼ばれる存在なので、実力は段違いだった。
魔法先生が着席して、他のウトナピシュテヌたちが座る。
「それでは、全員が揃いましたので幹部会を始めます」
弥勒さんが議長となり、幹部会がスタートした。




