第一章 単純かつ明確な入学試験(六)
今後の付き合いもあるので、助けた蒼井さんと話をして関係を築こうとした。そこで、無情にも神宮寺の名前が受付で呼ばれ、作戦は終了した。
防護服を着た人間に一度、外に連れ出され、歩いていくこと十五分。三階立ての四角いビルがあった。入ってすぐに学生課と書かれた札が下がっている部屋があった。
体に異常は起きていない。ここまで来れば大丈夫だ。入学できる。第一関門クリアーだ。
部屋では普通に事務員が仕事をしているのだが、ほとんどロボットのように無言だった。
区切られた学生相談ブースに案内された。
ブースには、普通の格好の女性が、愛想よく座っていた。
「まずは、ご入学おめでとうございます。それでは、願書をお願いします」
神宮寺は、願書を渡した。女性は街中で配られるチラシのように、ぞんざいに一瞥すると、脇にあったポストに放り込んだ。
「神宮寺さんには、いくつか質問があります。まず、紹介状はお持ちですか」
「いいえ、持っていません」
東京魔法大学、京都寺社魔法学院、四国王子魔術学園、琉球魔道養成学校は入試を受けるだけでも、必ず魔道師の資格を持っている魔道師の紹介状が必要だった。
特に東京魔法大学は、東京魔法高校を出ていなければいけないとの制約も付く。ただ、辺境魔法学校だけは、誰の紹介も要らないので、紹介状は持っていなくても問題ない。
女性が笑顔のまま、金融商品のセールスでもするかのように、次の質問をした。
「辺境魔法学校では、授業料、入学金、テキスト代の一切が無料ですが、途中で退学する場合は退学権利金として金一㎏が必要になります。貴金属メーカーからの金の預り証または現物の金塊はお持ちですか。ちなみに本日の金価格から計算すると金一㎏は四百三十二万五千円になります。現金でお支払いになりますか? 退学権利金を納めると授業で怪我を負った時、優先して医療を受けられるオプションも付けられますが、どうなさいます?」
辺境魔法学校に入れば、お金は生活費以外の一切が掛からない。ただし、基本的に途中で自主退学はできない。その唯一の例外が、事前に退学権利金を納めておく行為だ。
家出同然に出てきたので、退学権利金は持っていないし、両親に出してもらう気もない。
魔道師になるか、死ぬか、神宮寺は二者一択の覚悟で辺境魔法学校に来ていた。
神宮寺は「退学権利金は、納めません」と覚悟の宣言をした。
女性が一枚の紙を出した。
「わかりました。では、説明を受けた証拠欄にサインをお願いします。あと、授業中に亡くなった場合、死体を含めて、所持品は全て学校側で処分しますが、よろしいですね」
神宮寺は返事の代わりに書類にサインをした。
神宮寺はここで、女性から違和感を覚えた。女性の対応は笑顔で丁寧なのだが、まるでさっきの階段上の受付の女性と印象が、人格をコピーしたように、一緒なのだ。
二次元の女性キャラと、機械兵を融合させて、セールス用の人工知能を搭載させれば、こんな人間らしからぬ、微笑む人造人間みたいな人物ができるのではないだろうか。
辺境魔法学校の人って、愛想はいいだけど、気味が悪いな。真夜中に学内をうろついていたら、ナタでも持って笑顔で襲ってきそうだ。
笑顔の女性は書類を受け取ると、尋ねてきた。
「お住まいはもう、お借りになりましたか。はっきり言ってしまうと、辺境魔法学校の生徒に家を貸そうという大家さんは、海辺で砂金を探すより難しいですよ」
神宮寺は気味の悪さに気づいてはいけない気がして、普通を装って話をしていった。
「寮があると聞いたのですが、寮は空いていますか」
「ウルリミンの寮のことですね。空いていますが、寮は別途料金が掛かります。失礼ですが、見たところ、生活費にも事欠くように見えますが。よろしければ、学内でのアルバイトも斡旋しますが、いかがですか」
お金がないので、アルバイトを斡旋してくれるのは嬉しい。
辺境魔法学校はバスで四十分は走らなければ、最寄りのバス停すらない、不便なところにあった。学内でアルバイトができるなら、通勤時間を考えたら嬉しい限りだ。できるだけ勉強に集中して、魔法に接したい。
けれども、寮や校舎の清掃員程度ならいいが、辺境魔法学校なので、アルバイト内容がとても気になる。アルバイトを選んでいる場合ではないが、受験に失敗した人間から臓器を取り出し、薬に変える作業とかなら、予め覚悟をしてから引き受けたい。
「アルバイトの斡旋もお願いしたいのですが、その、どんなアルバイトなのですか」
「先生の手伝いですよ。簡単にいえば日直のアルバイトです。日給は、二万円になります」
すごく簡単で、高給なアルバイトに聞こえる。逆になにか怪しいくらいだ。とはいえ、怪しいから断るなんて、庶民的な戯言は、言ってはいられない。
神宮寺自身は、社会的ヒエラルキーで言えば、無職の家出少年という場所に位置する。
「日直のアルバイトの登録を、お願いします」
「わかりました。登録しますね。では、学生証ですが、どんなタイプの学生証にしますか」
女性はA3カラー刷りのカタログを出した。カタログには懐中時計やボールペンを含む、様々な金の小物やアクセサリーが掲載されていた。
学生証といえばカード型か手帳型で、名前と学籍番号と顔写真が印刷されたものだという先入観があった。辺境魔法学校では、学籍番号がついた金のアクセサリーが定番らしい。
財布に四百円しかない事態が、神宮寺の頭を過ぎった。
「一番安いやつは、どれですか」
女性が笑顔のまま答えた。
「嫌ですよ。学生証ですよ。タダに決まっているじゃないですか。もっとも、なくすと再発行には手数料が入りますが。あと、金を使っていれば、別にアクセリーでなくてもいいんですよ。金歯でも、金の顔料を使った刺青でも、OKです。ただ、金歯や刺青といった特殊な物は別途、手技料をいただきますが」
金のアクセサリーをタダで学生に配るとは豪儀だと思ったが、すぐに考え直した。
(卒業できなければ、結局、死体と一緒に回収されるのだ。回収した学生証は溶かして、また再利用すればいいってだけか)
神宮寺は小さな黄金の髑髏が繋がったブレスレットを選んだ。髑髏がついているのを選んだ動機は学生証を意に反して外される時は、骨になった時だという決意を込めたからだ。
「既製品のタイプなので、すぐに用意できますよ。ちょっと待っていてくださいね」
女性は奥に部屋の奥に入っていくと、金属を彫金用のハンマーで彫る音がした。
十分ほどで、髑髏と髑髏の隙間にある板の部分に、十五と掘られたブレスレットと寮の場所が記された地図が渡された。
「神宮寺さんの学籍番号は十五番になります。学生寮はここから東に行ったところにあります。詳しくはこの入学案内の地図を参考にしてください。それでは素敵な学生ライフを」
結局、女性はロボットのように最初から最後まで、笑顔を崩さなかった。