第二章 幹部会と神宮寺の決断(二)
剣持と別れて神宮寺は私室に戻った。
敵は強大であり、一人では太刀打ちできない。いざとなったら、頼りなくても、呪い屋組合を動かして月形さんを守らなければいけない展開もある。
(いくら弱くても、数は力だ。ある程度の数を動かせれば、呪い屋でも京都に対して壁くらいにはなるだろう。月形さんを守る人の壁だ)
呪い屋組合は金で動く。人も殺す。呪い屋組合にいる連中はそんな魔導師だ。雇った結果、京都の暗殺者に殺されても、心は痛まない。
(人の壁を構築するのにも金が要る。金で命を買う)
神宮寺は働いてから以降、給与明細を見ていなかった。辺境魔法学校では給与は年に二回、支給される。だが、もう前の明細は捨てた。
初めて給与を貰う前の説明の時に年俸が二千万円と聞いていた。辺境魔法学校で生活するのなら、足りなくなる事態は起きないだろうと漠然と考えていた。
神宮寺は通帳にいくら貯金があるか、一年ぶりに記帳する。通帳には四億八千万円ほど預金があった。
神宮寺は預金通帳の零の額を疑った。
(あれ、おかしいぞ? 給与が年間で二千万円のはずだけど、なんで、五億近くも余っているんだ?)
ここに来て現金で四億八千万円は、でかい。だが、給与の振込み間違いだとしたら、気付いた時点で申告しないと後から面倒だ。
ある意味、辺境魔法学校の金はまともな金ではない。魔法先生の金なら、手を付けたらタダでは済むまい。
辺境魔法学校では嘘を吐いても良い人と悪い人がいる。
面倒だが、早期に修正すべく、総務部に顔を出す。運よく総務部長のエゴール・イワノフがいた。
エゴール・イワノフの外見は五十代の男性。ちょび髭を生やし、白髪のボブ・カットの、ロシア人男性だった。
身長は、百六十㎝と低く、体型も痩せているので、小さい印象を受ける。本人いわく、ソ連の時代から《ミコヤン・グレヴィッチ設計局》でミグ戦闘機の開発をしていたと語っている。
イワノフは戦闘機の開発が大好きで、独自で兵器の研究をしているウトナピシュテヌだった。辺境魔法学校が所有する魔法先生の足である戦闘攻撃機のエカテリーナを開発した人間としても辺境魔法学校の間では有名だった。
「イワノフさん。今、通帳の記帳したんですが、給与の振込額がおかしいです」
通帳を受け取って確認する。イワノフが呆れた顔をする。
「神宮寺さん。給与が少ないと不満を申し立てに来られても、困りますよ。だいたい、入って一年目なんですから、少ない給与は当たり前。もっと給与が欲しいなら、実績をあげてください」
(イワノフさん、桁を数え間違えたのか? 数字に強いイメージがあるのに、らしくないな)
神宮寺はイワノフの勘違いを指摘する。
「逆ですよ。多すぎませんか。桁がおかしいです。俺の給与は、年俸で二千万円のはずですよ」
イワノフがさらりと発言する。
「それは説明した人間が間違っていますね。月当たり二千万円と説明したかったんでしょう」
額は間違ってなかった。だが、それほど好待遇だとは初めて知った。
(高校中退の俺が月収二千万円って、おかしいよな。プロのスポーツ選手並だぞ)
「月給が二千万円って、俺たちの給与は、そんなに高いんですか!」
イワノフ怪訝な顔をして告げる。
「神宮寺さんは、勘違いしておられる。ウトナピシュテヌは、世界に十人しかいないんですよ。世界で十人しかいない技術者の給与と考えれば、それほど高くないはずですよ」
世界に十人しかいない技術者の給与と諭されると合点がいった。
(給与って、色々引かれるものではないのか。なんやかんやで高収入だと半分は持っていかれるって聞いたけど)
「でも、年俸が二億四千万円で、そっくり残りますか? 税金と年金とか、保険料とか、色々と引かれるでしょう」
イワノフが首を傾げる。
「また、おかしな言葉を仰る。辺境魔法学校がある場所は、魔道特区で、非課税地域です。ここに住民票があれば、所得税も住民税は非課税です。税務署も、我々を怖れてやってきません」
「でも、健康保険とか介護保険とか、年金とか掛かるでしょう」
イワノフが「訳がわからん」の顔で告げる。
「病気もせず、年もとらないウトナピシュテヌから、なんの保険料を取るんですか? 私は神宮寺さんの考え方が全く理解できませんね」
イワノフは会話を終えると、神宮寺を頭のおかしい奴だといわんばかりの顔をして総務部から立ち去った。
神宮寺は、じっと通帳を見る。
「そうか。俺は知らなかったけど、高額所得者だったんだな」
手元に現金があった事実は嬉しかった。だが、剣持は、東京との金銭解決は神宮寺の給与では無理だと断言していた。魔導師上層部の金銭感覚が、よくわからなかった。
(他のウトナピシュテヌって、いったい年俸はいくらなんだろう?)




