第二章 幹部会と神宮寺の決断(一)
辺境魔法学校に戻った神宮寺はまず剣持影虎に相談を持ちかけに行った。
(京都の出方が分からない以上、剣持の協力を仰ごう。剣持なら京都の動きについて俺よりよく知っているはずだ。敵を知らないと戦いにならない)
剣持は神宮寺と同じウトナピシュテヌであり、辺境魔法学校の元教師でもある。学生時代は神宮寺もお世話になった。
剣持は学校長である魔法先生に従っている、だが、考え方はもっと穏健で、辺境魔法学校にあって、数少ない常識人だった。
辺境魔法学校では十人目のウトナピシュテヌが誕生してから学生の募集を停止していた。剣持の肩書きは現在は戦略室と呼ばれる部屋で、魔法先生の進める福音計画と呼ばれる謎の計画の準備を行っている。
剣持は辺境魔法学校の戦略室長の部屋にいた。剣持の外見は四十代の男性。髪はオールバックで、吊り目をしている。
戦略室勤務になってからは青いスーツをいつも着用し、スーツの左肩には金色の天秤の刺繍が施されていた。天秤の下にはダレイネザル言語で『栄光』を表す文字が入っている。
室長室の広さは二十畳。部屋には簡単な応接セットがある。壁にはダレイネザル魔導師が使う記録用の縦二十㎝、横五㎝。厚さ五㎜銀のプレートが並んでいる。剣持は黒い金属製のデスクにあるパソコンで作業をしていた。
「剣持さんに、折り入って相談があります。月形さんについです。月形さんがロシア人の殺し屋を使い、東京魔法学校の教壇に立つ京都寺社魔法学院の僧侶を殺害しました」
剣持は渋い顔をして神宮寺に向き合う。
「報告は既に上がっている。呪い屋組合からも相談を受けている。魔法学校の幹部職員としては、一介の魔導師にしか過ぎない月形の件は呪い屋組合に任せろといいたい。だが、それでは、神宮寺は納得がいかないのだろう」
剣持には情報が入っていた。神宮寺がやって来る未来も予期していた。
(これは、相談に乗ってくれる雰囲気だな。ありがたい。俺には味方はほとんどいないから助かる。借りを増やしっぱなしの現状は心苦しくもあるが、借りられるなら、目一杯、借りよう)
神宮寺は背筋をピンと伸ばして頼んだ。
「俺は月形さんを救いたいと切に願っています。知恵を貸していただけないでしょうか」
剣持が眉間に皺を寄せて語る。
「知恵を貸す必要はないし、貸せる知恵もない。呪い屋組合は幹部職員の恋人を殺害するような愚かな決断はしない。呪い屋組合の上層部はウトナピシュテヌの怖さを知っている」
あまり良い印象がない前室長の常世田に感謝するなんて、初めての経験だった。呪い屋組合の動きは問題なさそうだった。
(そうか、恐怖を植えつけておいてくれたのか。なにをしたか知らんが、今回に限っていえば儲けものだな。俺は残酷な仕事とか嫌いだし)
だが、問題の大本は京都にある。
「呪い屋組合の動きは心配していません。問題は京都の動きです。京都は月形さんを狙ってくるでしょうか?」
剣持が苦々しく発言する。
「京都と東京から、月形の身柄の引渡し要請が来ている。回答期限は今月の末だ。渡さない場合は闘争もやむなし、だそうだ。威勢のよい連中だよ」
奇襲を掛けてこない展開は嬉しい。だが、正面から身柄引き渡しの要請をしてきているので、許す気は一切ないと見ていい。
(やはり、京都寺社魔法学院が動いていた。これは、京都寺社魔法学院の動きを封じないと、月形さんが危ない。だが、どうする?)
声を張って切にお願いする。
「是非とも、京都の要請を拒絶するようにお願いします」
剣持が渋い顔で語る。
「京都とうちは敵同士だ。敵の要請をわざわざ聞く馬鹿は辺境魔法学校にはいない。京都に頭を下げる真似なんかしたら、魔法先生が怒る。京都も要請が通るとは思っていない」
明確な敵対関係にある現状は嬉しいが、それなら疑問も残る。
「では、なんで、引き渡しの要請をしたんですかね? 向こうだって馬鹿ではないでしょう?」
剣持が神妙な顔で語る。
「東京と辺境の関係を悪くするためだろう。今回の当事者には東京が入っている。魔法先生の方針では京都は敵でも東京は違う。東京は表面的に協力関係にある」
(表面的な協力関係化。なら、拒絶もありだろう。だが、落としどころが全然わからない)
京都と東京の両方を相手にしたくはなかった。できれば、東京を牽制しつつ京都と戦う。京都との戦いを終えたあと、東京には溜飲を下げてもらうのがベストの展開だった。
(東京はいったどこまで処分を求めるのだろう。死人まで出しているから、簡単にはいかないだろうが、どこまでの決着を望むのか知りたい。表面的なものなのか、それとも大きく出るのかが、まるで見えない)
「京都が月形さんを抹殺したい心情は理解できます。では、東京、是が非でも月形さんを処分したいのでしょうか?」
剣持が難しい顔で持論を述べる。
「東京は表向きには処分を望んでいる。しかし、俺が接触した感触では、辺境と正面切って殺し合う気はないらしい。だが、顔を立てて欲しい、とは思っている。俺も東京の顔を立てねばと思案している」
(京都とは戦いは避けられない。だが、避けられるのなら東京との戦闘は避けたい。剣持が思案しているなら、それは辺境魔法学校も顔を立ててやりたいと思っているはず。面子を立てるのが鍵だな)
「月形さんがやった件ですが、金で解決できるレベルの問題でしょうか?」
万事が金で片付くのなら、金策に奔走するつもりだった。手段は問わない。
剣持が難しい顔のまま述べる。
「東京は金で済ませるかもしれない。だが、京都は「うん」といわないだろう。もっとも、東京に金を払うにしても、神宮寺の給与で払える額のレベルには、ならないだろうがな。もちろん、魔法学校が一介の魔導師のために、多額の支出を認めはしない」
(金銭解決は難しいか。金で解決できればよかったんだが、これは、金の掛からない代替案が必要だな。東京はだいたいどう対応すればいいか、見えてきた。となると、問題は死人を出しても、闘争やむなしと息巻く、京都か)
「京都から暗殺者が来る可能性はありますか?」
剣持が厳しい顔で告げる。
「おそらく、来る。回答期限が過ぎた辺りが危険だ。いっておくが、月形を特別扱いして辺境魔法学校で保護する処置はしない。お前が月形と結婚でもして、辺境に呼ぶのなら別だがな」
(結婚は、月形さんが渋るかもしれない。結婚は最終手段として、やはり京都を封じ込める案が必要だな)
京都の動きを封じ込め、なおかつ東京の面子を立たせる。それでいて、月形さんを守る案が必要だとわかった。
「わかりました。なにか、考えてみます」
剣持が怖い顔で教えてくれた。
「もし、何か行動を起こすのなら、来週の頭の幹部会までに考えろ。京都は強い。神宮寺が単独で月形を守る行動は無理だ。魔法先生に興味を持たせろ」
有意義なアドバイスが出た。
「総大将を担ぎ出せれば、勝ち目はある、と?」
剣持が真剣な顔で告げる。
「そうだ。魔法先生が動けば、辺境魔法学校が動く。他のウトナピシュテヌも協力する。京都寺社魔法学院対辺境魔法学校の構図に持っていければ、充分に守れるだろう」
剣持の助言により、助ける筋道が見えた気がした。
(魔法先生は利益なくして動く人ではない。ましてや、一介の魔導師のために働く人ではない。ウトナピシュテヌの俺が頭を下げるくらいでは、駄目だ。なにか、興味を惹くような餌が必要だ)
「ご助言感謝します」




