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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【誕生編】
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第一章 単純かつ明確な入学試験(四)

 女性は携帯を取り出し、丸刈りの男は壁を背に、座禅を組むように座った。

 神宮寺も時間が掛かると聞いていたので、携帯ゲームを出して時間を潰そうとした。


 視界の中で、サラリーマン風の男が頭を抱えて震え出した。

 試験開始三十分と経たないうちに二人目の脱落者が出たと思った。


 サラリーマンの男が突然「刃物が! 刃物が!」と叫ぶと、立ち上がり、突如、神宮寺に殴りかかってきた。座っていた神宮寺は、突然の事態だったので、手を交差して上から殴り続けてくる男の攻撃を防ぐのが手一杯。


 男は本気なのか、かなりの力があり、拳が頭や顔に当った。垣間見える男の目には、すでに正気はなかった。神宮寺は危険を感じた。この野郎との思いを込めて、縮めていた足を思いっきり伸ばした。足が殴りつけてくる男の膝を蹴った。


 膝を蹴られた男が後ろに仰け反るように倒れた。相手がまた襲ってくるかもしれない。反撃できるようにすぐに立ち上がると、男は倒れたまま、動かなくなった。


 少しして、丸刈りの男が倒れて動かなくなった男の首の脈を取った。

「あかん、死んどる」という丸刈りの男の一言が、場の空気を重くした。


 これで二人目だ。試験はまだ始まったばかり、これから苦しい時間が来るのだろうか。

 誰も神宮寺が殺したとは言わなかった。サラリーマン風の男が死んだのが果たして、事故だったのか、試験の時に飲んだ液体のせいで死んだのかは、わからない。


 おそらく、後者だと思いたい。だが、試験で死んだ人間は魔法学校に持っていかれるので、司法解剖が出ない。真偽は不明だ。


 神宮寺は怖くなった。襲ってきたのが、サラリーマンだからよかったが、もし丸刈りの男が発狂して襲ってきたら、勝てる自信がなかった。


 試験で出された液体を飲んだ結果として死ぬのならまだしも、錯乱した受験者に暴行を受けて死ぬのは御免こうむりたい。どうせ、死ぬのなら、夢の途中がいい。


 神宮寺は丸刈りの男から離れようとしたが、男のほうから話し掛けてきた。

「部屋の真ん中に死体が二つあるのはどうも、収まりが悪いの。隅によけておこうや。兄ちゃん、足を持ってくれるか」


 確かに丸刈りの男のいう通り、遺体が部屋の真ん中に転がっている状況は好ましくない。

「死ねば皆、仏」という言葉はあるが、神宮寺にはそこまでオッサン二人に対して、仏心はなかった。とはいえ、下手に丸刈り男の気分を損ねると、錯乱した時に神宮寺を標的にするかもしれない。


 神宮寺は生存率を一%でも上げるために、殊勝に遺体に手を合わせて手伝った。言われたとおり、六十代男性と、サラリーマンの遺体を部屋の隅に移動させるのを手伝った。


 手伝いはしたが、安心したわけではないので、丸刈りの男とは離れて座った。女は神宮寺にも危機感を持ったのか、二人から離れて座った。六畳間に正三角形の配置ができた。


 神宮寺は一度トイレに立った。トイレから出てくると、すぐに女がトイレに駆け込んだ。トイレから水が流れる電子音がした。


 ただ、トイレから流れる電子音は、三十分が経っても全然やまない。

 丸刈りの男がトイレに立って、ノックをするが返事がない。


 受付嬢の「毎年トイレで亡くなられる方が必ずいる」の言葉が頭に蘇った。

 女はトイレの中で死んだと思った。これで、三人目だ。結構、死んでいくペースは早い。


 女性が死んだのは、いいとしよう。女性だって、覚悟があってきたのだから。ただ、トイレを開けると、死体がゴロリと転がって出てくるのはわかっていても、良い気はしない。できたなら、壁際でひっそりと息を引き取ってほしかった。


 トイレは、使用中を示す表示板の上にコインで回せる凹みがあった。凹みにコインを入れて回せば、外からトイレを開けられるのだが、丸刈りの男はトイレを開けなかった。


 丸刈りの男は舌打ちすると、部屋の隅の排水口に向かって立ちションをした。

 立ちションが終ると、持っていた鞄の中からペットボトルを取り出し、洗面台から水を汲み、排水口に流して処理した。


 試験開始、二時間を待たず、生存者は二人になった、確率的にいえば、次はどちらかが死ぬ。神宮寺は、「俺は死なない。俺は死なない」と暗示を掛けた。


 丸刈りの男が、名前二人になったところで口を開いた。

「わいは嘉納(かのう)(けん)()いう。お兄ちゃん、名前は?」


「神宮寺誠です」

「神宮寺はなんで、こんなけったいな試験を受けて魔道師になろうと思ったん?」


「魔法がやってきたのが、二〇〇三年。まだ十三年しか経っていませんけど、魔道師の数は日本では少ないでしょう。今なら競争もないから、稼ぎだって弁護士や医者よりいい。それに、辺境魔法学校なら、受験勉強だってしなくていいですから」


 本当は嘘だ。辺境魔法学校を受けたのは魔道師への憧れだった。同年代のサッカー少年がサッカー選手に憧れるように、神宮寺は魔道師に憧れた。


 神宮寺は二〇〇三年に魔法がやってきて恩恵を受けられる事態に、心の底から感謝した。神宮寺自身もちょうど良い時期に生まれたと思っていた。


 職業が選べるゲームで自分の名前を付けられる時は、まず自分の名前を白、黒かまわず魔道師につけた。


 魔道師は人間じゃない。物理に満ちた世界はとても残酷で、人間はいつも弱い。

 だから、自分が人間に生まれたのが、とても嫌だった。人間以上のものに対する憧れ。


 ただ憧れのために、死亡率八十%の試験に臨むなんて、皆は馬鹿にするだろう。だから、かっこ付けて、斜めに構えて嘘を吐く。


 嘉納の顔が厳しくなった。

「自分だけは、死なないと思ったんか? 甘いぞ。死いうんは、遠いようで求める者にはすぐに寄ってくる。日本は二〇一五年のアジア核戦争の時にどっちつかずで、蚊帳の外に置かれたから、今のお前が生きていられるんやぞ。幸運に拾った命は、もっと大切にせい」


 余計なお世話だと思った。命の尊さを説く嘉納がなぜ、こんな危険な試験に臨んでいるのか、わからない。聞く気にもならないが。


 行きたい道があるなら死んでも構わない。なれるなら、すぐにでも人間以上になりたい。


 親にさえ理解されなかった思想だ。他人の嘉納には理解してもらえないだろう。他人がどう思おうと、命は使うためにある。取っておくためのものじゃない。物事にはタイミングがある。神宮寺にとって今日しかないという霊感にも似た思いがあった。


(今日がダメなら、きっともう魔道師になれない。高校を出て進学なり、就職をすれば、俺はきっと普通の人生を歩んでしまう)


 だが、憧れも、思いも、目の前の嘉納に理解されるとは思えなかった。


 神宮寺は、いかにも斜めに構えた態度を装って発言した。

「もういいですか。時間があるなら、ゲームを進めたいんですが。どうせ、死ぬかもしれないなら、エンディングまで進めておきたいんですけど」


 嘉納は神宮寺の答に明らかにムッとした態度で答えた。

「そうか、話しかけて悪かったな。せいぜい、楽しみや」


 会話の打ち切りは神宮寺にとっては有難かった。どうせ、どちらかが死ぬのだ。仲良くなっても、どちらにとっても、よい事態にはならない。


 やっているゲームはパーティを組み、ダンジョンに潜るありきたりのRPG、ありきたりだが、細部まで凝った世界観が好きだった。もし、このまま楽に死ねるなら、このゲームの中に生まれ変わりたい。白でも黒でも魔道師をやりたい。


 イヤホンのゲームの効果音に混じって鼾が聞こえてきた。顔を少し上げると、嘉納が鼾を掻いて床に横たわっていた。


 別に鼾がうるさいわけでもなければ、異常でもないが、ついに試験は最後の一人になったと思った。時間はまだ午後三時くらい。眠くなるのには早い時間だ。


 おそらく、嘉納の鼾が止った時、心臓も止まると思った。

「さようなら、お節介で、親切な人」


 嘉納は死ぬのだろう。だが、神宮寺が生き残ったとは思えなかった。

 死亡確率八十%は、あくまでも統計の問題だ。一つの部屋で二人生き残る部屋もあれば、全員が死ぬ部屋があってもおかしくはない。


 ここが、全滅部屋ではないとは言い切れない。しばらく、ゲームをしていると、画面がぶれてきた、ゲームの故障かと思った。手が震えている感覚がないのに、揺れて見えた。


 天井を見上げれば、照明が揺れている、頭の感覚も変だ。眩暈というやつだろうか。

(だとすれば、俺も死亡組だったのかもしれない。つまり、ここは全滅部屋だ)


 夢は終った。純粋に試験に合格できなかった事態が悔しかった。両親は悲しむだろう。

 葬式は挙げてほしいと思わないが、遺体すら帰ってこない状況で両親はどう思うだろう。


 神宮寺はゲームの画面を見るのが辛いので止めて、眩暈から楽になろうと横になった。

 眩暈は目を閉じると酷く気持ち悪いので、目を開け、揺れる視界を見ながら、気持ち悪さに耐えた。いつまで続くのだろう。


 どうせ、落第するのなら最初に死んだ年配の男のようにあっさり死にたかった。

(俺もこれで、ゲーム・オーバーか。でも、ゲームに参加しないよりは、いいさ。魔道師以外の道は、俺には必要はない)


 気持ち悪さに耐えていると、嘉納の鼾がやんだのに気が付いた。これで、残り一人だ。

 トイレからから聞こえていた、電子的な水が流れる音も止っていた。静かだった。


「死ぬのか」


 意識がぼやけてきた、照明が暗く感じる。おそらく、照明の暗さは変わっていないだろう。眼が見えなくなってきたのだと感じた。


 どこか遠くから、微かだが鐘の音が聞こえた気がした。幻聴だろう。

 人生の最期って、こんなものかと思うと、意識が途切れた。


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