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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第六章 ダレイネザル魔術の根源(二)

 休講になって、十日間が過ぎた。明日が土曜日なので、来週の月曜からは普通に授業が始まる。
 月形さんは相変わらず神宮寺を半分は空気のように扱い、図書室で勉強をしていた。

 嘉納は時折、寮内で会うと会話をしているが、何を会話したかは記憶に残らなかった。
 眠っていると、一度も鳴らなかった部屋の内線電話が、鳴った。時刻は、夜中の零時半。

 寝てすぐに起された。電話の相手は、剣持だった。剣持は「すぐに寮の外に、着替えて出て来るように」とだけ、授業の時と同様の口調で話すと電話を切った。

 着替えて寮の外に出ると、剣持はいつもの姿で神宮寺を待っていた。

 剣持は神宮寺を怖い眼差しで見つめ、厳しい口調で状況を説明した。
「蒼井が医務室から消えた。おそらく、学校から逃亡する気だ。学校では逃亡者を説得ないしは、殺害してでも、連れ戻すように決めている。これは日直者の本来の仕事ではないが、引き受けるのなら、報酬を支給する。やるか?」

「俺が断ったら、どうなるんですか?」
「他の誰かがやる。ただ、それだけだ」

 剣持が神宮寺に蒼井さんを連れ戻す役目を振った理由は、優しさだと感じた。他の誰も、蒼井さんを説得できない。つまり、蒼井さんは見つかった時点で処刑だ。

「わかりました。やらせてください。努力します。それと、説得に成功して連れ戻せたら、蒼井さんの罪は不問にできませんか」

「いいだろう。敷地内で説得できれば、一時の気の迷いとして、咎めはしない。だが、敷地から出てしまえば別だ」

 剣持はオートマチックの銃とライト、それにライトと銃を腰に吊り下げられるベルトを差し出した。逃亡者を探すための装備だ。

 逃亡を図った蒼井さんの説得は難しいと思った。説得できなければ剣持が差し出した銃で決着をつけなければならない。やりたくない仕事だった。

 剣持が銃の安全装置の解除法を教え、ベルトを腰に巻いてくれた。
「剣持先生。どうやって蒼井さんは探せばいいんですか」

「蒼井はおそらく、正面ゲートから東側に柵に沿って、出られる場所を探しているはずだ。お前も同じように行動すれば、見つけられるだろう。蒼井は学生証のピアスを身に着けている。学生証は魔術的な物で造られているから、近くまで行けばお前の『異界の気配』で探せるだろう」

 神宮寺はウルリミン寮の入口にあった自転車に乗って正面入口に向った。神宮寺は一旦ウルリミン寮に戻ろうかとも考えた。

 服に飲み物、それに現金を渡して、蒼井さんの逃走を手助けしようかと思った。だが、すぐに、頭に浮かんだ考えを振り払った。逃げ切れるわけがない。

 仮に、今日は逃げ切れても、明日には始末する人間が派遣されるかもしれない。派遣される人間が誰かは知らないが、剣持のようにまだ慈悲の心が残る人間とは限らない。それに、敷地内から出てしまう。だったら、神宮寺が連れ戻さなければいけない。

 他人に嫌な仕事を押し付けても、他人が神宮寺よりうまくやってくれる保証はない。
 神宮寺は『異界の気配』を唱えて、自転車をゆっくり柵沿いに走らせた。しばらくして、木の陰に隠れている何かの気配に気が付いた。

 気配は弱く、強い魔力は帯びていない。おそらく、蒼井さんの学生証だ。
 神宮寺は木から十m離れた場所で自転車を止めると、銃の安全装置を解除した。

 蒼井さんは『鋳造の魔炎』を使える。マジチェフェルの時に威力を見た。人間相手なら即死レベルの魔法だ。

 神宮寺は片手に銃を持ち、片手にライトを持った。ライトで木を照らしながら、ゆっくり近付き、できるだけ蒼井さんを刺激しないように心掛けて呼びかけた。
「俺だよ。神宮寺だよ。隠れていても、わかるよ。俺『異界の気配』が使えるんだ」

 木の陰から人が出てきた。顔は目や鼻は隠れているが、包帯で覆われ、服は着ているものの、手足にも包帯が巻かれていた。きっと全身びっしり包帯だらけなのだろう。

 あまりの怪我の状態に蒼井さんかどうか、確証が持てなかった。
 相手は姿を現すと、問答無用で『鋳造の魔炎』の詠唱を始めた。蒼井さんの声だった。

 神宮寺は適当に蒼井さんから的を外して、銃を三発撃った。すると、蒼井さんの詠唱が停まった。

 神宮寺は、静かに蒼井さんに告げた。
「銃を持っているんだ。この距離だと、蒼井さんの詠唱より早く撃てるよ。頼む、俺に蒼井さんを撃たせないでくれ。一緒に医務室に帰ろう」

「見逃しては、くれないの?」と蒼井さんが懇願するように聞いてきた。
(蒼井さんだって、見逃せないのは、わかっているはずだ)

 神宮寺は銃を構えたままだったが、努めて優しく声を掛けた。
「ここに来る前、見逃す行為も考えたよ。でも、冷静に考えて欲しい。逃げ切れるわけないよ。剣持先生から敷地内で連れ戻せたら咎めないと、言質も貰った。さあ、戻ろう」

 蒼井さんは首を振って、瞳に恐れの色を浮かべ、はっきりとした声で拒絶した。
「嫌。絶対に嫌。寮に戻れば、月曜日には、また授業が始まる。始まれば、きっとまた、ひどいことをされる」

「でも、辺境魔法学校の試験を受ける時に死んでも構わないと思って、覚悟を決めたんじゃないのかい。だったら、最後まで頑張ろうよ。俺も、できる限り手を貸すから」

 蒼井さんは黙って顔の包帯をとった。蒼井さんの綺麗な顔は、釘打ち機で釘を何箇所も打たれたような、ひどい痕があった。

 蒼井さんは涙声で、訴えかけるように懇願してきた。
「これを見てよ、神宮寺。顔だけじゃない。体だって傷だらけなのよ」

「でも、生きているじゃないか。傷だって、魔法で綺麗に傷を治す方法があるかもしれないよ。それに今日、俺を振り切っても、明日には別の人間が蒼井さんを追う。蒼井さんは、きっと見つかる。戻らないと、蒼井さんは見せしめに、きっと残酷に殺されるよ」

 蒼井さんは自棄になったように叫んだ。
「逃げられないなら、逃げられなくていい。学校に戻っても、死ぬだけよ。でも、今の魔法があれば、姉に復讐はできるわ。姉から全てを奪ってやる」

 蒼井さんは確実に冷静さを失い、周りが見えていなかった。
「わかった。蒼井さんがどういう理由でお姉さんを恨んでいるのか知らないけど、復讐は俺が魔道師になったときに、代わりに引き受けるよ。だから、帰ろう。それに、逃げるなら、今日じゃなくてもいいじゃないか。きっと、危険な授業はすぐにはもうない。少し休もう、ね、そうしよう」

 蒼井さんは首を振って、震える声で頼んできた。
「もう、あの場所に戻るのも嫌。帰る家もない。だったら、好きにさせてよ。自分の最期くらい、自分で決める」

「小清水さんの思いはどうなるの。小清水さんは蒼井さんに『同胞への癒』を使わなければ、マジチェフェルに生き残れたかもしれない。でも、蒼井さんを助けるために、消耗してマジチェフェルで死んだんだよ」

 蒼井さんは、逃亡者である事実を忘れているかのように、大声で自分のせいではないと強調するように怒りを込めて叫んだ。
「小清水の死は私に関係ない。小清水は勝手に善人ぶって、いい気になって死んだのよ」

 命を助けてくれた小清水さんを「小清水」と蔑むように呼び捨てた。
 蒼井さんの言葉にはさすがに怒りを覚えた。そこで、月形さんの「蒼井さんは、もう違う魔道書に心を喰われて、周りが見えなくなり始めた」の言葉を思い出した。

(目の前にいるのは、もう、蒼井さんじゃない。これから、もっと蒼井さんは、蒼井さんでなくなっていく。だったら――)

 神宮寺は銃を強く握って、蒼井さんを見据えた。だが、どうしても、傷だらけの蒼井さんを撃つ気には、なれなかった。

 神宮寺は最悪の決断をした。銃を下ろし、安全装置を掛けてズボンのベルトにしまって、蒼井さんに穏やかに声を掛けた。

「わかった。逃げて殺される覚悟があるのなら、もう何も言わないよ。とりあえず、包帯を巻き直そう。一人じゃ大変だろう? 自転車の席に座って、包帯を巻き直してあげるよ」

 蒼井さんは躊躇ったが、ゆっくり神宮寺に寄ってきて、外した包帯を渡した。
 神宮寺は苦労しながら、蒼井さんに「手順はこれでいいのか」「結び方がきつくないか」と聞きながら顔に包帯を巻いてあげた。

 蒼井さんは、以前の蒼井さんに戻ったような冷静な口調で聞いてきた。
「私を見逃して、本当にいいの。罰せられるんじゃないの」

「そうかもしれないけど。俺の今後は気にしないでいいよ。自分でなんとか対処するから。俺は、一晩中ずっと蒼井さんを探しても見つからなかった、って報告するつもりだから、朝までは追っ手は出ないようにしてみる」

 会ったときより少し不恰好だけど、蒼井さんの顔を包帯で巻く行為に成功した。
 包帯を巻き終わると、蒼井さんは弱弱しい声でお願いしてきた。
「ねえ、神宮寺、一緒に来てくれない?」

「それは、できない。俺は魔道師になるのが夢だし、覚悟もしてきているから、一緒に逃亡はしないよ。それより、お金は持っている」

 蒼井さんは「少しだけ」と答えたので、神宮寺は、財布の中の札を全て抜き取り、蒼井さんに手渡した。

 日直代は手渡しで、全て財布の中に入れていた。来月分の寮費やWEBマネーに交換した分を除いても、財布の中には、まだ二十万円くらいは残っていた。

 蒼井さんは二十万を受け取ったので、神宮寺は「これも」と、懐中電灯も渡した。
「蒼井さん、学生証の黄金のピアスをしているでしょ。ピアスは外して、どこか道の途中に捨てなきゃダメだよ。学校側はピアスに掛けた魔法で、蒼井さんの位置を把握している」

 きっと、ピアスを捨てても、蒼井さんは逃げ切れない。神宮寺ではない誰かに見つかる。あとは、見つける人物がうまく説得して連れ戻してくれるのを望む。

 神宮寺自身の手を汚さず、剣持を裏切る、他人任せの最悪の決断。
 現金と懐中電灯を受け取ると、蒼井さんは「ありがとう」と頭を下げて、懐中電灯を片手に柵沿いに歩き始めた。

 神宮寺は黙って蒼井さんを見送るつもりだった。
 体が急に硬直した。誰かの魔法に掛けられたと感じた。

 神宮寺の右手が、ゆっくりと意思に反して動いた。右手はベルトから銃を引き抜いた。
 右手は銃の安全装置を外すと、背後から蒼井さんに向けた。火薬の破裂音がした。

 蒼井さんが柵を掴んでから、崩れるように倒れた。懐中電灯が転がった。
 神宮寺は金縛りに遭ったように動けなかった。右手は一撃で背後から蒼井さんの心臓を撃ち抜き、蒼井さんを殺した。

「お前、なにをしたか、わかっているのか」
 背後で声がした途端に、金縛りが解けた。

 振り返ると、剣持がいた。『異界の気配』はとっくに切れていたので、気付かなかった。
 もっとも、『異界の気配』が掛っていても、本気で神宮寺を尾行していた剣持なら、気付かなかったかもしれない。

 剣持は神宮寺を試すために尾行していた。おそらく、今の発砲にしても、剣持が神宮寺を操って、蒼井さんを一撃で仕留めたのだろう。

 蒼井さんは、結局、復讐をする行為も、敷地内からの脱出もできず、この世を去った。
 蒼井さんを殺された神宮寺の心には、小清水さんの時のような悲しみが、なぜか浮かんでこなかった。神宮寺は平然と剣持に、嘘の報告をした。

「説得が失敗したので、逃亡者の蒼井さんを始末しました」

 剣持は、さして怒った様子もなく、確認するように尋ねて来た。
「殺害はお前の意思ではないだろう」

 神宮寺は表情を変えないよう努力して、剣持を見据えて、もう吐き慣れた嘘を並べた。
「俺の意思とは無関係に右手が銃を取って背後から撃ちました。ですが、俺は最初から蒼井さんを安心させ、背後から安全に仕留めるつもりでした。蒼井さんの魔法は俺には脅威だったので。ただ、撃とうとした直前に体が動かなくなったんです。動けば撃ちました」

「距離が離れれば、仕留めづらくなるぞ。なぜ、すぐ撃たなかった」と剣持は問い糾す。
「俺は、素人です。一発で仕留めるつもりはありません。それに、距離が近いと、意図に気付かれた場合に、逆に銃を奪われる危険性があります。弾は十発以上も残っていましたので、少し離れても全部を撃てば、仕留められたと考えました」

 剣持はそれ以上は追及してこなかった。ただ、いつもの連絡事項口調で話した。
「わかった。余計な手出しをして、悪かったな。俺が手を出さなくても、お前には任務を果たせた。この場は、そうしておこう。手柄はお前の物にするといい。報酬は払う。学内ネットバンクに口座を作ったら、報告しろ報酬を振り込んでおく」

 神宮寺は一礼すると、蒼井さんのほうを振り向かずに、自転車に乗り、ウルリミン寮に向って走っていた。
 ウルリミン寮に着くと、深夜の暗闇風呂に入った。暗闇風呂の湯船に入って、肩まで体を沈めると、涙が初めて頬を伝わった。
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