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辺境魔法学校 作者:金暮 銀
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第五章 生存者、勝者、敗残者、それぞれの理由(六)

 神宮寺は帰り支度を済ませると、のろのろと医務室に向った。

 神宮寺の喉元の傷は、ハンカチで押さえていたら止まっていたので、医務室による必要はないと思っていた。それでも、蒼井さんが気になったので、医務室に行った。

 医務室奥の手術室の表示板に手術中の文字が点灯していたが、医務室の椅子の上では、パイプを吹かす水天宮先生の姿があった。

 水天宮先生が神宮寺を見て、少し驚き、少し不機嫌になった。
「なんだ。まだ、生存者がいたのか。とっくに死んだと思っていたわよ。やっと休憩を取っていたのに、どれ、傷を見せなさい」

「大した傷じゃないですよ。それより蒼井さんの手術は、もう終ったんですか」

 水天宮先生が憮然とした表情で会話した。
「私は、魔法医なのよ。普通の医者と比べてもらっては困るわね。手術速度は並の医者の二十倍は早い自信があるわ。それに、優秀な兵隊を作っておく備えにも、余念がないのよ。難しい箇所だけ終えたら、優秀な兵隊が、あとは全部やってくれるわ」

 水天宮先生がパイプを置いて言葉を続けた。
「それより、傷を見せなさい。ファフブールの傷は普通の傷と違うのよ。ダレイネザルの力を強める効果もあるけど、人によっては、毒のように全身に回って重篤の障害を起こしかねないのよ。俗に、霊障を起すともいうわ」

 水天宮先生は長椅子に神宮寺を座らせ、喉元の傷を見た。傷を軽く触って撫でながら、一人だけ納得したように声を出した。
「珍しい場所に受けたわね。本来なら注射一本で済ますけど。疲れたでしょう。いいわ。特別に余った点滴に、体の疲れと、心を楽にする薬を混ぜて、打ってあげる。八番目のベッドには二十二番が入るから、横になりたかったら、九番目のベッドに横になりなさい。三時間くらいで終るから」

 神宮寺は点滴を取り出し、薬剤を用意する天宮先生に頼んだ。
「心の苦しみを取り去る薬は、要らないです。今日の出来事は、覚えていたいです」

 水天宮先生は点滴棒に点滴を吊して、微笑んで発言した。
「面白いこという子ね。別に、魔法の薬で辛い記憶は消すわけじゃないわよ。単なる精神科で使われる、心を穏やかにする薬を打つだけよ。なんでも魔法に頼っていたら、そのうち、魔法なしでは生きられなくなるわよ」

 水天宮先生が長椅子に座って、点滴台の上に手を置いた神宮寺の血管を一発で採った。
「終ったら勝手に抜いて、感染性と書いたゴミ箱に点滴と針を捨てて帰りなさい。私は一服したら一休みするわ、なんせ、これから八人の患者の容態を管理しなきゃいけないし」

 神宮寺は椅子に掛け直した水天宮先生に尋ねた。
「死者を生き返らせる魔法って、ダレイネザルの魔法にあるんですか」

 神宮寺の言葉に、水天宮先生は目尻を下げ、どこか楽しげに答えた。
「あるわよ。死者を蘇らせる方法。私の専門分野ですもの。普通に致命傷を受けて助からない人間を蘇生する方法から、核爆弾投下後の高濃度放射線地域で活動できる兵士を死者から作る方法とか、色々知っているわよ」

 やはり、ここには魔法がある。とはいえ、魔法を善悪に分ければ、悪の魔法の気がする。
 でも、知りたい。小清水さんを救える方法があるなら。
「死者を蘇らせる魔法を、もう少し詳しく教えてくれませんか」

 水天宮先生はパイプを吹かしながら、やんわり拒絶した。
「ダメ。私の研究は私自身のもので、魔法先生にしか報告義務がないのよ。私の助手になれば少しは研究成果を分けてあげてもいいけど。学生だから問題外ね。使えるかどうかわからない人間に渡す研究成果なんて、ないのよ。それに、使えない助手はお荷物だし」

「辺境魔法学校を卒業できたら、助手になれますか?」

 水天宮先生が、どこか神宮寺を馬鹿にしたように述べた。
「卒業したての人間に私の助手が勤まるとは、私も安く見られたものね。私は単なる魔法学校の校医さんじゃないのよ。まあ、学生が組織の全容を知らなくて当然よね。もっと、できる人間になってから、来てちょうだい。それまで生きていられたら、だけどね」

 水天宮先生はパイプを置くと「一休みしてくる」と外に出ていた。
 神宮寺は横になるために、点滴が終わるまで九番目のベッドで休んだ。

 呻き声で眼が覚めた。マジチェフェルで重傷を負った人間が痛みで呻いている声だった。
 神宮寺が自分の点滴を見れば、終っていた。水天宮先生に言われた通りに点滴を自分で抜き、廃棄した。

 手術中のランプが消えていた。カーテンで仕切られている八番目のベッドからも、呻き声が聞こえていた。蒼井さんも麻酔から覚めていると思った。

 神宮寺は蒼井さんのベッドまで行き、カーテンを開けて中に入った。ベッドには顔から下肢まで全身をラップで巻かれ、ミイラ状態になった蒼井さんが寝ていた。

 おそらく、顔から下肢まで、見えない小さな凶器で穴だらけにされたのだろう。顔だってよくわからないが、大怪我を負っているだろう。
 蒼井さんの口が動いたので、耳を寄せた。

 蒼井さんは、弱弱しい涙声で、恋人か肉親にでも縋るように呟いていた。
「痛いよ。神宮寺。もう、嫌だよ。学校、辞めたいよ」

 蒼井さんに「神宮寺君」ではなく「神宮寺」と呼ばれた。でも、今度の呼び捨ては、甘えたくて、誰かに依存したい心の現われのためのものだ。

 小清水さんが命懸けで助けた蒼井さんは、月形さんが予言した通り、辺境魔法学校の生徒として使い物にならなくなったと知った。

(もう、蒼井さんは「神宮寺君」と呼ばず、俺に依存するように「神宮寺」と呼んで寄り掛かって来るだろう。でも、俺は「蒼井さん」としか呼べないし、呼ばないだろう)

 神宮寺の提案に乗らず、愚かに攻撃した事実。蒼井さんを助けるために、小清水さんが無理をして死んだ現実。月形さんが言っていた「蒼井さんを責めるな」の言葉。退学権利金を払えない蒼井さんの将来。

 叱責、非難、慰め、励まし、どれも言葉にできなかった。
 神宮寺は、ただ黙って「痛いよ、痛いよ」の言葉を発する蒼井さんの側にいたが、やがて蒼井さんの耳元で、小清水さんがマジチェフェルで亡くなった事実だけを伝えた。

 蒼井さんの押し殺したような小さな泣き声を背に、神宮寺は医務室を後にして、ウルリミン寮に戻った。

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