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辺境魔法学校  作者: 金暮 銀
【誕生編】
28/92

第五章 生存者、勝者、敗残者、それぞれの理由(二)

 剣持の説明が終わり、円柱状空間に入る前に蒼井さんが『火鼠の防衣』を唱えたので、ホッとした。どうやら、神宮寺の提案に乗ってくれたらしい。


 蒼井さんは中に入ると、両手を拡げ、魔法を詠唱し始めた。蒼井さんの広げた十指の先に炎が点った。炎は蒼井さんの前方に流れ込み、巨大な球の塊を形成していく。

(おかしい。さっき俺が提案したのと違う)


 蒼井さんが無言だった理由は、神宮寺の提案を拒絶したためだと理解した。蒼井さんは、たっぷり一分ほど掛けて巨大な炎の球を作り、ファフブールに浴びせようとしている。

「止めるんだ、蒼井さん! 攻撃しちゃだめだー」


 神宮寺が叫んだ時には、遅かった。

 巨大な火球が、黄色い円の中を目掛けて飛んでいった。


 蒼井さんが放った火球は、確かに今までの生徒が使った火球の中でもひときわ大きく、牛でも一撃で焼き殺せるほどに大きな物だった。


 ひょっとして、これなら効果があるかも――と神宮寺は一瞬だけ期待した。だが、次の瞬間、真っ赤な炎によって輪郭を与えられた、ファフブールの姿が浮かび上がった。


 ファフブールは鋏、包丁、鎌、釘、フォーク、ナイフ、ドライバー、アイスピック等の、刃がある、ないしは尖って殺傷力のある金物が無数に集まった集合体で、直径二mほどの球状に近い形状だった。ファフブールに足はなく、空中三十㎝の高さで浮いていた。


 炎を纏った金物の球体の中から、刀が突き出す。攻撃を仕掛けた蒼井さんを目掛けて突進した。蒼井さんは突進を避けようとした。


 ファフブールから鎌が横に突き出した。鎌は蒼井さんの足を深く傷つけた。

 足に怪我を負った蒼井さんは転倒した。ファフブールがゆっくり蒼井さんに近付いた。


 ファフブールを見上げる蒼井さんに、無数の炎を纏った釘の雨が発射された。

 ファフブールは、中途半端に威力があった蒼井さんの攻撃に怒ったのか、攻撃は一撃ではなく、数秒に及んだ。蒼井さんの全身は見るみる赤くなっていった。


 神宮寺には為す術がなかった。ファフブールから、全身を覆う炎が消え、円柱状の空間の中には、蒼井さんしかいなかった。


 鍵が開く音がした。剣持が、もう蒼井さんは助からないと思ったのか、作業員に処理させようとしたところで、「待ってください」と小清水さんが立ち上がった。


 パイプ椅子に座って怯えていた小清水さんが、蒼井さんに駆け寄り、魔法を唱えた。

『同胞への癒』だろうか。だとしても、蒼井さんは全身が穴だらけに近い。


 魔法でも助かるとは思えなかった。小清水さんは蒼井さんの横に膝を突き、小清水さんはたっぷり、三分間に亘って魔法を唱え続けた。


 小清水さんが突っ伏すように手を床に着くと、剣持が命令した。

「蒼井を医務室に連れて行ってやれ」


 神宮寺は助かるのかと思い、急ぎ医務室に運んだ。

 水天宮先生は蒼井さんを見るなり、神宮寺に文句を付けた。

「これは、助からんだろう。死体処理置き場に戻したほうがいいぞ」


 神宮寺は必死に頼んだ。

「よく見てください、水天宮先生。最初は剣持先生も死体置き場に運ぶつもりだったんですが、小清水さんが『同胞への癒』を掛けたら、医務室に運ぶように指示を変えたんです」


 水天宮先生は改めて蒼井さんの状況を確認して、発言した。

「なるほど『同胞への癒』が傷を塞いでいる。これなら、助けるのは、そう難しくない」


 神宮寺の胸に蒼井さんが助かったという安堵感が湧くと同時に、打算も起きた。

 小清水さんの『同胞への癒』が死に行く人間の命を保持するほど威力があるのなら、神宮寺は試験で即死さえ免れれば、合格できるのではないだろうか。


 手術室に蒼井さんを運ぶように、水天宮先生が看護婦に命じた。水天宮先生は手術用の手袋を嵌めながら、手術室に入る前に神宮寺に尋ねた。

「一つ、聞きたい。二十二番を助けた奴のマジチェフェルは、二十二番の後か前か?」


 小清水さんは十六番なのだが、このあとはたぶん、一番の月形さん、十五番の神宮寺、十六番の小清水さんと来るので、小清水さんは最後だ。

「蒼井さんを助けた小清水さんは、最後ですが、なにか問題が」


 水天宮先生が突き放すように言い放った。

「そうか、最後か。馬鹿な行動を起こしたものだな」


「ひょっとして『同胞への癒』って、術者に多大な負担を掛けるんですか。対ファフブール戦を考えた時、『同胞への癒』と『遮断の防御円』との相性って、どうなんですか」


「相性は、いいといえるね。結界魔法の『遮断の防御円』の中にファフブールは、入ってこられない。『遮断の防御円』は『同胞への癒』と同じで、術者の魔力が続く限り使える集中持続型魔法だ。一人が怪我をしたとき、『遮断の防御円』で守り、怪我をした人間をもう一人が『同胞への癒』で治せるからね」


 水天宮先生は神宮寺の問いに答えると、すぐに手術室に入った。

 水天宮先生の話は、あくまで二人で戦った時を想定している。では、一人の人間が『同胞への癒』と『遮断の防御円』を選んだら、どうなるだろう。おそらく「相性は悪い」に変わるだろう。


 普通の魔法は、詠唱時に魔力を消費したぶんだけ威力が強くなったり、効果時間が延びたりする。集中持続型の魔法は詠唱終了後も、術者が精神を集中している間、魔力を消費し続け、効果時間や威力を調整できる。


 集中持続型魔法のほうが強力であり、理論的には二つ同時にも使える。だが、二つ同時の集中持続型魔法の使用は、消耗は激しく、制御も複雑だ。


 怪我をしたら、一人で『遮断の防御円』を張って身を守りつつ、『同胞への癒』で治し続けるのは、学生レベルでは無理だ。


『遮断の防御円』も『同胞への癒』も集中持続型タイプの魔法のはず。開始前に『同胞への癒』を使い続けて消耗すれば、魔力の残りが少なくなり、マジチェフェル中に使える『遮断の防御円』の使用時間が短くなる。


 水天宮先生の「馬鹿な真似」発言の意味を、ようやく理解した。

 小清水さんは『同胞への癒』を約三分も使い続けて、蒼井さんを救った。


 もし、蒼井さんを見捨てていたとする。そうすれば、小清水さんは『遮断の防御円』を三分間は持続できたかもしれない。小清水さんは無傷で合格できる可能性があった。


 同時に、即死さえ避ければ合格できる、との神宮寺の幻想も消えた。

 小清水さんの消耗度合いは大きい、神宮寺が試験時間いっぱいまで粘れても、もう『同胞への癒』による治療は、無理だろう。


 神宮寺はすぐに、小清水さんの善意を喰い物にするような思考を抱いた自分自身を、猛烈に恥じずにはいられなかった。小清水さんは、自己犠牲がとても高く付くのを理解していたのに、知っていて決断し、実行した。それが、小清水さんなのだ。


 神宮寺は、蒼井さんが神宮寺の提案を受け入れずに戦闘に入った行為を、恨んだ。

 蒼井さんが逃げていても、結果として、怪我を負ったかもしれない。でも、単に医務室送りになって、小清水さんの生存確率を減らさずに済んだかもしれない。


 神宮寺は神宮寺自身が怪我する事態より、小清水さんに残ってもらいたいと、強く思っている心に気が付いた。


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