第三章 親鳥は歌い、雛たちは騒ぎ出す(八)
蒼井さんが明るい顔で元気良く発言する。
「もっと大きな火を出す練習がしたいから適当な場所を探すわ」
神宮寺は蒼井さんと別れてウルリミン寮に戻った。
戻っても、すぐに自室に帰る気にはなれなかった。図書室を覗くと何人かが、すでにウルリミン寮に置いてある魔道書を、閲覧コーナーで見ていた。どうやら飲み込みの早い生徒が、もう三冊目に手を出しているらしい。いきなり、劣等生になった気分だ。
「俺、魔法なんて使えるんだろうか」
談話室の空席に、ただ黙って、座って呆けていると、風呂に入るために談話室の前を通る月形さんの姿が見えた。神宮寺は咄嗟に声を掛けた。
「ちょっと、いいかな、月形さん。話がしたいんだ」
月形さんは迷惑そうだったが、向かいの椅子に座り、隣にお風呂セットとバスタオルを置いて、相手をしてくれた。
「これからお風呂に入りたいんだけど、長くなりそうなら、後にしてもらえる?」
「長くはならないよ。生徒の内、もう魔法が使える人間が何人か、出ているんだ。でも、俺はまだ一つも使えない。なにかコツがあったら、教えてほしいんだ」
「神宮寺君は何か勘違いしているようだけど、私だって、ダレイネザル系の魔法は一つもまだ使えていないわよ」と月形さんは平然と答えた。
「魔道書なんて、読めば明日から使える《HOW TO本》とは違うのよ。一般的な魔道書は理解できても、使えるかは、別。おそらく、ダレイネザル系の魔道書は私の概念からいうと、魔道書でもないわ。あれは何かの装置、もしくは、魔法で作られた生物みたい」
月形さんの発想は、予想外の言葉だった。
「ええと、その、つまり、具体的には、どうしたらいいわけ」
「神宮寺君、動物を飼った経験ある? もし、あるなら、基本は同じよ。魔道書を犬だと思って、話し掛けて可愛がれば、尻尾くらい振ってくれるわよ。もっとも、犬と人に相性があるように、ダレイネザルの魔道書には、相性が存在するかもしれないけど」
犬に接するように、本に接する。狂人じみた話だ。でも、辺境魔法学校の魔道書なら、正しいのかもしれないし、月形さんがいう言葉なのだから、本当かもしれない。
月形さんがお風呂セットを持って、立ち上がった。
「じゃあ、そういうことで。私はゆっくり、無理しないで手なずけるつもりだから。ところで、神宮寺君は、何の魔道書を選んだの」
神宮寺は言葉に詰まった。だが、素直に選んだ魔道書名を告げると、月形さんが、ちょっとだけ軽蔑した眼差しで「偶然って、あるのね」と澄ました言葉を投げて去っていった。




