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未来を変える物語  作者: テオ
第一章『奇跡を起こして!』
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第一章『奇跡を起こして!』.02

夜遅くにリースが体の限界に挑戦して寝室から出てきた。

手足のない賢獣にとって、

ドアを開けるというのは中々に苦行なのだ。

そうまでして出てきたのは、

先ほどのリビングにセシアがいることが

気配でわかっていたからである。

彼は少し話をしたいと考えていたからだ。


「おや、リース……さんでいいかな。何か用かい?」


一見すると人当たりが良い笑顔……

けれどそれが仮面であると気付いている。

リースは頷き、「よっこいせと」と

億劫そうにジャンプをしてテーブルに上に乗った。


「改めて礼を言おうと思っての。

 それと、謝罪をな。お前さんには迷惑をかけた」


青年は、この人ではない獣が

何を言いたいかそれだけでわかってしまった。

彼は首を振り「気にしないで」と小さく答え、


「あなたたちが悪いわけじゃないんだ。

 そう、ただ僕の問題なんだ」


「妹とやら……

 ヤッチと同い年くらいだったのじゃろう?

 無理に思い出させるような形となってしまったからな。

 謝罪くらいさせてくれ」


断言するリースにセシアは目を見開く。


「あなたはとても聡いね……一体何者なんだい?」


「『帝国』からの流れ者じゃよ。

 あそこは使える者であれば、何でも使う。

 ……それが人でなくともな。

 まあ、今のワシにはもう関係ない。

 今はヤッチの保護者気取りじゃよ」


毛むくじゃらは「物理的に流れてきたがな」と笑う。

セシアは帝国という単語に少なからず驚いたようだったが、


「詮索はしないよ。

 ヤクモ君もリースさんも、

 どうやら複雑な事情がありそうだ。

 一介の猟師が聞く話じゃないただろうしね」


あっさりと引いた。

物分りがいいというより、

もう関わらないつもりなのだろう。


「何から何まで悪いの。

 で、だ。すまんが、実は迷子でな。

 地図なり、近くの街の場所を教えてほしい。

 さすがにあの子をいつまでも

 森の中を歩かせたくないのだ」


青年は「本当に保護者みたいだね」と

言いながら地図を出してきた。


「今いるのはクレンバレー領のアザレ大森林の隅っこ

 ……そうそう、ここさ。

 一番近い町は交通街ムムト。

 そんなに遠くないからすぐだよ」


指差されたのは森林の入り口付近。

森から抜ければ数日で町につきそうである。


「やれやれ……ワシも随分遠くに流されていたの。

 オリクト共和国まで来ていたのか」



ため息をつくリースに、青年は口元に指を当てる。


「帝国の名前は出さない方がいいよ、

 微妙な時期だからね」


「わかっておる。

 無用な火種はごめんじゃからな」


リースは寝室を横目に見て、

とりあえずヤクモにはきちんとした街に連れて行ってやりたいと思っていた。





それは、突然に私の前に現れた場面。


「そうさ……わかってはいたさ!

 もうエイゼが帰ってこないことなんて!」


私は必死に走った。

どうして走っているのか自分でもわからない。

けれど、何かに間に合わない……

そんな思いで頭の中が一杯になっていた。

雨脚はどんどん強くなっていく。

月は雨雲で隠されてしまい、

明かりは全くない。

月明かりを失った夜の森は、暗くて、

自分がどこに立っているかすらあやふやにさせる。

水溜りとなってしまった足場は、

まるで、黒い底なし沼のように私の足に絡みつくため、

思うように走れない。

手遅れになるってわかっているのに、

足はちゃんと動いてくれない。


「……だめ」


私の小さな声は届かない。


「それでもすがっていたかったんだ。

 あいつの声が聞こえてる……

 それは僕の中に妹がまだ生きている証拠だって!

 でもそれは、違った。

 あいつの声だと思っていたそれは、

 単なる悪魔の悪戯だったんだ!

 こんなに滑稽なことはないさ!」


崖の上に立つ彼の慟哭が、空に響き渡った。

激しい雨だというのに、

その叫びは私の耳に届いている。


――いっそ何も聞こえなければ、

  こんな絶望感を感じなくて良かったはずなのに。


「ゴメンよ……エイゼ。

 僕はもう、一人で生きていくのが嫌なんだ。

 お前のいない世界で生きていく、そんな勇気はないんだ!」


また、私は目の前で失ってしまう。

こんな結末が待っているのなら、

彼と出会わなければ良かった。

あの時、雨宿りなんてせず、

一人、木陰で雨に打たれていれば良かったんだ。


「……だめ」


あっと気づいた時には、

私はぬかるみに足を取られて転んでいた。

手を伸ばすけれど、

背中は遠く、言葉も届かない。

無様に地面に転がった私は、泥水に顔をつけて、むせ返る。


「今から、会いに行くよ。

 エイゼ……今度こそ、ずっと一緒にいよう」


青年の声は、穏やかなものになっていた。

そして私は、その意味を悟る。


「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


そして……


「さようなら」


――彼の体が、崖の向こうへと消えた。


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