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「ったくもう、何で話す前からこんなに疲れなきゃならないのよ……」
ぐったりと疲れた顔を見せるパトリシアは眉間に皺を寄せて、顔にかかる髪ごと前髪を掻き上げた。荒々しいその所作を、でもそうと感じさせないのはすごいと思う。わがままでも女王様でも、腐ってもモデルなんだなぁ。
「……単刀直入に言うわ。あなた、一日でも早く帰る手段を見つけなさい。これは忠告ーーいいえ、警告よ」
「え?」
何を言われたのかわからなくてきょとんとしてしまう私に、パトリシアは低い声で続ける。
「私がこっちの、異世界に飛ばされてから地球に帰るまで五年かかったわ。でも地球に帰った時、地球は私が異世界に飛ばされた時間から、一時間も経ってなかった」
この世界と地球とには、時間の流れる早さが違うのか。そう仮定するなら、こちらでの一年がおよそ地球での十分程度に相当するということになる。
それはつまり、どういうことか。
「時間がかかればかかるほど、あなたの体だけが老いていくということよ」
五年という時間は大きい。老けもするし、ブランクも広がっていく。
なのに、地球の人はそれを知らない。変わらず地球の時間の流れの中で生きている。でも私は今、地球よりも早く過ぎ去っていく時間の中にいる。
理解した瞬間、私は恐ろしくなった。怖いなんてものじゃない。恐ろしいという言葉でさえ軽く感じてしまう。
だってそれは、私が私の親や友達よりも早く年を重ねるということだ。私が帰るまでに時間をかければかけるほど、私は年を取っていく。
もしかしたら、私はいつか両親の年すらも越してしまうかもしれない。
周りは変わらないのに、私だけが変わって、年老いて、……先に死んでしまうかもしれない。
「っどう、すればいい?」
どうすればいい?どうしたら帰れる?
混乱する頭で必死に考えるけど、平静を失った頭では何も思い浮かばない。焦りだけが増えていく。
パトリシアはどうやって帰ったの?何をしたら帰れたの?
問いかけてもパトリシアはわからないと首を振る。
「何の前兆もなく飛ばされてきたから、帰る時もそうだろうと思って、いつでも帰れるようにはしてたわ。帰る時もやっぱりそんなものなかった」
いつか帰れると信じて疑わなかった。帰れないという可能性すら考えつかなかったというパトリシアに、私はどうだったっけと急に不安になった。
私はどうだった?帰れるって確信してた?疑わなかった?
猜疑心は止まらない。深みに嵌れば嵌るほど怖くなった。
だって、もしその確信が帰ることに関係していたとしたら?パトリシアは確信していた、だから帰れた。
じゃあ私は?確信してたっけ?……わからない。わからないから怖い。もし確信していなかったら、もしそのせいで帰れなくなってしまったとしたら。
ーー私は、何もわからないこの世界にひとりぼっちになる。
グラリと真っ白な世界が揺れた。
崩壊。そうだ、世界が崩壊していく。見えない何かに吸い込まれていく。
「っさつき!」
パトリシアが私の名前を叫んだ。
ああ、初めて私の名前呼んでくれたな、なんて。ゆるゆるとパトリシアの方へ目を向ければ、パトリシアも世界と同じく私から離れて行くのが見えた。
「………っ、……!」
何か叫んでる。でも聞こえない。聞こえないよ。
そして世界は完全に消え去った。




