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毎日毎日、とにかく動いた。昼は食堂で情報を仕入れて、夜はルトヴィアスさんと自警団の人たちと一緒に仕入れた情報をまとめて対策を練った。刻一刻と近づいてくる"決行"の日に、正直何かをしていないと落ち着かなかった。
あまりにも根を詰めすぎる私に他の人たちが見ていられなくなったらしい。今日は休めと言い渡されたけど、でも眠気なんて全然やってこない。だって夜が明けて、もう一度夜を過ごしたら"決行の日"なのだ。寝てなんていられるはずもなく、少しでも気を紛らわせようとルトヴィアスさんの家の周りを散策することにした。
カーディガンを着ていても夜の風は冷たくて、しっかりと前をかき合わせる。結構な深夜だからどこの民家にも明かりなんて付いていなくて、真っ黒な空に浮かぶ月が一層明るく輝いて見えた。それをなんとなく見上げていると、不意に、少し離れたところで人の会話する声が耳に入ってくる。
(もしかして、またテロリストたちが密会してたりするの……?)
もしそうなら、捨て置けない。辺りに人目がないことを確認して、こっそり、慎重に、足音を忍ばせて一歩ずつ距離を詰める。そうして物陰に隠れて様子を伺ってみれば、大きな月が話す人影をくっきりと縁取った。
「シエラ」
聞こえてきた声にどきりとして、慌てて口を両手で塞ぐ。
万感の思いを込めた声というのは、きっとこういう声を言うのだろう。緊張、不安、情熱、その他にもいろいろな感情が滲むその声は、一緒に暮らしてきた中では一度も聞いたことのない声だった。
こんな声で名前を呼ばれて、シエラはどう返すのだろう。後ろめたさに苛まれながらも好奇心は抑えきれず聞き耳を立てていると、聞こえてきたのは深い溜息だった。
「あなたは、いつもそうね。私は振り回されてばっかりだった」
「それは俺だって同じだ。君の笑顔が見たくて、君に喜んでほしくて、形振りなんて構ってられなかった」
「私の話なんて、聞きもしないで……ね」
強気だったシエラの声が哀愁を帯びる。ルトヴィアスさんの息を飲む音が聞こえた。
「そのことは、後悔しているよ。もっと話し合うべきだった……いや。俺が、もっと聞き耳を持つべきだった」
深い後悔を滲ませて、すまない、とルトヴィアスさんが謝る。けれど、シエラの反応はない。
さくりと、草を踏む音が聞こえた。
「本当に、悪かったと思っている。反省も後悔も、ずっとしていた」
甘く切ない声。私の脳裏に、ルーグさんの姿が浮かんだ。
私が好きになった人。私を好きだと言ってくれた人。突然消えた私を、いったいどう思っているだろう。
酷い人だ、と。いつかに言われた言葉を思い出す。その通りだと、今でも思った。
「すべてが、終わったら」
言い出したルトヴィアスさんに、はっと意識が向く。固い、けれど覚悟を決めた声で言葉が続いた。
「すべて終わったら、もう一度、俺の許に戻ってきてくれないか」
希うその声に、シエラの狼狽える気配がした。後ずさったのか、砂地を踏む音がする。パシッと軽い音がして、小さな悲鳴がした。間を置かずに、とさりと軽い音。
「は、離し……」
「嫌だ」
シエラに被せてルトヴィアスさんが拒む。離すものか、と苦しげな声が耳に届く。
「逃げないでくれーー愛しているんだ」
「そ、んなこと言って…………どうせ、私は二番目なんでしょう?」
「いいや、違う。君が一番だ。君より愛しいものはない」
だから、どうか…………。
シエラは、とうとう観念したらしかった。馬鹿な人と小さく呟いて、諦めの溜息を吐く。
「でも、それに絆される私も大概大馬鹿ね」
憎まれ口を叩きながらも、シエラの声は明るい。
これ以上の野次馬は居た堪れなくて、私はそっと、二人に気づかれないようにその場を後にした。
(ーーすべてが、終わったら…………)
もう、偽るのはやめよう。そう、決めた。
(あ、あれ……? でも、たしか二人って…………)
思わず足が止まる。
この世界に戻ってきてすぐ、ルトヴィアスさんに初めて出会った日に聞いた、二人が別れた理由。
「………………」
何も気づかなかったことにしよう。
私はもう一度足を動かして、部屋に戻ったのだった。




