灼熱の砂漠と熱中症の王子
国境を越え、アルキミアの領土に入ると、景色は一変した。
見渡す限りの砂の海。空からは容赦ない太陽の光が降り注ぎ、空気は肺を焼くように熱い。
「あ、あつい……。もうダメだ……僕を置いて先に行ってくれ……」
アルベルト王子は、ラクダに引かれた荷馬車の上で、干からびた魚のようにぐったりと倒れ伏していた。
「ちょっと、しっかりしなさいよ! あんたが王都に着く前に干からびたら、誰が女王との謁見を取り付けるのよ!」
愛結は、ゴードンが用意した日傘の下で、魔導具で冷やしたフルーツ水を飲みながらアルベルトの背中を蹴っ飛ばした。
「……先生。少しは労わってあげてください。アルベルト殿下は一応、我が国の王子ですよ」
ナイジェルがため息をつきながら、アルベルトの首筋に冷たい濡れタオルを当ててやる。ナイジェル自身も暑さで少し顔を赤らめているが、その所作は相変わらず完璧な執事のものだった。
「ふん。労働力に身分は関係ないわ。それにしても、本当に暑いわね。シャーリー、氷の魔導具の出力、もう一段階上げられない?」
「……ん。これ以上上げると魔力石が焼き切れる。それより、あいつの構造、どうなってるの?」
シャーリーが無表情のまま指差した先。
そこには、灼熱の砂漠のど真ん中で、一人だけ無駄にキラキラとしたオーラを放っている男がいた。
「フハハハハ! 見よ、この果てしなく続く黄金の絨毯を! まるで私の美しさを際立たせるために用意された舞台のようではないか!」
ヴァルハラ帝国のポンコツ皇子、ユリアンである。
彼はなぜか砂漠の熱気を全く苦にしておらず、むしろ太陽の光を浴びて肌を輝かせながら、ラクダの横で優雅にポーズを決めていた。
「なんなのあいつ……。北方の寒い国から来たのに、なんで砂漠で一番元気なのよ」
愛結がドン引きした顔で呟く。
「おそらく、自らの美しさに酔いしれるあまり、環境の過酷さを脳が認識していないのでしょう。ある意味、究極のバカ……いえ、ポジティブ思考かと」
ナイジェルが冷静に分析する。
「……アユ様。やっぱりあの皇子、一度砂に埋めて耐久テストしてみる?」
シャーリーが再びナイフを取り出しながら提案する。
「やめなさい。あいつは貴重な商品よ。……でも、あいつのあの無駄な元気さ、何かに使えないかしら」
愛結は、汗一つかかずに砂漠を歩くユリアンを見つめながら、悪徳ビジネスセンサーを働かせ始めた。
「アユ様あああああ!! 前方にオアシスが見えてきましたぞおおお!!」
先頭でラクダを引いていたゴードンが、無駄にでかい声で報告した。
「よし! 今日はあそこで野営よ。ゴードン、一番いい場所を陣取りなさい」
「ハッ! このゴードン、アユ様のために最高の陣地を確保してご覧に入れますぞおおお!」
ゴードンが暑苦しい雄叫びを上げながら、オアシスへ向かって駆け出していく。
「ふぉっふぉっふぉ。アユ様、私の完璧な計略によれば、あのオアシスには多くの商人が集まっているはず。まさに一石二鳥の完璧な布陣!」
荷馬車の日陰で、バルガスがお茶をすすりながら胡散臭い笑みを浮かべた。
「あんたはずっと日陰で休んでるじゃない! 少しは働いてオアシス周辺の商人の数を数えてきなさい!」
「ヒィッ! ろ、老体にはこの日差しは毒でして……!」
愛結に睨まれ、バルガスは慌ててお茶を隠した。
「ナイジェル、シャーリー。あんたたちは魔導具の準備よ。……ふふっ、砂漠のオアシス。絶好の『狩り場』じゃない」
愛結の瞳が、ギラリと金貨の形に輝いた。
灼熱の砂漠ですら、彼女にとってはただの「巨大な市場」でしかなかった。




