元恋人の思い出と社長の採算が合わない苛立ち
大講堂の設営を終えた後、愛結たちは学園内の魔導具実習室へ案内された。
「こちらが、私の受け持つ『魔導具基礎』の実習室です」
リディアは教卓の前に並んだ小型魔導具を、丁寧に見せて回った。
「新任ですから、まだ研究設備は十分とは言えませんけれど。学生たちが、魔力結晶の扱いを安全に学べるように整えているところなんです」
「ふうん」
愛結は部屋を見回し、棚の数、窓の大きさ、魔力結晶の品質を無遠慮に査定した。
「設備投資の割に、見込める収益が少なそうね」
「先生。学校はすべてを収益で判断する場所ではありません」
ナイジェルが即座にツッコミを入れる。
「それは収益を出せない側の言い訳よ」
愛結が言い切ると、リディアは少し困ったように笑った。
「学生時代から、ナイジェルはこういう話を聞くと、すぐに止めに入っていました」
「……そうなの?」
愛結の声が、ぴくりと低くなった。
「ええ。私が魔導具の研究に夢中になって、食事を抜いたりすると、いつも帳簿を片手に『効率が悪いですよ』って」
リディアは懐かしそうに目を細める。
「自分も忙しいはずなのに、薬草茶を淹れてくれたりして。本当に、変わらない人でしょう?」
「変わったわよ」
愛結は即答した。
「今のこいつは、もっと効率が良いわ。薬草茶を淹れるより、胃薬を飲みながら三人分の仕事を片付ける方が得意なの」
「先生。それは褒められているのでしょうか」
「事実を言っただけよ」
ナイジェルが苦笑すると、リディアもつられるように笑った。
その自然な空気に、愛結の胸の奥がまた、じりじりと焼ける。
自分の知らない頃のナイジェルを、リディアは知っている。
彼が誰かへ薬草茶を淹れていたことも、眠そうな声で心配していたことも。
(だから何よ。昔の話でしょう。過去の取引履歴なんて、今の資産価値に影響しないわ)
「実は」
リディアが実習室の奥に置かれた、半完成の魔導具を指した。
「展示会が終わったら、この教育用の安全装置を完成させたいと思っているんです。学園側も、研究費の出資を検討してくださっていて」
小さな魔導具には、魔力の暴走を感知すると自動で停止する仕組みが組み込まれているらしい。
ナイジェルは設計図を覗き込み、感心したように息を吐いた。
「これは優れた発想ですね。初心者の事故を減らせますし、実用化できれば魔導具工房でも需要があるでしょう」
「本当? ナイジェルにそう言ってもらえると嬉しいわ」
リディアの頬が、わずかに赤く染まった。
愛結の中で、何かがブチッと切れた。
「出資なんて、やめておきなさい」
「え?」
突然の声に、リディアとナイジェルが同時に愛結を見る。
「その研究、採算が合わないわ。安全装置なんて、壊れてから慌てて買わせる方が利益になるもの。事故を減らしたら、誰が高額な治療薬を買うのよ」
「先生、発想が悪徳すぎます」
「うるさいわね! 私は経営判断をしてるだけよ!」
愛結は踵を返し、実習室を出ていった。
その背中を見送りながら、ナイジェルは深いため息をつく。
そして、リディアは小さく首を傾げた。
「……エレノア様、もしかして私のこと、苦手なのかしら」
「いえ。先生は……少し、気分屋なだけです」
ナイジェルの弁明は、まったく弁明になっていなかった。




