青春回顧録と思い出課金の罠
愛結商店の地下工房では、朝から魔力結晶の淡い光が明滅していた。
「そこ! 額縁の金箔をケチるんじゃないわよ! 思い出は中身より、まず見た目で高く見せるの!」
愛結は作業台の前で腕を組み、職人たちへ容赦なく指示を飛ばしていた。
中央には、深い藍色の額縁に金の装飾を施した魔導具が置かれている。魔力を流し込むと、額縁の内側に王立学園の正門が立体映像として浮かび上がった。
「おお……これは、なかなか見事なものですな」
いつものように作業を一切手伝わず、椅子に座って茶を啜っていたバルガスが、感心したように髭を撫でた。
「ふぉっふぉっふぉ。年寄りも若者も、昔のことだけは都合よく美化するもの。そこへ金の立派な額縁を付ければ、たちまち宝物に見える。大局を見極めた、完璧な計略ですな」
「あんた、今すごく悪いこと言ってる自覚はある?」
「商売の話ですからな」
愛結は満足そうに頷いた。
「商品名は『青春回顧録』。学園の正門、教室、寮、食堂、卒業式の五種類を基本映像にするわ。思い出の場所を選んで再生できるの。問題は価格よね」
「先生。金貨五十枚と伺っておりますが」
ナイジェルが原価表を確認する。
「それは額縁だけの値段よ。映像は一場面につき金貨十枚の追加料金。卒業式の特別演出は金貨二十枚。魔力結晶が切れたら、専用の補充結晶をうちから買うしかない仕様にしてあるわ」
「なるほど。思い出を再生するたび、愛結商店に利益が入る仕組みですね」
「ええ。人間は昔を忘れられない生き物なの。なら、定期的に懐かしさを売りつければいいじゃない」
「……先生の発想は、時々、本当に怖いです」
ナイジェルの呟きを聞かなかったことにし、愛結は入口へ視線を向けた。
「マリア! 準備はできた?」
「はい、愛結先輩!」
明るい声とともに、マリアがカーテンの向こうから現れた。
彼女は王立学園の卒業式用のローブを身に着け、胸元には愛結商店の新作ブローチを留めている。透き通る金髪と聖女らしい微笑みが加わると、ただの卒業式の衣装まで神聖な儀礼服のように見えた。
「わあ……! 本当に、卒業した日のことを思い出しますね」
マリアが額縁を覗き込むと、立体映像の中に祝福の花びらが舞い始める。
「でしょう? 同窓会であんたには、その格好で宣伝してもらうわ」
「私がですか?」
「当然よ。元ヒロイン、元聖女、王立学園の卒業生。あんたほど『青春回顧録』の広告塔に相応しい人材はいないわ」
「愛結先輩のお役に立てるなら、私、頑張ります!」
マリアは迷いなく頷いた。
「売上の一部は孤児院への寄付に回すんだから、誰も損しないわ」
「……寄付額は、利益の計算が終わってから決めるのですね」
ナイジェルは、額縁に映る卒業式よりも、愛結の商魂の方が幻であってほしいと願った。
作業台の上の「青春回顧録」が光を強め、映像は大講堂へ切り替わった。
「いい出来ね」
愛結は唇の端を吊り上げた。
「卒業生どもが涙を流して、思い出に金貨を突っ込む未来が見えるわ」
「アユ様ああああ! 会場へ運ぶのなら、このゴードンが額縁を百枚でも担いでみせますぞおおお!」
工房の外から、ゴードンの声が地響きのように響いた。
「百枚も売れたら大成功ね。じゃあ、売れる前に運搬で壊すんじゃないわよ!」
愛結の怒号と、ゴードンの「承知いたしましたぞおおお!」が地下工房に反響する。
こうして、卒業生たちの甘酸っぱい青春は、愛結商店によって着々と商品棚へ並べられていった。




