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プロローグ

「気持ち悪い」「犯罪者予備軍」「近づかないで」


それは、俺に向けられた言葉だった。


高校に入学して四ヶ月。

友達もできたし、放課後にコンビニへ寄ったり、くだらない話で笑ったりもしていた。成績だって悪くない。クラスの中心とは言えないが、少なくとも浮いてはいなかったと思う。


――普通だった。


少しだけ気になっている女子もいた。話しかけられるだけで、その日一日機嫌が良くなる程度には。

だが、夏休みの終わり。その”普通”は呆気なく壊れた。


原因は俺の趣味だ。

俺は、いわゆるロリコンだった。もちろん、それを他人に言ったことはない。自分でも世間からどう見られるかくらい理解している。だから隠していた。誰にも知られないように。


夏休みのある日、突然友達が家に来た。


「おーい、ゲームしようぜ」


インターホン越しに聞こえた声に、俺は心臓が止まりかけた。

部屋の床には、買ったばかりのフィギュア。机には漫画。ベッドの横には片付け忘れた薄い本。

終わった、と思った。慌てて押し入れに突っ込んだが、隠しきれる訳がなかった。


「……何これ」


押し入れを開けた友達の声が、今でも耳に残っている。

フィギュア、漫画、タペストリー、ロリキャラだらけのグッズ。親にすら隠していたものだった。

友達は笑っていた。けれど、その笑顔の奥にある引いたような目を、俺は見逃さなかった。


「お願いだ。この事、誰にも言わないでくれ」


情けない声だったと思う。


「言わねぇって。安心しろよ。俺とお前の秘密な」

その時の俺は、本気で安心してしまった。


今思えば、馬鹿だった。


夏休み明け最初の登校日。

教室へ入った瞬間、妙な空気を感じた。

いつも通り騒がしいはずなのに、何人かがこちらを見た気がした。視線が合うと、すぐ逸らされる。気のせいだと思いたかった。

だが、隣の席の男子が遠慮がちに聞いてきた。


「……あのさ、お前がロリコンって話、本当?」


一瞬、頭が真っ白になった。


どうして。なんで知ってる。


俺は動揺を隠しながら聞き返した。


「どこで聞いたんだ?」


「いや、なんか皆話してて……」


その瞬間、誰が漏らしたのか理解した。俺は教室の後ろにいた友達の所へ向かった。


「お前、バラしたのか」


友達は露骨に目を泳がせた。


「いや、違っ……俺が広めた訳じゃなくて、ちょっと口滑ったっていうか……」


何の話かすら聞き返さない。答えは出ていた。


コイツだ。全部コイツから始まったんだ。


怒りが湧いた。それと同時に、もっと惨めな感情も込み上げてきた。

信じていたのに。俺とお前の秘密だと、そう言ったのに。

怒鳴りたかった。でも声が出なかった。喉が、石みたいに固まっていた。


その日から、教室の空気は変わった。

俺が近づくと会話が止まる。何人かは面白半分に話を振ってきた。


「お前って小学生とか好きなの?」


「やば、犯罪者じゃん」


冗談っぽく笑いながら言ってくる奴もいた。逆に、何も言わず距離を取る奴もいた。

女子は明らかに俺を避け始めた。


別に殴られた訳じゃない。

露骨ないじめを受けた訳でもない。

けれど、視線だけで十分だった。軽蔑と嫌悪が、痛いほど伝わってきた。


翌日、重い足で登校した。下駄箱を開けると、一枚の紙が入っていた。


『キモい。近づくな』


たったそれだけだった。

けれど、それを見た瞬間、息が詰まった。周囲の視線が全部自分に向いている気がした。

俺はそのまま教室へ行けず、保健室へ向かった。先生には体調不良だと言った。

本当のことなんて言える訳がない。


その日を最後に、俺は学校へ行かなくなった。


最初の頃、親は何度も部屋の前まで来た。


「何があったの?」


「学校で何かあったの?」


「せめて理由だけでも話して」


ドアの向こうから聞こえる母親の声は、日を追うごとに疲れていった。

俺は答えられなかった。答えたら、親まで俺を気持ち悪いと思うかもしれない。そうなったら、本当に終わる。

だから黙っていた。ずっと、黙っていた。


スマホにはクラスメイトからのメッセージが届いていた。


『ごめん』


『気にしすぎじゃね?』


『キモいから学校来んな』


謝罪も、悪意も、全部同じ画面に並んでいた。

最初は読むたびに胸が痛かった。

でもそれも、いつの間にか感じなくなっていた。


季節が変わった。

冬が来て、春が来て、また夏が来た。

窓の外の景色だけが変わっていく。俺は何も変わらないまま、同じ部屋で同じ毎日を繰り返していた。

ネットを見て、ゲームをして、眠くなったら寝る。

気づけば、高校三年生になっていた。もちろん、一度も登校していない。


たまにメッセージが届く。

今さら謝ってくる奴もいるし、面白半分に連絡してくる奴もいる。

よく飽きないなと思う。もう怒る気力すら無かった。


この部屋だけが、俺の世界だった。


……でも、本当は分かっている。


こんな生活を続けたくないって。


「外に出たい」


不意に、そんな言葉が口から漏れた。自分でも驚いた。

まだ、そんな気持ちが残っていたのか。


だが同時に思う。


無理だ。


今さら、どうやって外に出ればいい。誰が俺を受け入れてくれる。あの教室の視線を、俺はまだ覚えている。忘れたくても、忘れられない。


考えるのをやめた。瞼が重くなる。意識が遠のいていく。


――次に目を覚ました時、俺の知っている世界は、もうどこにもなかった。


今回、なろうで初めての連載作品を作ってみました。

この作品は長期になる予定なので今後の話も楽しみに待っていただけると創作の励みになります

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