第8話 一生一緒にキオクシア
フジクラから、ボラボラボラボラと爆裂的なラッシュを喰らった俺は、そのまま飛んでいきたい気分で2~3日を過ごした。
何もやる気が起きない。
これまでダメージを受けたことは何度もあったが、今回ばかりはショックが大きかった。
確信していた大台から、わずか10分で資産が半減したのだ。それも、決算跨ぎに失敗したような明確な理由があるわけではなかった。
値嵩株(価格の高い株)のごく普通の値動き(ボラ)に巻き込まれて、あっという間に身ぐるみ剝がされたのだ。
あまりにも大きな巨人に、フゥと息を吹きかけられただけで、吹き飛ばされた感覚というか。
心底、恐ろしいと思ったのだ。
巨人からすれば、まさにカモだったのだろう。
下降局面を演出していたとしか思えない。個人投資家の売りが溜まったところで、一気に買いに転じる。狼狽した個人の買戻しによって、どんどん買いが入り、鬼のように踏み上げていく。
いわゆる『売り豚』が『焼き豚』になった瞬間だった。
こうした値動きは、たいてい巨人たる『機関』のせいにされる。真偽はわからないが、おそらく当たらずとも遠からずといったところだろう。
ただ、そんなことはもはやどうでもいい。
空売りという新たな武器を手に入れ、確実に大台に乗せているはずだった。
出来高(売買された数量)や売買代金(出来高×株価)が日本ランク一桁というモンスター株に手を出したのが間違いだった。
俺なんかがどうこうできる株じゃなかった。
マジで泣こうかと思った。
泣く?ねぇ、マジで泣いてみよっか!なんて、自分と会話している自分がいる。
おかしくなりかけているのだ。
やべぇ、マジでやべぇと思いつつ、精神の安定につとめる。
深呼吸とかそんなもんじゃ収まらない。体の底から震えてくるのだ。
逆に、同じくらいのショックを受ければ立ち直れるかもしれない。
そう思って、何年も行っていなかったパチンコに行った。
最近の機種はやり方がまったくわからん。吉宗世代の俺には理解できん。
2時間で2万円が溶けた。イライラして発狂しそうになったよね。
どうせなら、もっと徹底的に溶かしてくれよ。10分で250万も負けてんだから。
とにかく、気持ちが高ぶっているのか、沈んでいるのかもわからない。
落ち着け。家に帰って、こないだのダイビングの写真でも整理しよう。
そう思ったのが、転機だった。
今思うと、すべてが繋がっていたのかもしれない。
やはり『持っていた』のだろうな。何がきっかけで人生が変わるかわからないものだ。
俺は、家に帰ってダイビングの写真を保存していた一枚のSDカードを手にとった。
水中写真は、ハウジングといってデジカメを透明なケースで防水加工したやつで撮ることができる。
普段そんなものは必要ないので、俺はいつもショップでレンタルしていた。
ただ、SDカードだけは自分で用意しなければならなかった。
それを眺めているわけだが、カードに書いてある『KIOXIA』の文字に、なぜか惹かれるものがあった。
なんか聞いたことあるな、と思った。俺は画像を取り出すのをやめて、その文字をスマホで検索した。
読みは『キオクシア』。パソコンなどのメモリを作っている会社らしい。
NAND型フラッシュメモリという難しいものを作っているようだ。
フィックスターズからハイテク株には興味を持っていたし、調べもした。
詳しく説明すると長くなってしまうが、どれだけAIが進化しようとも、当然ながらコンピューター上で動くことになる。
コンピューターを動かしているのは半導体だ。半導体とは、電気を通す性質と遮断する性質を持つ。それを電気のON、OFFに対応させて、2進数でデジタル処理しているわけだ。
おおざっぱに言えば、CPUやGPUといった計算装置とメモリなどの記憶装置に分類される。
それらの超高性能版を作ってるのが、前者はエヌビディアでありTSMCといったスーパー企業、後者がサムスンやSKハイニックスといった企業だ。
キオクシアは、数あるメモリのうちのNAND型を作っているのだ。
スーパー企業には及ばないが、アメリカのサンディスク社と協業して、世界3位のシェアを誇っているという。
当然、株価も調べてみる。すると、驚くことに2024年12月に上場したばかりだった。
2025年3月に株価3,000円をつけてから、その後は落ち着いて、5月から9月にかけて、2,500円のあたりで横ばいが続いていた。
ところが、9月になって一気に上昇し、4,000円を超えてきていた。
こういうときは、Yahoo掲示板が役に立つ。
爆発的なAIの需要で、大量のデータを処理するための高性能メモリの需要が高まっているという。つまり、メモリがすでに不足してきているというのだ。
俺は確信した。ここしかないと。
それが、俺とキオクシアの馴れ初めだ。
まあ、向こうは俺の気など知ったこっちゃないのだが、出会ってしまったのだ。
運命の人、じゃなくて株に。
様子を見ている必要もなかった。
どんどん株価は上昇し、10月になると6,000円を突破した。
おかしくなっていたのだろう。冷静にはなっていなかった。
もう行ってまえ!
そんな思考で、俺はフルレバでキオクシア株を1,500株購入した。
――そうそう。
SDカードの写真は、俺の未来を暗示するように、マンタが海中で羽ばたいていたよ。




