第10話:『ブルートーン・セレナーデ』
いつも『ホテル・ブルートーン』を愛していただき、ありがとうございます。
今回の主役は、当ホテルの精神的支柱、支配人の須賀です。
完璧なサービス、冷静な判断、そして若手たちへの温かな眼差し。
そんな彼が、かつて挫折し、一度は置き去りにした「バーテンダー」という名の情熱に、
もう一度向き合うことになります。
きっかけは、若き天才・佐々木が仕掛けた「お節介」なエントリー。
技術も経験も超えた先にある、今の須賀にしか作れない一杯とは何か。
支える側だった男が、仲間に支えられて挑む、魂の再起の物語です。
「これは……」
佐々木から手渡されたHBA(日本バーテンダー協会)の封書。
そこには前年優勝者である佐々木への招待状と、もう一枚、
今年から新設される『シニア部門』の案内が入っていた。
「須賀さん、勝手にエントリーしておきました。僕は、あの伝説の赤井さんと競い合った、
あなたのシェーカー捌きが見たいんです」
佐々木の言葉が、須賀の胸の奥底に蓋をしていた熱い想いを直撃した。
かつてライバル・赤井に敗れ、若き天才・佐々木にその場を譲った、
バーテンダーとしての未練。それが、三原山の地下で眠るマグマのように、
静かに、けれど激しく噴き出し始めた。
その夜から、須賀はBARに籠り、試作を繰り返した。
「須賀さんのカクテル、飲みたいです!」
様子を見に来たチャンに最初の一杯を差し出す。しかし、チャンは一口飲むと顔をしかめた。
「……私には、お酒が強すぎます」
「技術も構成も完璧なはずだが……」
首を傾げる須賀の背後から、亮太の静かな声が響いた。
「須賀さん。あんた、そのカクテルを『誰に』飲ませたいんだい?」
その一言に、須賀の手が止まった。
かつて負けた理由。それは、自分のテクニックとプライドを優先し、
目の前の相手への敬意が足りなかったこと。
(今の私は、一人で戦っているんじゃない。支えてくれる仲間がいるんだ)
須賀は一からカクテルを作り直す決意をした。
翌朝、思考が煮詰まりデッキで海を眺めていた須賀に、
成人が島コーヒーと特製の島フルーツヨーグルトを差し出した。
「どうぞ、須賀さん。疲れている時は、元気な朝を迎えなきゃ」
一口食べた須賀は、その濃厚な味わいに驚いた。
「……なんて濃いんだ。これは?」
「島のミルクで作ったんです。須賀さんとチャンさんが、
いつもお客様の情報を正確に伝えてくれるから、僕らは迷わず作れる。
亮太さんと佐々木さんのバトンを受けて、僕とカイトで最高のエンディングにしたいんです」
仲間の有り難さが、身体中に染み渡った。
須賀は微笑み、再びカウンターに向かった。もう迷いはなかった。
一週間後。
チャンの携帯が、佐々木からのメールで震えた。
『第1回 全国カクテルコンペティション シニア部門 優勝者:須賀勝』
「やったぁぁぁ!」
チャンの叫び声が、ホテル中に響き渡った。
『おがさわら丸』が桟橋に接岸する。
タラップから降りてきた須賀の傍らには、黄金に輝くトロフィー。
岸壁には、ブルートーンの全メンバーが揃っていた。
カイトのサックスが、これまでにないほど華やかに鳴り響く。
曲は、クイーンの『ウィ・アー・ザ・チャンピオン』。
デッキで誇らしげに胸を張る須賀に、佐々木が隣で囁いた。
「須賀さん。優勝コメントで仰った通り、これからはBARでそのカクテルを振る舞ってください。
今度は僕が、入口で支配人としてお客様をお迎えします」
「……はい。よろしくお願いします、GM」
二人は固く握手を交わした。
トロフィーのプレートに刻まれた名は、須賀勝。
そしてその下には、仲間への感謝と愛を込めたカクテル名が刻まれていた。
『ブルートーン・セレナーデ(青き調べ)』
【第10話:ブルートーン・セレナーデ 完】
書き終えて今、心地よいシェーカーの音が耳に残っているような気がします。
今回、須賀に気づきを与えたのは、亮太の厳しい言葉であり、
成人の真心がこもったヨーグルトであり、チャンの素直な感想でした。
「一人で戦っているんじゃない」
その当たり前のことに気づいた時、カクテルの味は「技術」から「祈り」に変わる。
須賀が手にした優勝トロフィーは、ブルートーン全員で勝ち取った勲章です。
そして、ラストシーンでの佐々木との役割交代。
これは単なるポジション変更ではありません。互いの魂を認め合ったプロ同士の、
究極の信頼の形です。
新総支配人・佐々木が迎え、名バーテンダー・須賀がカクテルを振る。
新しく生まれ変わった『ホテル・ブルートーン』の夜明けを、カイトの奏でるクイーンと共に、
皆様もぜひお祝いしてください。




