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答えを知りたい




 その後始まった4人での釣り。その中で始まるとすぐ、桜羽は自分の世界へと入り込む。


 隣には、自分の欲を消去した存在であり、未だに胡乱な存在の六辻が居る。何故奪いたいという欲を、他人を傷つけたいという欲をかき消してくれたのか、その理由を知るには都合が良かった。


 だから知ろうとした。高鳴る鼓動が一体何なのか。


 その一心で、桜羽は釣竿を持つ六辻の左手に触れた。以前雷鳴轟く前に触れたように。


 「ん?それ好きだね。今は一瀬さんも一色さんも居るのに」


 その時寂しがり屋だからと言った。それは本音だ。けれど触れる理由としては嘘だ。寂しがり屋でも人の肌に触れたいという欲はない。あったのは、触れることで六辻がどう思ってくれるのか知りたかったからだ。


 かつての先輩と六辻を重ね、そこに通ずる何かがあると確信できるのなら、きっとその時再び先輩への憧憬を六辻に抱き直せるから。


 今思えば変わり身に憧憬を抱いたからなんだというのだろうか。六辻に重ねても、先輩の好意を抱く相手は変わらないのに。


 「寂しいからではなく、単に興味だ。こうすることで、調べたいことがあるからな」


 「調べたいこと?」


 「手相ですか?」


 「いいや、私個人の気になることだ」


 「これ聞いても教えてくれないんだよ。だからそんな変人無視して、魚をバンバン釣り上げよーう!」


 言いながらも掛かったらしく、突然立ち上がるとハンドルをグルグル回し始める。「おらぁ!えぇ、重たーい!」と口にする余裕はあって、全力で海の中から魚を釣り上げようと踏ん張る毎に揺れる釣り堀は、桜羽に落ちる恐怖を与えていた。


 「待て待て、体重何kgだ!どう体を使えばこの大きな釣り堀を揺らせるんだ!」


 六辻の左手を強く握る。その時感じる胸の鼓動は皆無だ。


 この時魚が掛かったら六辻は右手だけで対応かと思うと、筋肉痛のレベルを上げてしまいそうで翌日苦労することを覚悟してもらうしかない。


 暫時、六辻の肘から指先までのブリを釣り上げた。


 「力ありますね、一瀬さん」


 「か弱くない乙女だからね」


 「もし落ちたらどうしたんだ……」


 「魚に負けるほど、私の体幹と筋力は非力じゃないよ」


 今釣り上げたブリの五分の四程度の大きさを釣り上げてヘトヘトらしい六辻に、その言葉は鋭く突き刺さったようで、「凄いな」と一言漏らしていた。


 「全く……私よりも女らしくないな」


 自分に自信がないネガティブな桜羽らしい言葉が呟かれる。女として生きる中で、自分を底辺として思っている桜羽のその言葉の意味は、一瀬もよく理解している。


 「女だからって常に女々しく生きないといけない理由なんてないんだし、たまにはこうして騒ぐのもギャップで可愛いでしょ」


 「確かにな」


 性別の偏見に縛られないフリーな生き方。それはシンプルに尊敬する。誰しも人の目を気にして、嫌われたくないと思って消極的になることは少なからずある。けれどそればかりではなく、自分のしたいように行動する。それを好む人は居るのだから、一瀬の考えはポジティブで見習うべきだろう。


 「良いこと言いますね」


 「私は生きる名言製造機だから」


 「一色は褒め上手だな」


 「分かる。一色さんの一言で、多分一瀬さんも何回も気持ち良くなってると思うよ」


 「本音ですし、タイミングは狙ってませんよ?」


 「美月ちゃんってホントいじわる」


 「だから狙ってませんからね?」


 褒められて刹那で調子に乗る一瀬。桜羽の不憫が影響を始めたのかもしれない。類は友を呼ぶと言うが、その通りだ。


 それにしても、変わらず握り続ける六辻の手に特別な何かが生まれることはない。欲を消すような、相殺するような思いは湧かない。条件があるのか、それとも勘違いか、それとも普通として慣れてしまったか。


 未知は未知のままだ。


 それからというもの、イベント終了時まで時間を気にすることなく常に慌ただしい時間を過ごした4人は、二度目のイベントをあっという間の感覚で終えることとになった。


 「もう12時だってよー。終わりの時間だってよー。早かったね」


 リズム良く刻みながら、片付けをする一瀬が言った。


 (結局分からなかったか)


 その中で桜羽は、六辻に対する何かを見つけ出すことは叶わなかった。手に触れていた時間は合計して10分程度。分かることはただ六辻の手のひらは温かく、触れていて心地良いということだけだ。


 「もう少し長居したいですけど、これから疲れた体で筏に乗るということを考えるとちょうどいいかもしれません」


 「あぁ……そっか」


 「帰りも俺と一色さん?」


 「流石に4人で漕いで全力帰宅しようか」


 珍しく一瀬が甘えたことを言わない。しっかりお人好しはお人好しだ。


 「帰りくらいは力を貸すか」


 「よくそんな上から目線でいつまでも居られるよね」


 「私の通常運行だ」


 冗談が通じる相手なら、とことん甘えて冗談を言っても怒られはしないし嫌われることもない。それを知るから、桜羽は楽しんで冗談を口にした。


 筏へ向かって歩き出すと、周りの生徒たちも筏に乗り始める。最近話すことの減った八雲と九重、そして星中も視界に入れながら筏へと到着した。流れるように先に乗るのは六辻。来た時の並び順で乗るので、次は桜羽だ。


 「気をつけて」


 何も掴まらず、自力で乗って安定しようと思っていた桜羽に、六辻が不意に手を伸ばした。言葉と行動から推察するに落ちないよう気遣ったのだろう。


 「あっ、うん。助かる」


 だが、その気遣いが桜羽にとっては不意の攻撃に思えた。目を合わせて、六辻の優しさの手のひらに触れると、その瞬間に動悸が高鳴るのを確かに感じた。


 顔でも態度でも表さないが、謎に高揚感が強く感じられる。


 (……今更?)


 エスコートされながら、4人定員の筏の最奥に座る。その間常にバクバクした鼓動と、高揚感は続いた。不思議だった。憧れの世界で自分の欲する全てが叶うような気持ち、明晰夢ですら味わえないような感じたことのない何かがあることだけは分かった。


 顔が熱くなって、触れるだけで自分が桜羽優という存在なのか分からなくなる。そんな経験したことないから余計に強く。


 しかしそんなこと知るはずのない六辻は次に一瀬、一色とエスコートした。その時の気持ちはまた別で、高揚感ではなく後悔や怒りに似たような形容し難い感情があった。特に触れている瞬間。


 (……なんだと言うんだ……どうしたんだ……)


 解明してほしかった。じゃないと、高鳴った気持ちから怒りに似た気持ちへ急降下したそれは、自分を狂わせるように蝕んでいて、おかしくなりそうだった。


 そしてついに、それは瓦解してしまった。一色を座らせてその後座った六辻を、理由も分からずなんとなく押してしまったのだ。ドンッと音が鳴り、「えっ?」と零して次の瞬間、既に六辻は綺麗な水面へ体を寄せるように落ちていった。


 「えぇぇぇぇぇ!!???」


 「ご、豪快ですね、桜羽さん」


 それを見て一瀬は叫び、一色は驚きで言葉を失った後に捻り出した言葉を言った。


 自分でも何故そうしたか分からなかった。桜羽はただ、高揚感に混ざる怒りに似た感情が不思議で異質だったから、自分がした理由は1つとして持っていない。


 「マジで言ってる?!六辻くんがぁぁ!」


 その声が聞こえたか、やっと水面から顔を出した六辻は「ふぅぅ」と息を吐き出した。


 「めちゃくちゃ冷たい……」


 「そりゃそうだよ!ほら、上がって!」


 一応落ちた時用にタオルや着替え等置いてある。だからそれを持って一瀬は六辻を一生懸命引き上げる。桜羽はというと、黙って膝を抱えて顔を沈めている。


 (分からない分からない……何故だ……)


 心の中に居る桜羽は混乱中。謝罪などよりも、紅潮した頬についてが最優先だった。


 その一方で筏に再び乗った六辻は、震えはしないが寒そうに縮こまっていた。


 「大丈夫ですか?」


 「うん。寒いけど、怪我もないから」


 「それで、そこで蹲ってる人はどうしたのかな?」


 肩にタオルを掛けながら、桜羽に問いがかけられる。


 「……分からない」


 「えぇ?何?」


 「分からない!」


 「えっ……あっ……うん」


 初めて取り乱しただろうか。狼狽することはあっても、見られたくないからと紅潮しているだろう自分の頬を見せないよう、一瞬顔を上げて自分も分からないことを伝えた。


 一瀬はそれに気圧されて黙る。「どうしたのさ……」と呟く声も聞こえたが、反応はしない。ただただ――分からなかった。


 「これも1つの経験?なのかな」


 「ポジティブですね。私もよく状況を理解してないですけど、取り敢えず早く戻りましょうか。周りも折角だからと落ちている人も多いですし、混んだら風邪引きます。次は私の番かもしれませんね」


 一色の言うように、自ら飛び込む人も居るが、それすらも視界に入れない。桜羽は完全に自分を見失っていた。


 「うん。桜羽さん、何か嫌なことしてたなら謝るよ。でも俺そういうのに鈍感だから、色々と気づかないんだ。何かあったら言ってね」


 違う。六辻に嫌なことは何もない。


 「いいやっ――!」


 だからその謝罪は不必要で間違いだ。違うと否定しようと、流石に顔を上げて咄嗟に訂正を求めようとした。


 しかし顔を見ると、再び鼓動が――。


 だからまた、顔を仕方なく下げた。


 「んー、気分悪くなったとかそういうことじゃないと思う顔してたから、多分自分の中で訳分からないことか起きて混乱中なんだよ。多分だけど」


 その一瞬を捉えた一瀬は、正確にそれを見抜いた。


 「ホントに?」


 「大丈夫。私が言うんだから、今はそっとして置こう。ってことで、今回も私はサボらせてもらうよ!」


 「サボりたいからついた嘘ですか?」


 「ううん。違うよ」


 これ以上ない安心感のある否定だった。冗談でもない、本気の。


 「それなら仕方ない。桜羽さんも顔上げれるようになってね」


 「……うん」


 なんて情けない返事か。この未知の気持ちに戸惑いを与えられ、勝手に暴れて気を使わせるとは。しかも六辻は怒ることすらなく受け入れて、帰りもオールを漕いでくれている。


 (先輩……貴方に対してこの気持ちはなかった……)


 答えは自力で知りたい。けれど、見つけるには時間を大量に費やしそうだ。


 そんな不思議で理解不能な感情に振り回され続け、桜羽は謎の気持ちと向き合うことを次の課題にし、筏に顔を伏せて乗り続け、二度目のイベントを成長して終了した。

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