何回見るんだよ
休日明けの月曜日。今日から本格的に授業が始まるが、置き勉している遥はリュックだけを背負って登校していた。カバンを持たずとも怒られはしないし、校則違反でもない。基本生徒の自由であれこれ認められる幽玄高校は、校則がそもそも緩かった。
だから気楽に、初日から授業に遅れないよう気をつけることとして教室に入る。休日で仲を深めたか否か、それは鮮明に分かるほど喧騒と閑静で分かれていて、大半が喧騒だった。
やはり相性云々話は弾むらしく、友人は容易く作れるらしい。しかしそれに憧れも興味もなく、自分らしく過ごすことだけを重点に通う遥は、欠伸をしつつも予鈴ギリギリで席に着く。
休日を経て仲を深めたつもりの一色とは朝出会うことはなく、何故と疑問に思わずともしっかり者の一色が時間にルーズなはずないだろうと答えは出た。そんな一色は1人で本を読んでいて、納得のイメージ通りの行為だった。
もう1人、休日でも鮮烈に記憶に刻まれた存在の一瀬は、何となく察していた通り遥より少し早い程度のギリギリで登校したよう。まだリュックを漁って筆記用具を出そうとしてるとこから、多分間違いない。
更にもう1人、初めて会話をした同性の九重は、前の席の男子生徒と歓談をして時間を潰していた。誰も彼も個人的に充実した生活を送れているのかと思えば、遥も自分もそうでありたいと思って充実を得たがった。
「おはよ、六辻くん」
特別用意するものもなく、風早の入室を待つだけだった遥に、隣に座る一瀬は気持ち良くも月曜日の朝とは思えない明るさの挨拶をした。
「おはよう」
すると癖で、周りへ視線を向けて、前後と右の生徒に話しかけられない状況なんだと確認しつつも返した。
「休日どうだった?まったり過ごせた?」
「うん」
「土曜日は外出してたけど、何か買い物?」
「部屋にいるかなって家具と、隣に住む人にお返しするものを買いに行ってたんだ」
「へぇ、律儀だね」
遥が外出を好む性格ではないことを、一瀬は既に知っている。だからショッピングモールの一階で見つけた時、何故居るのか気になったのだろう。
「一瀬さんは友達と?」
「そう。遊んでたんだー。ってそれで思い出したけど、私が六辻くんを見つけた時、目が合ったから手を振ったのに、それに知らんぷりしてぼーっとしてるから、結構焦ったからね?1人で適当に手を振る変な人って思われそうだったよ」
「あぁ……ごめん。考え事してて」
(目、合ったっけ?)
2日前の記憶でも、覚える価値のないことは覚えない遥の脳は、それでも少しだけ一瀬とのことを覚えていた。手を振ったこと、友達と会話しているとこ、クラスメイトの1人に凝視されていること。その他に残ってることはなく、目が合ったことは分からなかった。
「もう……気づいてくれたからいいけど」
考え事には没頭する。マルチタスク苦手故の単純なミス。今後気をつけることとして、許しを得たので良しとする。
「お詫びに期間限定で個数限定のプリンを私にプレゼントしてくれても良いんだよ?」
ニヤついて、どうだ?とも言っているような相好で見つめられる。
「それを土曜日に買ったことで、もう運は味方してくれないと思うから、多分買うことも無理かな」
「えぇー、あの日に買ったの?!あぁーでも場所的にそうか……えっ、羨ましいんだけど」
これまた月曜日とは思えないテンションは、入学の喜びを超えて友達を得た時よりも歓喜に満ちているようだった。たったそれだけで目を輝かせるほど驚くとは。
「買ったプリンはお隣さん?」
「うん」
「うわぁー、羨ましぃぃぃぃ。私が高校で初めての六辻くんの友達ってことで、プリン買ってきてくれても良かったのに」
「……確かに。それもそうだね」
確かにそうだ。友達、という響きに慣れないから、高校で初めて仲を深めたような間柄と思っていた相手が実は友達で、しかも相手からそう言ってくれた。それほどの関係を築いて一瀬に何も返さないというのは、少々許されないことではないかと、自問自答をしていた。
「次、機会があれば一瀬さんにもプリンを持っていくよ。無かったら別の美味しそうな食べ物でも」
「えっ、マジ?本当に?」
「うん」
これからよろしくという意味を込めて。
「いぇーい。こういうことは、冗談込みでも言ってみるものだね」
にっこりと微笑み、喜ぶ姿に良かったと思える。今後良好な関係を築けるに越したことはないため、自分が損をしてでもメリットが大きいなら、そちらを選択することも時には賢いというものだろう。
「そういえば、俺が買った時に一瀬さんも並んでたような気がしたけど、なかったの?」
一瀬は数少ない知人。だから記憶に残っている。列に並んでいた姿が鮮烈に。
「残念ながら目の前で最後が……ってことで運の悪さに泣きたくなったよ」
「あぁ……残念だったね」
「ホントそうだよ」
買えた側は然程求めてなく、買えてない側はとても求めていた。そんな時、なんて言えば鼻につかないかなと、考えて出たのはギリギリ鼻につかない言い方での鼻につくような言葉だった。だがそれに気分悪くしない様子でホッとする。
そんなこんなで、朝から元気を分けてもらえるような一瀬と軽く会話をしていると、風早が始業ギリギリに入室することで会話は一旦中断される。
しかし、中断したのは会話だけでない。何度目だろうか。常々意識しては鋭くなるのを感じる男子生徒からの視線。改めて感じて、前を向くと同時に横目で確認しても、やはり同じ男子生徒はこちらを顔だけ向けて見ていた。
(いつまで続けるんだろう……)
何かあるなら来てほしかった。けれど流石に小気味悪さは限界を与え、人の嫌がらせにも耐え続ける精神力を持つ遥に自分が動こうと思わせる。
何にも耐えられる精神力、無感情故の堅牢な精神力は、しかし他人に影響する可能性を見捨てることはできず、根底にある善意が働いて、遥を動かすことを決めていた。




