僕のだから見るな!
午前の授業も終わり、昼休みに入った。そこでやっと遥は動き出そうと、面倒を覚悟で重たい腰をグイッと上げた。
「ん?購買行くの?」
それを見て一瀬が一言。既に弁当を用意して、友人だろう女子生徒1人と話しをしている途中で問いかけた。
幽玄高校には学食はなく、購買だけがあってしかも、基本全額を評価に関係なく払うことになる。
何故購買だけ支払う必要があるのか不明だが、嬉しいことにその基本から抜け出した特待生の遥は、購買ですら料金を払う必要がない。慎也の優しさによってだろうが、何がどうあれ無料なのは感謝だ。
「うん」
「そっか。栄養ある食べ物買ってこないとだよー」
「善処するよ」
一応の友人としての声掛けなのだろう。去り際、遥に聞こえないくらいの声で、「仲良いね」「あの人が逢ちゃんと相性良い人?」なんて呟いて盛り上がる一瀬の友人を背後に、向かうのは朝から決めていた彼の座る場所。
――西園寺尊の席へ。
「あの、少しいいかな?」
到着したのは一瀬から七歩目踏み出したとこにある席。遥の列の最も前に座る西園寺に、上から見下ろすように問うた。
「……何?」
それが気に食わなかったのか、西園寺は嫌そうに顔を顰めて対応を始めた。
眼鏡を掛けていて、雰囲気から感じた第一印象は大人しめの生徒。少しふっくらとしていて、身長は170もない程度。遥の感覚からでは、決してカッコいいとか誇れる容姿ではない風采だ。
「聞きたいことがあるんだけど、単刀直入に、教室にいる時後ろを何度も見てるのは何故?」
お前なんか見ていない。そう言われないよう、まずは可能性を確実にするよう慎重に言葉を選ぶ。するとなんの事か思い当たる節があるのだろう。目を泳がせて言う。
「後ろ?僕は後ろなんてそんなに見てないぞ?プリント渡すくらいだ」
逃げ道にしっかりと逃げ、そんなことはないと否定する。
「そう?俺か一瀬さんか、若しくはその前の席の人か、九重を見ている気がするんだけど」
「……確かに見てる時はある。けど、気にするほどか?自意識過剰か敏感過ぎるだけじゃないのか?」
「認めてくれてありがとう。取り敢えず君が後ろを見て、更には4人の誰かを見てることは分かったから。その上で申し訳なく自分勝手なことを言うけど、凝視するのを止めてくれないかな?」
これは西園寺に、頻繁に見ることを気づいていると教え、強制的に止めろと強く言い聞かせることが目的ではない。ただ、その回数を減らして凝視を止めろと言いたかっただけ。だから遥は分かってくれてホッと安堵し、気楽に言った。
「心外だな。僕は凝視したことはない」
しかし、見たことは認めても、凝視は認めないらしい。
「そうかな?土曜日もフードコートで一瀬さんを凝視してたように見えたけど?」
「っ!!……何のことだ?僕は誰も凝視したりしてないぞ?さっきからお前は何言ってるんだ。僕が悪いことしてるみたいな言い方でさ」
「捉え方は自由だけど、悪いことしてるように聞こえるのは、悪いことをしている自覚があるからじゃないの?俺はただ止めてほしいと頼んだだけで、不快とか口にした覚えはないのに」
明らかに狼狽した西園寺を見て、それでも遥はそれ以上を求めなかった。確信犯として、意図して一瀬を見ていたのは決まったような反応。だがまだ遥は言及しない。
「……なんだよ、お前は」
「何って、止めてほしいから頼み事をする1人の生徒だよ。一瀬さんを好きになるのは自由だけど、それで他人に悪い影響を与えてしまうのは良くないと思うから」
ここで攻めたことを口にする。もしかして?と思いつつ、可能性として最も大きかった一瀬を凝視する理由。それ以外思いつかなかったこともあるが、十中八九正解だと、やっと言及する。
「……お前……お前は……」
両手に力がこもっていく。それを見て怯えることもない遥は、ただ無心に西園寺を見ていた。これが恋心が人に影響した結果の1つかと、怒りを抑えるような、自分を抑えるような、そして場を考えて冷静を保とうとしても図星だったことを露呈していることを忘れる思考力を目の前にして思った。
「くそが……」
ボソッと。遥はそれを聴き逃した。そして西園寺は続ける。
「じゃ俺からもお前に頼み事がある」
声が震えていても、怒りが含まれていても、目の前に立つことに恐怖はなかった。だから平然と対応する。
「何?」
「これ以上、僕の一瀬と仲良くするな」
それは全く釣り合わなくて、最近できて高校最初の友人に対して到底飲み込める願いではなかった。
(僕の……僕の?)
意味不明な言い方。誰であろうと人は人のものではないだろうに。遥は不可思議な発言に首を少し傾け、暫く考えた。そして答えを出す。
「良いよ。関わりはするけど、仲良くはしないよ」
苦しい選択だが、あくまでも自分が他人のために傷つくことは、今は無理だ。傷ついた精神と感情は、まだ戻らないのだから。
「まぁ、それくらいはいい。正直お前は邪魔だったからな。素直に聞いてくれて良かった」
「うん。それじゃ、視線向けることは止めてね」
失うわけではない。ただ、一瀬と仲良くしなくなるだけ。普通に会話はするし、西園寺の邪魔にならないよう最善を尽くすだけ。遥はそれだけでいいやと、深く考えることなく、視線が消えることを喜んで購買へと向かった。




