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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
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二十一話 流れ落ちる涙だけが私の生きている証しだった。


 帝国軍が『呪い』に吞み込まれ消滅した一方、王国軍は困惑と動揺と猜疑に包まれていた。

 突如として帝国軍に現れた黒い靄は、帝国軍全てを包み込んだ後、ピタリと静止したのだ。

 あれは一体何なのか。王国軍の誰かが放った魔法なのか、と誰かが訊けば、あんな魔法があってたまるか、と怒鳴り返す声。

 彼らの頼みの綱である英雄将軍は、天幕から出てこない。こういう非常事態にこそ、人々は英雄を必要とするのに。

 ()は少年から聞かされていた。あれだけでは終わらないという事を。その後が、これからが本番なのだと。

 そしてその時が訪れる。

 黒い靄が弾け、空気に溶けるようにして消えた。しかし、地面は捻れ狂い、元々建てられていた天幕は奇怪な姿へと変わっていた。更には妙な虫が蔓延った、毒々しい沼のようなものも生まれている。()帝国軍の陣地には、足を踏み入れれば身体を即座に蝕むであろう瘴気が漂っている。

「何だ、あれは……」

 一人の王国軍兵士が呟いた。限りない静寂の中、自然に広がったその言葉は、その他全ての者の心情を代弁していた。

「お、おい。何か来るぞ?」

 誰かが恐怖と共に声に出した。

 やっと来る。誰かが心の中でほくそ笑んだ。

 来てしまった。誰かが心の中でまた諦めた。

 『擬非人(デミ・カースド)』が、現れた。

 大きさは様々。大きいものでは三メートル程にもなる。二足歩行と四足歩行の個体が居る。人間の原型を辛うじて留めているものから、もはや何か分からないただの肉塊まで、実に多様だ。髪が肉にめり込んでいたり、舌が異様に伸びているもの。体中から得体の知れない紫色の汁をまき散らしているもの。手足が細長く伸び、四足で移動する、人間ではあり得ない速度で接近してくるものもいる。

 そんな多種多様な個体が、約七万。

 それを見た兵士や騎士たちの顔が、絶望に染まり掛ける。

 部隊指揮官たちが震える声で必死に鼓舞しようとするが、一切効果がない。彼らの中にも戦おうという気持ちがないのだから、それも仕方がない。今彼らを動かしているのは義務と、経験から来る無意識だけだ。

 そんな中、一筋の細い火線が飛んだ。魔法陣が心の乱れをトレースし、普段ならば考えられないような弱いそれが。

 必死の一撃だったのだろう。

 魔法が直撃した一体が動きを止めた。

 当てた魔法使いの顔が喜色に染まり掛けた瞬間。

 『擬非人』は再び何事もなかったかのように走り出した。

 より深い絶望を味わった魔法使い。更にそれを見ていた全ての兵士も、失意のどん底に叩き込まれた。

 ああ、もう、どうしようもないのだ、と。

 破滅が訪れたのだ、と。



 一人の男が声を上げた。

 いつだったか、妻を再び抱き締められる、と歓喜していた男だった。当時の喜色は疾うに失せ、絶望に塗り潰された顔はそれでもなお、未来を見ていた。

「私は王国を守る為に命を捧げた身だった! 貴様等も立て! ふがいなく座り込んで死ぬな! ここで我々が死んだらどうなる!? 背後にいる王国が、家族が、友人が、蹂躙されるのだぞ!?」

 兵たちの俯いていた顔が、ようやくゆっくりとあがった。

「そんな事を許せるのか!? 否! 戦え! 戦え! 勝って己の大切なものを守るのだ!」

 何かに衝き動かされるように、ふらふらと幽鬼のように立ち上がった兵たちの顔には、死相が浮かび、それと共に引き攣った笑みが浮かんでいた。

「「「「「ウオォォォォッ!!」」」」」

 兵たちは皆、魂を絞りきって大声を上げ、各自の武器を取り、魔法使いたちは心を休めて、己が使える最大の魔法陣を描き始めた。

 ここにアルカーナ王国軍は復活した。

 待つのは死のみ。しかし、それでも自らが死んだ後の世界を望み、戦う。

 だが、彼らだけでは全滅以外の道は拓けない。



「嗚呼」

 テルンムスは付近に何の気配もない天幕で独り、遠くから聞こえてきた重なった雄叫びを聞いた。

 矢面に立たされている彼らを思い、テルンムスは死にたくなる。罪悪感と嫌悪感で心がずたぼろになる。

 彼らを愛する者がきっと居る。そんな彼らが死ぬのだ。それを思えば胸が張り裂けそうになる。

 だが、まだ早いのだ。

 だから、もう少しだけ。

 これが完全に終わるまで、耐えてくれ。

 両手を目の前で組んで、祈るべき何かに真摯に祈った。

 それが聞き届けられるはずがないと知っていても、祈らずには居られなかった。



 戦況は絶望的。いや、戦いとすらも言えないかもしれない。戦いというものは、ある程度互いの実力が伯仲していなければ成立しない。つまり、ここでは殆どの場所で戦いが成立していないのだ。

 『擬非人』による生身の兵士たちの蹂躙。近付くだけで金属鎧が溶け、肉が裂け、頭を齧られる。稀に戦いが成立しても、直ぐに別の個体が横から兵士を襲う。

 『擬非人』の第二陣が接近してから五分。

 最早立っている者は殆ど居ない。

 最初の方はテンポよく飛んでいた矢や魔法も、今では一切飛んでいない。

 そして今、やっと一つ目の波、最後の『擬非人』が斬り殺された。

 これで第一波は壊滅。これまで倒れた『擬非人』の数はおよそ七百。死んだ王国軍の兵士の数は…………残った兵士の数は、百足らず。

 たったの五分で四万人が死んだ。

 『擬非人』はまだ、百分の一しか、減っていない。

 対する残った兵士はあまりにも無惨だ。騎士の剣は腐食し、槍は折れ、弓は弦が切れている。馬などもうどこにも居ない。鎧は所々陥没していたり、鋭利な物に貫かれたように肉体までも貫通した穴が開いていたりする。魔法使いは一人として生き残っていない。直接『擬非人』に殺されなかった者は脳が負荷により焼き切れてしまった。

 もう、王国軍の抵抗する力は残っていない。



 男は丘の上に独りで立ち、嗤っていた。その光景が、夢にまで見た光景が眼下に広がっているのを観て、どうしようもなく可笑しい感情が湧いたのだ。

 王国の【英雄】とやらが出てこない所から察するに、どうせ『擬非人』に恐怖し、尻尾を巻いて逃げたのだろう。人間はどこまでも醜く、汚いのだから。自分の事しか考えられない屑ばかりだから。

 『擬非人』の消耗率は一パーセント程度。上々の成果だ。様子を見るために少しずつ戦わせてみたが、この調子なら最初から全力で行けば良かった。纏まりすぎていれば、【英雄】の『詠唱魔法』で全て灰塵に帰す可能性があったから逐次投入をしたのだが、まあ結果論だ。仕方がない。

 後の不確定要素は、

「こんにちは」

 男は早鐘を打つ心臓を押さえ、背筋に掻いた冷や汗を無視した。

「ああ、何の用だ?」

 ソラは質問を聞かずに、話を振る。

「計画の首尾はどうです?」

 二回目ともなれば、その反応を予測できていたのか、落ち着いた声で男が返す。

「上々だ。邪魔が入らなければな」

 男がソラを睨んでそう言ったが、ソラはうんうんと頷いて、

「じゃあ()()()ですね」

 何が大丈夫なのか。きっとそれは男の計画のことではなく……。

 言葉に含まれた微妙な雰囲気に気付いた男は、いっそここでこの少年を始末するか悩む。男が一瞬悩んだ直後、少年が男の顔を下からグイと覗き込む。フードが落ちて現れた黒目を大きく、限界まで開き、

「ああ、念の為に言っておくと、この近くの『擬非人』は全部無力化していますから」

 男が自らの血を頼りに地中に潜ませていた『擬非人』の反応を探ると、確かにその通りだった。周囲に何かしらの堅固な壁があり、何をしても破れなさそうだった。

「じゃあ、僕はこれで。僕もかなり忙しいんですよ。やらなきゃいけないことが多すぎる」

 再び、少年が男の目の前からかき消えた。



 この世界のどこかにて。六つの人間らしき影が円を作り、会話をしていた。

 嗄れた声が嬉しさを隠しながら、苦笑するようにぼやく。

「全く、あの小僧には困ったものだ」

「また口ではそう言って。感情が声に出ておるぞ」

 皆、口では笑っているが、顔つきは真剣そのものだ。中心に光る紅い映像を視ながら、ずっと魔法を維持している。この世界の頂点に立つような者が六。彼らが力を合わせれば、出来ないことなどないに等しい。

 可愛い孫の、珍しいわがままに振り回される六人は、ずっと魔法を維持し続けている。



 ふと、空を見上げた。

 今日は高く澄んだあおいろをしているはずなのに、それはまっかだった。まっしろだった。そしてどこかがまっさおだった。


 昔、大切な人が亡くなった。

 手が届かないところで、何もできない内にいつの間にか居なくなってしまった。

 でも、その時本当は気付いてしまっていた。

 自分がどうしようもない間違いを犯して、その結果、彼女が死んでしまったのだという事に。

 自分の人生の意味を失ってしまったのだという事に。

 世界はどこまでも醜く、残酷なまでに美しいのだという事に。

 それに耐えられなかった過去の自分は、全てを諦めた。諦められる筈なんてなかったのに、諦めた。

 その結果、今の自分がある。

 汚く醜い私がここに居る。

 だからもう。

 ああ、もう、大丈夫。

 準備は終えた。

 心なしか空が眩しく輝いている。

 銀色に、彼女の、髪のように。


 彼はここから終着点まで全力で駆け抜ける。これまでの遅れを取り戻すように。置き去りにしてしまった彼女に追い付くために。



 左腕を失った兵士を傷だけ塞ぐ。噛み千切られたような傷跡が生々しい。

 自分には腕を丸ごと再生なんてできないから、血が漏れないようにするので精いっぱいだ。

 両目がナニかの液体によって爛れた兵士が呻き、助けてくれと何度も繰り返す。

 その声に耳を塞ぎ、次の負傷者を治す。直ぐに戦いに戻れる者だけを治していく。

 治すことには何の意味もないのかもしれない。どうせ直ぐに死んでしまうのだから。

 でも、自分にはそれしか出来ないから。

 魔法陣を描き、治している最中に、男は気付いた。

 地面が、揺れている。

 遠くから、怪物が一斉になだれ込んで来るのが見えた。

 ああ、終わった。

 男がそう確信した瞬間、ようやく()が動いた。



一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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