ep:01 勇者に群がる群衆そっちのけで見知らぬギルドの受付嬢に最初の標的にされたとある亜人の男子生徒
「以上を持ちまして、第235回王立魔術学院修業式を閉式致します」
高らかに宣言された言葉に、リリーチェは安堵のため息をついた。やっと、怪物の放つプレッシャーから解放されると思うと、抑えることができなかったのだ。
それほど長い式ではなかったはずだが、体感的には永遠とも思えた。
恒例の学院長による長い長い祝辞がやっと終わったのも束の間。
あの堂々とした態度もさることながら、これまた齢17、8の少年が考えたとは思えないような立派な答辞が勇者によって披露され、更に怪物達の興味を引いてしまったのである。
(負けた……。文章力ですら完敗とか笑えない……笑えないよ)
リリーチェは、そんな勇者に人知れず心を折られていた。
「皆様どうぞ、そのままお席でお待ちください」
そして、式の最中は静まりかえっていた怪物達が、司会の言葉など聞こえていないかのように、一同に勇者の下へと押しかけ始めた。
この後に控えている祝典までに、勇者を捕まえるためである。
貴族以下参列者は、もちろん学院側の言葉に大人しく従っている。
リリーチェは、今までのようにのほほんとはしていられまいと、鼻息も荒く修業生を見渡した。
祝典では、修業式に参列していなかったギルドなども参加できることになっているからだ。
(あれ、あの子……)
勇者に群がる怪物達に呆気にとられている修業生の中、一人の少年に気を引かれた。
それは、他の修業生とは明らかに異質な魔力だった。そして、怪物の一人「闇の焔に抱かれし者」と畏れられている黒炎魔導師の魔力に酷似している。
(もしかして……まさか、闇系統?)
目に映った艶やかな黒髪が、予感を確信に変えた。
髪と系統が異なる場合も無いわけではないが、魔力の質感を考えればあの美しい黒髪も当然だと思えた。
あれで、瞳も暗色系だったら――と知らず期待が募る。
もしそうならば、相当貴重な「原石」だ。最早「宝石」と言っても良いかもしれない。
「魔法」というものは数え切れない程の系統に細分化されるが、その中でも闇系統の使い手は稀有だ。
それもそのはず、闇系統の魔術は主に魔族が使うものであって、普通の人間には手に余るものなのである。
だがここは、天下の王立魔術学院だ。彼のような闇魔法使いがいるなんて、やはりここに来て正解だったと思う。言うなれば、宝石箱だ――と、リリーチェは改めてほくそ笑んだ。
視線の先にいた諸生徒がこの邪悪な微笑みを見たら、一目散に逃げるだろうと断言出来るような代物である。
前方の貴族達に引かれていることにも気付かないまま、リリーチェはにやにやと下卑たオヤジのような笑みを浮かべて品定めを続けた。
「これより、王立魔術学院主催の祝典を――――」
――――パァン!パンパン!!
司会の言葉が終わる前に、派手な火炎魔法が空を彩った。
いつの間にか周囲には祝典の準備が整っており、リリーチェは慌てて席を立った。
どうやら、品定めに夢中になりすぎていたようだ。
辺りを見回すと、遠くに勇者とその取り巻き達が見える。
その周囲でつかず離れず彼等を見物しているのは、魔力のオーラからして怪物共だろう。
勇者を虎視眈々と狙う貴族達は、怪物に怖じ気づいているのか、今のところ貴族にしか通じない装飾過多で遠回しすぎる(それでいて過分に毒を含んだ)言語でもって華麗に談笑している。
見慣れないのは、おそらく後から入ってきたギルド員達だろう。屈強な男達に、妖艶な女。どこのギルドも、才能ある新人を獲得しようと必死のようだ。早速何人かは、見所のありそうな修業生に声をかけている。
新米ギルド員であるリリーチェでは到底適わないような熟練の勧誘員ばかりだ。
そんな先輩方に遅れをとらないように、ギルド長のコネで修業式から参加していたのだ。せっかく目を付けた「原石」をとられては適わない。
次々と修業生を捕まえていく大手ギルドの勧誘員を尻目に、リリーチェは辺りに血走った目を走らせた。
他の誰を逃しても、「黒髪の君」だけはゲットするのだ!私は使命を忘れてはいない!
どこだ、どこにいる――――!
(見つけた!)
彼は、会場となっている半球内の隅に、一人で座り込んでいた。
それは、祝典に相応しくはしゃいでいる他の修業生から隠れているようにも見える。
とはいえ、リリーチェにとっては好都合である。これなら、他ギルドの輩に勘づかれる前に、使命を遂行出来そうだ。
(大丈夫、大丈夫。あんたは獅子王の黄金の受付、リリーチェ・ドルアーチェよ。落ち着いてやれば、絶対にギルドに入ってくれる!)
しかし、ドクンドクンと脈打つ心臓は正直だった。
なにせ初めての「仕事」である。これからのギルドの命運は今日にかかっていることも理解していた。
(ギルド長のため!)
そう年も変わらない彼らは、自分とは比べものにならない程の魔力と才能に溢れている。
それに対して、リリーチェは何の取り柄もなく、ギルド職試験にもまぐれで受かったようなものだ。
だからこそ、どこのギルドでも雇ってくれなかった自分を拾ってくれたギルド長に恩返しするには、これしかない。
そわそわする身体を抑えつつ、ゆっくりと標的に近づいていく。
(あたしは女豹!狙った獲物は逃さない女豹よ!!)
「ね、ねえ、君」
「……なにかな?」
リリーチェの震える声に振り返った男子生徒の訝しげな目は、――――黒い瞳をしていた。
(やっぱり!!)
「あ、あのっ……!」
「どうしたの、君?」
意を決して話しかけたリリーチェに、少年はやけにフランクに返してきた。
「……へ?」
そして、戸惑うリリーチェに、少年から思いもよらない爆弾が落とされたのだ。
いや、少年が思いもよらずリリーチェの地雷を踏んだと言った方が正しいかもしれない。
「えっと……迷子、かな?」
心配げに自分を見下ろす年下の少年に、リリーチェの堪忍袋の緒は音をたててブチ切れた。
「まいごじゃなああああああいっっっっっ!!!!!」