【13 喫茶店を乗っ取る】
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・【13 喫茶店を乗っ取る】
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季節は七月中旬、クーラーを付けなければ生きていくことが出来ない温度になってきた。
そこで舞江お姉ちゃんから、ついに喫茶店を乗っ取る方法を聞かされた。
「喫茶店の室外機を二人で盗むぞ」
え、あ、はい……? というような顔をモロしていたのだろう、舞江お姉ちゃんはもう一回、さっきよりも堂々とこう言い放った。
「喫茶店の室外機を二人で盗むぞ!」
「は、犯罪、では……?」
あーしの口からは多分、一番確認したいことがちゃんと出せたと思う。
舞江お姉ちゃんは深く頷くだけ。その頷きが同意を示しているとは思いたくないので、もう一言追加することにした。
「マスターの許可済み?」
すると舞江お姉ちゃんは満を持してといった感じで、
「いいや、それだと盗むって言わないだろ。マスターが知らない間に、夜に喫茶店の室外機を盗むんだよ。夏に盗めば、すぐには付けられないからな。この時期のクーラー業者はもう忙しくて大手にしか取り合わないから、個人客は無視さ。今年の夏は丸々クーラーナシだね」
「犯罪、じゃん?」
「だから犯罪ではあるって。でも今更だろ? オンラインカジノもして、闇金融もやった愛華がその程度のことでビビらないだろ?」
「いやでも、あーし、もう、モニカちゃんに誓って、あの、犯罪しないって決めたんだけども」
「それは自発的に、だろ? アタシとの約束忘れたの? 愛華の借金返済とアタシの喫茶店乗っ取り計画でウィンウィンだろ?」
「そ、そうですけども……」
と先細りの声になってしまうあーし。そうだ、そうだった、舞江お姉ちゃんは普通にサイコパスだったんだった。自分の目的のためなら平気で犯罪に手を染める女性、それが舞江お姉ちゃんだ。
舞江お姉ちゃんは当たり前のように、
「まあアタシが頼んでするだけだから、じゃあバレて捕まったらアタシの言いなりでやらされたと言えば、情緒酌量あるだろうからさ。ずっとアタシの計画通り動かされていた、逆らえなかったと言えばまあ大丈夫なんじゃないの? マスターにはイタズラで済んで、ポリス沙汰にならない可能性だってあるし」
でもあーしは犯罪しないって、心にも決めたのに、まさかこんなところで、もう決壊するなんて。いや、もういいや、これを最後の犯罪にしよう。平気でオンラインカジノをしていた人間が今更この程度の犯罪でビビってもしょうがない。実際問題、オンラインカジノをしたお笑い芸人が堂々とまた炎上していたりしているし、オンラインカジノをやった人間はそれくらいのクソ根性が無いとダメだと思う。
舞江お姉ちゃんはニヤリとしてから、
「で、覚悟は決まった?」
と多分あーしの表情の変化を目ざとく見ているのだろう。あーしは小さく頷いてから、
「もうやるよ。でもそれが最後の犯罪だよね?」
「その通り! もう愛華に犯罪の片棒を担がせるような真似はしないよ! これは神に誓う!」
サイコパスって何か神に誓うイメージあるなぁ、と思いつつ、あーしは舞江お姉ちゃんから室外機を盗む方法やこれからのことを教えてもらった。善は急げというか、全然善じゃないけども、今日の夜に決行ということになった。
ちなみに室外機を盗むことに、あーしを誘うことは、さすがに一人では大変ということらしい。あーしには見張り役兼最後の運び出し手伝いをさせるらしい。
夏の夜は蒸し暑く汗がだらだらと流れてくるが、決して気温だけの問題ではないと、あーしは分かっている。とにかく緊張がすごいのだ。こんな緊張感はさすがに初めてかも。いや悪友から闇バイトを誘われた時もそうだったかもしれない。
舞江お姉ちゃんは見様見真似というか、そういうサイトを参考にして、室外機をバラし始める。一応、室外機泥棒を装うため、鉄の部品は全部持って行かないといけないらしい。
あーしは事前の取り決め通り、真っ黒い服で見張り役をしている。とは言え、こんな夜中に人が通ることなんてないくらいの田舎ではある。誰も来ないで終わってくれと強く願った。それこそ神にも願った。いやこんなヤツのこと、神様が助けてくれるはずないけども。
感覚として、三十分あれば終わると思っていたんだけども、一時間半経ってもまだ終わる気配は無いし、舞江お姉ちゃんも小首を傾げながら悪戦苦闘している。
その時だった。なんと何か人影が見えたのだ。あーしは舞江お姉ちゃんの背中を叩くと、すぐさま室外機の陰にギュウギュウで隠れて、やり過ごした。
逆に室外機がまだまだ原型を留めていたから隠れることが出来たけども、これがもう無くなりかけていたら、一体どうなっていただろうか、ホントに紙一重のところだと思う。
一応『明日の喫茶店に備えて、夜によもぎ取りをしていました』という誤魔化し方も用意しているが、室外機が崩れているところを見られたらおしまいなわけだし。というか、よもぎはこの時の伏線だったらしい。よもぎ取りをしていたという言い訳を使うために。確かに田舎はその辺によもぎっていくらでも生えているものだから。
あーしはハラハラしながら、でも舞江お姉ちゃんのほうを見ちゃうと見張り役の意味が無いので、じっと周りを見渡して、舞江お姉ちゃんのことは視界に入れず頑張っていると、ついに舞江お姉ちゃんから、
「運ぶよ」
と言われて、一緒になって一気に、舞江お姉ちゃんがどこからか借りてきた軽トラックに運び入れて、逃げ去るようにその場をあとにした。成功か、これは成功なのか、でもこんな感覚初めてだ、こんなに気分が悪いことは。今までオンラインカジノは結局のところネット上だった。でもこうやって実質的に犯罪をこなすことは初めてで、やっぱし最初にオンラインカジノという犯罪を侵さなければ良かったと心底後悔した。あんなことしたからバタフライエフェクトでこんなことになってしまっているんだ。でもこういう人生になったからこそモニカちゃんと仲良くなることが出来たとも言えてしまうところが人生の怖いところだ。全ては紐のように繋がっている。でもその紐はきっと簡単に切れてしまうものなのだろう。このことがモニカちゃんにバレたら、さすがに一緒にいられないと思うし、だから絶対口外してはならないわけで。でも舞江お姉ちゃんは知っていて。一蓮托生だけども。あーしはこの年齢でもう、手が真っ黒なんだなぁ、と最後は何故かちょっと他人事のように思ってしまった。
舞江お姉ちゃんとは、室外機泥棒の件については絶対に証拠を残すなと言われていて、LINEでその件の話をメッセージで送ることもNGと言われている。だから舞江お姉ちゃんからのLINEはモニカちゃんもいる、三人グループにて、
『朝起きたら喫茶店の室外機が盗まれていたらしい! クーラーの業者も仕事が忙しくて、八月いっぱいまで喫茶店はクーラーナシらしい!』
と白々しいメッセージ。モニカちゃんは心配そうに、
『喫茶店は臨時休業ですか?』
という文章と困惑のスタンプが打ち込まれて、あーしは何を書いてもボロが出そうで、余計なことを書きたくなくて、心配しているスタンプだけにした。
舞江お姉ちゃんは堂々と、計画通りのことを打ち込んだ。
『だからとりあえずアタシは水着で接客することになった 火を扱う料理は作り溜め出来るものだけ提供することになった』
そう、水着で接客。これも室外機泥棒に付随する計画の一つだ。水着で接客してお客さんを増やすという計画。だから、だからだ、あーしにエロ画像を投稿させなかったのは実はこれの布石で、あーしもここから喫茶店に多く入るようにして、あーしも水着で接客するというわけだ。SNSでのエロ投稿を止めたけども、実店舗では水着になる。そうすることにより、お客を増やすという計画だ。勿論プロマイドも売る予定らしい。さすがにプロマイドは舞江お姉ちゃんだけらしいけども。
さらに舞江お姉ちゃんは一緒に怒りたくなるニュースとして、この喫茶店のことをネットニュースに流した。閲覧数はものすごい数を記録し、さらにそこに水着営業の宣伝も掲載した結果、喫茶店は連日大賑わいになり、なんとあーしの家の民宿にも泊まりで喫茶店へ来る人が増えて、めっちゃ忙しくなったのだ。
両親からは「喫茶店で水着になることも大切だもんね」とか言われて、止めないんかと思いつつも、喫茶店で水着になって仕事をする。なんせ民宿の仕事よりも楽は楽なので、どうせなら喫茶店で仕事をするほうがいい。だって別にビッチ・ファッションとかも好きだから、露出することにあんま抵抗無いし。
マスターは鼻の下を伸ばして、頬を赤らめ、ボーッとしながら、あーしや舞江お姉ちゃんの水着姿をじっと棒立ちで見ている。全然仕事はしていないけども、まあマスターの仕事量なんて元々たかが知れているので全然どうでもいい、と思ったその時だった。
なんとマスターが立ち眩みのように揺れたと思ったら、その場に倒れ込んだのだ。一瞬喫茶店内は騒然としたけども、舞江お姉ちゃんとあーしの手際が良過ぎる行動により、現場はすぐに活気を取り戻した。
そう、手際が良過ぎる行動。
これも作戦通り、ついにマスターは熱中症で倒れたのだ。老人は熱中症になりやすい。そもそも老人は何故か熱中症を舐める傾向があり、水分の補給とかも疎かにする。意図的に水分の補給を促すようなことも言わないようにしていた。マスターは無事病院へ搬送されたところで、一気に舞江お姉ちゃんは加速する。
「でも実際さ、あのマスター、いっつもスケベな目でこっちを見てきて、セクハラ発言も多くて気持ち悪かったんだよねぇー」
と喫茶店の常連客に店長の良くないところを吹聴し始めた。舞江お姉ちゃんの予想通り、マスターはすぐには仕事復帰出来ず、家で一週間は安静にしていなさいとお医者さんから言われたので、その間に舞江お姉ちゃんは怒涛のネガティブキャンペーン。ただしこういう吹聴も、事実ベースで自分がどう思ったかの部分を盛るのが大切だと、あーしに説いていた。今の時代は受け取り方次第だから、と。
ついに舞江お姉ちゃんは常連客を味方につけた。男性のお客に対しては水着効果もあり、女性のお客に対しては喋りの共感で。マスターは一回喫茶店に戻って来たんだけども、常連のお客からはつっけんどんにされて、戻って来たとてクーラーはついていないんだから、当然また熱中症になる可能性はあって。
とある日の早朝、準備の時に、舞江お姉ちゃんはマスターへ長期休養を促し、また「何かあったら自分がこの喫茶店を引き継ぎます。マスターはそれこそ愛華のようにたまに来てくれれば大丈夫なので」と言って、見事納得させて、なんと正式に乗っ取ることが出来たのだ。勿論まだマスターが名義だけども、マスターは半隠居になった。むしろマスターはもうお客として来る感じになっている。
九月の中旬に室外機の設置が出来たんだけども、もうマスターは引退したような状態になった。お客さんは若い常連が増えて、前よりも盛り上がっている。もう水着営業はやっていないのに、だ。舞江お姉ちゃんはイキイキと喫茶店を切り盛りし、あーしと舞江お姉ちゃんだけでは従業員が足りないということになり、なんとモニカちゃんも一緒にバイト出来るようになった。まさかモニカちゃんと一緒にいれる時間が長くなるなんて。
最初はマスター引退の件が心苦しかったけども、今マスターは普通に客として楽しそうにしているし、まあいいかなと思っている。まあ自分はオンラインカジノをやっていたくらいのメンタリティなわけだから、全然いいし。
ただモニカちゃんを悪に引き込むことはしたくないし、モニカちゃんとは善の空気だけでやっていきたい……と思いつつも、モニカちゃんに魔の手が忍び寄ったら、いくらでも悪になれるような気もする。
あーしの人生はモニカちゃんを守るために使いたいと思っている。だってこんなに優しくて素敵な子なんだから。
「一生一緒にいたい」
「愛華ちゃん、急にどうしたんですかっ、もしかすると私に言ったんですかっ」
しまった、声に出ていた。あーしは顔が真っ赤になってしまう。喫茶店のカウンターテーブルの前で、二人で並んで立っている。
でも誤魔化すことは不誠実なので、
「勿論モニカちゃんに言ったんだし、まあ心の声が出ちゃっただけなんだけども」
「何それ可愛いっ」
そう優しく微笑みかけてくれたモニカちゃん。
あーしはこの笑顔と共に、ずっと生きていきたいって本気で思った。
(了)




