郷愁
不同意な性的な行為をほのめかす描写や暴力表現があります。
ああ、そうだ。ここは俺の家だったんだ。いや、俺と家族の家だった。父親と母親と俺と、1人の妹と共に暮らしていたんだ。
「お兄ちゃん! 起きて!」
妹が俺を起こしに来ている。俺は布団をたくし上げ、それをブロックしようとしていた。
「一緒に街に行こうよ! 今日は綺麗なガラス細工をうるキャラバンが来ているんだって!」
妹は俺のベッドをバンバンと叩いていた。俺も一緒に叩かれていたが、痛くなさそうだった。
やがて俺はのろのろと起き上がり、妹と共に下へ降りた。
「わかった、わかった、兄さんも一緒に行くよ」
そう言いながらはにかんでいた。
妹は瞳を輝かせた。
朝食もそこそこに俺を外へ連れ出そうとする妹を母はとがめ、その様子を見て父は笑いながらからかった。
妹は頬を膨らませ、父に文句を言っていた。
俺はそれを見て大笑いし、妹もそれを見て笑った。母もいつの間にか笑っていた。
俺と妹は街へと繰り出した。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「町に行く橋、劣化してたね。修理しないと」
「ああ、そうだな。ロープ買っておくよ」
明日あたりにでも修理しようかな、と俺は呟いた。
「じゃあ正午ごろにここに集合で」
宿の前で俺たちは別れた。
俺は縄を買いに行き、妹は部屋に飾るものを買いに行くようだ。
「お兄ちゃん!」
妹が俺を読んだ。
「どうした?」
「いってきますのハグする!」
「それは家でしたはずなんだけどなぁ」
俺は笑っていた。そして妹にハグをした。妹は嬉しそうに目を細めて、少しした後に駆けだしていった。
「すみません、縄を買いたいのですが」
「おお、リーフェンか。縄ならそこにあるぜ。どうした? 大きな獲物でもしとめたのか?」
「いえ、そういうわけではなく、橋が劣化しているのでその補強に…」
「そうか。じゃあ、ちょっとおまけしとくよ。そういや、今日は○○は一緒じゃないんだな」
少し、名前にノイズがかかった。恐らく、妹の名前だろう。
俺はちょっと困ったように笑っていた。
「ここまでは一緒に来ていたんですがね。昔はずっと一緒にいたのに、最近は街まで来ると一人で市場を見るようになって…この分だと、いずれ一人で街に行きそうです」
「そりゃあ寂しくなるなぁ? リーフェン」
俺は困ったように笑っていた。
「そういえば」
店主は神妙な顔になった。
「はい、なんですか?」
「お前らが住んでいるところらへんで、狼の群れが出ているらしい。用心しろよ」
「わかりました。忠告ありがとうございます」
「ここには冒険者組合がないからな~。一応討伐以来は出しておいたが、来るまで何日かかるんだか…」
「なるべく早く来てほしいものですね」
「ああ、マジでな。じゃあな、リーフェン。気を付けて帰れよ」
店主は手を振った。俺も軽く手を振った。
「○○、それなんだ?」
少し大きなガラス玉が網で縛られている物を妹は持っていた。
妹はちょっとはにかみながら答えた。
「ビン玉!」
「へぇ、それビン玉って名前なんだな」
「うん。汚れないように魔法もかけてもらったんだ」
妹は少し頬を赤らめながらそう言った。今日は手をつないで帰らなかった。
「だからさ、狼対策をしようと思ってて…魔法陣を書こうかなと」
「そうか。ありがとなリーフェン」
父は俺の頭を撫でた。俺は嬉しそうに笑っていた。
「でも、今日はもう遅いから寝た方がいいわよ」
母に催促された俺は二回に登って行った。
妹は、俺の部屋の鏡の前でくるりと回っていた。もう夜だというのに、余所行き用の服を着て、楽しそうに回っていた。
「何してるんだ?」
「ファッションショー!」
「そうか。誰かに見せるのか?」
俺は少し意地悪な顔をしていた。
妹は顔を赤くして口をパクパクと動かしていた。
俺は笑った。妹は「からかわないでよ!」と言っていた。そして、妹はクッションを投げてきた。枕投げが始まった。
「今日は1人で街に行きたいんだ」
次の日の朝、妹は頬を薔薇色にしながらそう言った。瞳はいつになく潤んでおり、綺麗な虹彩をたたえていた。
俺はベッドに横になっていたが少し起き上がり、妹を見た。
「うん」
妹はそれを聞いたのか聞いていないのか、わからなかった。ただ、階段を駆け降りていく騒がしい音だけが聞こえた。
「○○が今日は一人で街に行くって」
「知ってるわ。ちゃんと狼についてが忠告しておいたから、心配しなくて大丈夫よ」
母はそう言いながら、目玉焼きを焼いていた。妹は、朝食も食べないで街に行ったのだろうか。
「うん。わかった。ところで母さん、今日の夕ご飯は?」
「ナポリタン!」
「やったあ。遅れないようにするよ」
「魔法陣づくりにあんまり熱中しすぎるのは悪いわよ。ちゃんと夕飯の時間には部屋から出てきなさい」
「はいはい、わかってるよ」
母に「生意気な子ね」と言われながら出された目玉焼きを俺は食べていた。
(あれ、魔法陣に必要な材料が足りないな)
夕日の光が窓から注ぎ込んでくる部屋の中で、俺はそれに気づいた。
「ちょっと材料取りに行ってくるよ」
「大丈夫? 夜に狼は出るのよ?」
「大丈夫だよ。そもそも狩りの効率が悪い人間をわざわざ狙ったりはしないって」
(それに、行った場合、犠牲になるのは俺一人だけだし)
声には出さないが、俺はそんなことを思っていた。
ああ…待てよ、思い出してきた。嫌だ。これ以上思い出さないでくれ。
幸い、狼には襲われずに材料を取れた。そして、そう、家に帰った。
「母さん? 父さん?」
家は嫌な静寂に満ちていた。母さんが気に入っていたティーポットは割れていたし、結婚記念日に父さんが花瓶はもはや何の形をしていたのかわからないほど粉々になっていた。
そして、ああ…いやだ。血の匂いがしたんだっけ。
俺は父さんと母さんの方の部屋に向かった。
俺が昔に描いた絵があいもかわらず飾られていた。ああ、それ以外も変わっていなければよかったのに。
「…父さん? 母さん?」
二人は死んでいた。
それに気づいたとき、俺は何かにはじかれたかのように走って、収納部屋にある剣を取って、二階に行った。
(○○は街に行っていたから…初めて一人で街に行ったから、まだ帰ってきていないはず)
そんなことを考えていた。
その予想は裏切られた。
「○○…?」
もう生きているわけないだろう、そう言う奴がそこにいたらそいつを俺は殺していたかもしれない。
ただただ、どす黒い感情が自分の胸にとぐろをまきはじめていた。
そして、せめてこれだけはと思って窓を開けた。潮風の匂いがした。
○○の部屋からよろよろと出て、扉を閉めた。ボロボロになった扉を閉めた。そして、廊下の壁に背中をつけて、長い溜息のようなものをつきながら手で顔を覆った。段々と足は力が弛緩していき、そこに俺は座り込んだ。剣の重みが幾分か軽くなった。
俺はそこで寝ていたようだ。血の匂いにそこはまみれていた。
俺は○○の部屋の扉を開けて、そこに入った。
俺はその頃にはもう魔法が使えた。○○の前に手をかざして、呪文を唱えた。なんていう呪文だったかは忘れた。
○○は魔法石になった。純度が高かった。
続いて、父さんと母さんの部屋に行った。その二人も魔法石にした。
そして、家を出た。
川に行こうとしていた。墓を作った後に。そこで、狼に出会った。俺の家族を殺した狼どもに。
(ああ、死んだな)
そう思った。
だが、ただでやられるわけにはいかなかった。だから、剣を抜いた。剣を抜いて、応戦した。
全く剣を握ったことのない俺は、ほとんど撲殺に近い形で狼を葬っていた。だが、それは三頭までだった。分が悪かった。俺は狼の大きな口が目の前に来た時、強く思った。
(死にたくない)
その瞬間、その狼の身体が爆発した。何頭かの狼を巻き込んで爆発した。魔法だった。
それに驚いた狼たちは、去って行った。俺は剣をもって追いかけた。だが、一頭の狼の顔に剣で傷をつけることしかできなかった。
俺は悔しかった。
俺は、懐に入っている魔法石を見た。
そして、川に飛び込んだ。
魔法石を使って魔法陣を作った。高純度の魔法石はその魔法陣を維持してくれるだろうと思って。そう思って、妹とかつて作った川の中にある秘密基地を何年も維持するために、そこに作った。何年かしたら戻ってこようと思って。
魔法塔は、魔法を学べる場所だと思っていた。当時の俺はそう純粋に信じていた。ただ、そこに待っていたのは俺の尊厳を踏みにじることでしかなかった。
「またお願いするよ。リーフェンくん」
そう言いながら出ていく魔法塔の権力者の姿を虚ろに目で追っていた。
もう妹の名前はわからない。ましてや誕生日も覚えていない。
それなのに、この姿を妹に知られたくないと俺は思っていた。だから、マントを手繰り寄せた。
その頃にはもう、色々とあいまいになっていた。魔法塔での俺の扱いは、それほどひどかった。何のために生きているのかわからなくなったし、一時期人と接するのが著しく怖くなった。
それに耐えかねて、権力者の飲み物に毒物を混ぜて殺した。ことを重く見た魔法塔は俺を追放した。俺と仲良くしていた奴はかなり驚愕していた。理由が「魔法を極める者の態度ではない」それだけだったからだ。魔法塔は俺がされていたことも俺がしていたことも隠ぺいしていた。
ため息をついた。
過去から戻ってきた。
潮風の匂いは、相変わらずだった。
俺の人生は何だったのだろうか。復讐は遂げられた。だが…「正しい復讐」をする機会は失われたような気がした。
俺はうなだれた。
俺を辱めてきた奴らのせいで俺は記憶を失った。その腹いせに魔王軍に入った時に手始めに魔法塔を焼き払った。今になって考えてみると、かなりの重要な魔法陣が燃えたのではないだろうか。
そういった感傷しか魔法塔には湧かない。なんだか空虚だった。
また、ため息をついた。
そして、外に出た。墓に手を合わせようと思って。
その時に、気づいた。
剣持ち…勇者が来ていた。勇者だけが来ていた。
特に逃げる気は起きなかった。
俺は外に出た。勇者が驚いたような顔をしていた。
「なぁ」
俺は勇者に話しかけた。
「お前らは人を救えたと思っているのか?」
返事はなかった。
「そう思っているのならば、それは勘違いだな。俺だって人なんだ」
勇者は剣を握りなおしていた。俺は、勇者がする行為を受け入れた。
「お兄ちゃんは、魔法陣づくりをよくするけれど、なんでするの?」
「う~ん、それは…そうだな」
リーフェンは笑った。青空の中で。くるぶしまでの草が生えていて、少し花が咲いている草原の中で。
「みんなに笑って欲しいからかな」
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