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【完結】貴族の見栄を捨て去り、溺愛騎士と一緒に始めたお店は今日も盛況です!  作者: 逆立ちハムスター


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新たな門出

そして、安全面にも最大限の配慮をした。

屋上の周囲には、前世のマンションのベランダのような華奢なものではなく、大人が、もとい魔物(大型鳥)が全力で体当たりしてもビクともしない、分厚くて頑丈な黒鋼の太い手すりを設置してもらった。前世で高所恐怖症気味だった私でも、これなら安心して寄りかかることができる。


さらに、この屋上には古代ドワーフの復元技術の粋を集めた特別なギミックが備わっている。


四隅に設置された魔力塔のスイッチを入れると、半透明の分厚い魔法障壁「クリスタルドーム」が展開し、屋上全体をすっぽりと覆い隠すのだ。これにより、雨の日や雪の日、さらには強風の悪天候の日であっても、ドームの中で快適に景色を楽しみながら過ごすことができる「全天候型」の空間となっているのだ。


私は頑丈な手すりに両手を置き、王都の景色を見渡した。

三階建ての屋上からは、活気に満ちた王都の街並みがどこまでも広がっているのが見える。煙突から立ち上る青い煙、行き交う馬車、市場の喧騒。この世界の人々の息吹が、ダイレクトに伝わってくるようだ。


そして、視線を遠くへと向けると、王都の郊外に広がる青い海が広がっていた。

港の巨大なクレーンが動くその先に、信じられないほど巨大な影が停泊しているのが見えた。


「……デカい。デカすぎる……」


私は目を丸くして呟いた。

それは、海運国家として名高い「ゼリュキア」の巨大貨物船だった。まるで一つの島が海に浮いているかのような、圧倒的な質量。いくつもの巨大な帆と、魔力駆動による外輪を併せ持つその真鍮船は、この世界がファンタジーでありながら、確かな文明の進化を遂げていることを強烈に実感させるものだった。


「あのゼリュキアの超大型船が、このルーメン国の港に直接乗り入れるようになったのですね」


私の隣に来ていたカシウスが、同じように遠くの海を眺めながら静かに言った。

秋の穏やかな風が、彼の美しい銀色の髪をサラサラと揺らしている。


「この国も、随分と変わっていきますね」

カシウスの言葉には、どこか遠い目をするような響きがあった。


「そうね。商業の波は、私達が想像していたよりもずっと強いみたい。あっという間に世界中のモノや人が、この王都に集まってきているわ」

私は手すりによりかかりながら答えた。地価の高騰も、こういった急激な経済発展が背景にあるのだ。ぼんやり生きていたら、あっという間に波に飲まれてしまう。


すると、カシウスはふと視線を海から外し、真っ直ぐに私の方を向いた。

「ルキア様。……ありがとうございます」


唐突な感謝の言葉に、私は首を傾げた。

「ん? 何のお礼? 昇降機のことなら、あれを作ったのはドワーフの技術者だし……」


「いえ、そうではありません」

カシウスは優しく微笑み、風の音に負けない、しっかりとした声で言った。

「私を向かいれてくれ、共に歩んできてくださったヴァレリウス家にお仕えできた事です。私は今、とても誇りを持って、そう思えます。この素晴らしい城で、ルキア様と共に新しい未来を築いていけることが、心から嬉しいのです」


その言葉を聞いて、私の胸がチクリと痛んだ。

「……カシウスには、長年色々と苦労をかけさせてしまっていたから……そう言ってもらえると、救われるような気がするわ」


私は目を伏せた。前世の記憶が戻る前の、暗く沈んでいた私。そして何より、記憶が戻る前から、借金をやりくりする為に奔走していた時期、私はカシウスにまともな給金すら支払うことができず、文字通りの「無給」で働かせてしまっていたのだ。住み込みとはいえ、ブラック企業も真っ青の待遇である。文句一つ言わずに尽くしてくれた彼に対して、前世の記憶が戻ったあとも、私は常に深い罪悪感を抱いていた。


「どうか、そのようなお顔をなさらないでください」

カシウスは少し慌てたように身を乗り出し、私の顔を覗き込んだ。

「確かに、客観的に見れば苦労はありました。ですが……私にとっては、それはとても充実した時間だったのです。嫌な苦労では、決してありませんでした」


「充実……?」


「はい。例えば、厳しい剣術の訓練を一日中こなした後、全身が泥にまみれ、筋肉が悲鳴を上げているのに、心は不思議なほど澄み切って心地よい疲労感に包まれることがあります。ルキア様と共に苦難を乗り越え、このお店を少しずつ軌道に乗せていく日々は、それに似ていました」

カシウスの真っ直ぐな青い瞳が、私を射抜くように捉えた。


「目標に向かって、主と共に戦っているという実感。それが私に、常に誇りを与えてくれていたのです。だから、ルキア様が謝る必要など、どこにもありません」


カシウスの不器用だけれど、これ以上ないほど誠実な言葉。

彼は本当に、私のどん底時代すらも肯定し、それを自らの誇りだと言ってくれるのだ。

胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれず、私は潤みそうになる目を必死に瞬きして誤魔化した。


「……ありがとう、カシウス。でも、これからも、新しい商品を開発したり、お店を大きくしていく中で、また予想外の苦労をかけるかもしれないわ。その時は……」

私は手すりから手を離し、彼の正面に向き直って、深く頭を下げた。

「その時は……また、よろしくお願いします」


顔を上げると、カシウスは少しだけ驚いたように目を見開き、やがて、太陽よりも眩しい、心底嬉しそうな笑顔を弾けさせた。


「はい。いつでも、ルキア様の力になります。私の命と剣、そしてこの手先の器用さは、すべてルキア様のために」


その甘く、それでいて力強い誓いの言葉と、至近距離で見つめてくる熱を帯びた彼の眼差しに、私の顔は一瞬で沸騰したように熱くなった。


「あ、あああ! そ、そうね! 頼りにしてるわ!」

私は赤面しているのを悟られまいと、不自然なほど大きな声を出して両手をパンッと叩いた。


「あ! 見て! もうあんなに列ができてる。感傷に浸っている場合じゃないわよね! そろそろ、今日は大事なリニューアルオープンなんだから! 下に降りていつもより万全に準備しなきゃ!」


照れ隠しでくるりと背を向け、逃げるように昇降機の方へと早足で歩き出す私。

背後から、カシウスの楽しげで、どこか愛おしむような、くすりとした笑い声が聞こえた。


「はい、行きましょう。ルキア様!」


新しい城の完成。新しい商品のアイデア。そして、隣で共に歩んでくれる、かけがえのない存在。

私の第二の人生の、本当の幕開けを告げるかのように、王都の空には抜けるような青空が広がっていた。

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