表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

魔銀ジャガイモ

この世界は、極めて不条理な階級社会だ。

王族と教会が権力を独占し、貴族はその下で利権を漁り、民はただ搾取されるのを待つだけの存在。特に魔法に関しては「詠唱至上主義」が蔓延っており、数十字にも及ぶ呪文を暗記できるかどうかが、その者の身分を決定づけると言っても過言ではない。

そんな窮屈な世界で、俺――アステール・クロムウェルは、たった一人で世界を裏から作り変えようとしていた。……まあ、目的は「働かずに一生を終えるための不労所得」なのだが。


領地の森に『ステラ・ノヴァ』なる、世間から見たら謎の勢力が現れてから一ヶ月。

俺の日常に劇的な変化はない。実家は相変わらず貧しく、朝食は芽の生えた蒸しジャガイモだ。ただ、かつて俺の昼寝スポットを荒らした魔獣使いの一団が消えたことで、森の奥が「俺専用の私有地」として完全に封鎖されたことだけが、ささやかな救いだった。


(……静かすぎて逆に不気味だ。だが、これでようやく、誰にも邪魔されずに不労所得の計算ができる)


十歳の少年にして、すでに二十年以上の精神年齢を持つ俺には確信がある。この国は腐っている。上は貴族の利権争いで麻痺し、下は悪徳組織の略奪で荒れ果てている。こんな不安定な社会で俺の有用性がバレたら、将来的に無理矢理労働を強いられるリスクが高い。


だからこそ、俺は『ステラ・ノヴァ』を創った。

将来、国のお偉いさんに使い潰されないように国内の経済を掌握し情報網を張り巡らせ、どんな権力者も手出しできない「俺の聖域」を完成させ、俺の正体がバレずにスローライフをおくるための組織だ。


「御大、報告です。組織の再編と、各地の情勢についてまとめてまいりました」


隠れ家である森の空洞。そこに、情報屋ゼノンが膝をつく。

ゼノンが広げた地図には、王国南部の利権構造が細かく記されていた。


「現在、我がステラ・ノヴァは、王国全土を支配する巨大組織『黒い牙』と、その分派でありながら独立した勢力を誇る情報売買組織『蛇の眼』の両者から目を付けられております。特に『蛇の眼』は、我々が排除した『黒い牙』の残党を拾い上げ、この森の奥深くに自生している『魔銀ジャガイモ』を根こそぎ奪おうと画策しているのです」


「……魔銀ジャガイモ? なんだそれは」

「はい。御大が森の土壌を整えたことで、この領地でしか育たない極上の食材です。市場価値は金貨数枚分とも言われる逸品。それを『蛇の眼』が商隊を送り込み、力ずくで買い叩こうとしております」


(そういえばゼノンに言われた通りに土壌を整えたな……あの時は単に、ジャガイモが不味すぎるから質を上げようと軽く土をいじっただけだったんだが、あれがそんなに美味いのか?)


俺は仮面の奥で目を細めた。

(俺の領地の、俺が食べようとしていた最高級食材を、横取りしようというのか……? いい度胸じゃないか)


「……『蛇の眼』の連中だな。ゼノン、奴らの商隊が領地を通過するルートを特定しろ。それと、商隊の護衛にあたっている連中を捕らえ、俺の隠れ家まで連行してこい」


数日後。街道を通過した『蛇の眼』の商隊を、俺はたった一人で遮った。

無骨な鉄の仮面を被り、道の真ん中に立つ。護衛の傭兵たちは、目の前の子供を見て嘲笑を浮かべた。

「おいおい、ガキが一人? 遊びなら他所でやれ」


俺は溜息をつき、静かに指先を弾いた。

刹那、周囲の空間が歪む。傭兵たちが抜こうとした剣、構えた長槍が、まるで巨大な怪物に掴まれたかのようにガタガタと震え出した。俺が操作したのは「重力」。彼らの武器が、彼らの意志を無視して凄まじい質量を帯び、地面へと引きずり込まれる。

「なっ、何だ!? 重い、武器が――!」

地面が裂け、鋼鉄の武器は地中深くまでめり込んだ。傭兵たちは武器に引きずられる形で転倒し、身動きが取れなくなる。俺が歩み寄るたびに、彼らの周囲の大気すらも圧迫され、地面に伏せざるを得ない重圧が彼らを支配した。詠唱などという幼稚な儀式は不要。理の根幹を捻じ曲げる力に、傭兵たちは恐怖のあまり腰を抜かした。


「さて、『蛇の眼』の連中に伝言だ。この領地の食材に触れれば、今度は組織の基盤ごと地面に沈めてやるとな」


俺は冷酷に言い放ち、彼らをその場に放置して商隊の荷を漁った。そこには輝くような魔銀ジャガイモが山と積まれていた。俺は満足げに、それらを配下に命じて隠れ家へと運搬させる。


しかし、その日の夕食時。

俺の食卓に並んでいたのは、またしてもただのジャガイモだった。

「ゼノン、どういうことだ。あんなに食材を奪ったはずだろう」

「ハッ! 奪還した高級食材は全て、王都の闇市場へ極秘裏に売却してまいりました。その利益は全額、ステラ・ノヴァの防衛施設増強と情報網の構築資金に充てております。これも全て、御大が長きにわたって安寧に暮らせる未来のための投資にございます!」

誇らしげに語るゼノンを見て、俺は何も言えなくなった。結局、俺の口に入るのは、あまったジャガイモの欠片だけなのだ。


* * *


同じ頃、王都の裏路地にある『蛇の眼』支部。

暗い室内で、幹部たちが青ざめた顔で報告書を囲んでいた。商隊の生き残りが持ち帰った報告には、こう記されていた。


『詠唱なし。重力操作。子供の姿をした怪物』


「あり得ん……。重力を操るだと? 魔法陣も描かず、呪文も唱えず、ただ指を鳴らすだけで部隊を半壊させたというのか!」

支部を統括する男が、震える手で机を叩き割った。彼らが長年かけて築き上げた裏社会の秩序が、たった一つの「謎の勢力」によって、まるで砂遊びの城のように崩されていく。

「連中は我々の息のかかった商ルートを、まるで自分の庭のように踏み荒らしている。何より恐ろしいのは、連中の目的が読めんことだ。ただ『場所』と『食材』を確保しているだけ……。何らかの深遠な意味があるに違いない」

幹部たちは顔を見合わせ、死を悟ったような表情を浮かべた。


* * *


ゼノンが去った後、俺は一人、森の空洞に設置した簡易机へ向かった。

木を削っただけの机。だが  

羊皮紙を広げるが、そこに記された膨大な利益の数字に頭を抱える。

俺が言った無駄とは「会議が長い」とか「報告書が厚い」とか、昼寝の邪魔になる要素のことだったのだが。配下たちは勝手に俺を深読みし、どんどん組織を巨大化させていく。


そんな騒ぎとは無縁の場所で、俺は空洞の端で焚き火を熾し、ジャガイモを焼いていた。パチパチと薪がはぜる音だけが森に響く。漂ってくる香ばしい匂いに、少しだけ期待を寄せる。

「塩が欲しいな……」切実な悩みだった。金貨はある。組織もある。配下もいる。だが塩がない。


「次は塩の確保だな」


俺は独り言を漏らす。その言葉を偶然聞いていた組織員は震え上がった。


「ついに始まる……」「何がだ?」「王国西部塩利権への侵攻だ」「まさか……」「御大は塩市場を支配する気だ!」


数分後。

組織全体へ緊急指令が飛ぶ。

ステラ・ノヴァ最高司令。アステール・クロムウェル。

次なる標的は王国塩流通網。各部隊は即時作戦準備に入れ。


――と。

アステールはただ、焼いたジャガイモに塩を振りたかっただけなのである。今日もまた、アステールの管理する組織は意図を完璧に「誤解」し、王国を支配する怪物へと進化していく。


アステール・クロムウェル、十歳。

今日もまた、大量のジャガイモを前に、隠居生活の夢を見る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ