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推しVの中の人が俺だと知らない彼女と偽装交際したら、特定されかけてるんだが。  作者: あじ


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4/4

第4話:ルミナは二人いる

1:限界を感じる夜


配信が終わった。


マイクの電源を落として、ヘッドセットを外す。


「……はぁ」


椅子の背もたれに体を預けた。


天井を見上げる。


レンタルスペースの蛍光灯が、じりじりと白く光っている。


(……やばい)


今日の配信、三回ミスった。


声の支えが崩れて、地声に寄りかけた瞬間が一回。


コメントを拾う手が止まった瞬間が一回。


笑おうとして、笑えなかった瞬間が一回。


全部、星宮あかりの顔が浮かんだせいだ。


(集中できてない)


俺——水瀬奏は、こめかみを押さえた。


問題を整理する。


あかりは、先週のイベントで「関係者」という言葉を聞いた。


席を外していた時間が長すぎた。


戻ってきた時に汗をかいていた。


(ほぼクロだ)


俺が自分でそう思うくらいには、状況が悪い。


(一人では、もう無理だ)


スマホを手に取った。


連絡先を開く。


理央りお」。


発信する。


「はいよ」


眠そうな声が返ってきた。


黒崎くろさき理央——俺の腐れ縁の配信仲間だ。


知り合ったのは中学の頃。ネット上で機材の話をしているうちに意気投合して、今や天音ルミナの裏方を全部こいつが担っている。


OBS設定、音声ミックス、動画編集、サムネ制作——技術面は全部こいつだ。


ノリが軽くて口が悪くて、無自覚に煽ってくる。


でも、空気を読む力だけは異常に高い。


憎めないやつだ。


「……起きてたか」


「エナドリ飲んだから。どした、こんな時間に」


「話がある」


「ん」


短い返事。


でもそれで伝わる。


こいつはこういうやつだ。


俺は深く息を吐いて、話し始めた。




2:理央の提案


「……つまり」


通話の向こうで、理央がエナドリを飲む音がした。


「ほぼ特定されてる、と」


「そこまでは行ってないと思う。でも時間の問題だ」


「はぁ〜……」


長いため息。


「お前さぁ、ガチ恋勢なめてたろ」


「……そんなつもりはなかった」


「嗅覚バグってんだよ、ああいう子。好きなものへの集中力が常人の五倍くらいあるから」


「分かってる。だから相談してる」


「奏って人使い荒いんだよな〜」


キーボードを打つ音がする。


理央は話しながら何かしら作業をしていることが多い。ゲームか、編集か、どっちかだ。


「で、どうしたいわけ」


「一回、別人だって証明したい」


「なるほどね」


「俺が目の前にいる状態で、ルミナが配信してる状況を作れれば、疑惑が薄れる」


「ああ、同時存在の証明か。で——るなさん使う?」


俺は少しだけ間を置いた。


「他に手がある?」


「ないね」


「じゃあ、頼めるか」


「俺が連絡する。あの人、最近また引きこもり気味だから。ちょうどいい外出のきっかけになるかも」


「……助かる」


「どーいたしまして」


軽い声。


でも理央は、こういう時に絶対に手を抜かない。それを俺は知っている。


通話を切る前に、理央が言った。


「あ、そういえば」


「なんだ」


「今日のあかりちゃん、かわいかった?」


「……関係ない」


「そっか」


「本当に関係ない」


「うん、分かった分かった」


電話が切れた。


(……うるさいやつ)


俺はスマホを机に置いて、また天井を見た。


関係ない。


そうだ。


全部、正体を隠すための話だ。


あかりの顔が浮かんだのは、状況的に危険だからだ。


それ以外の理由は、ない。


(……ない)


蛍光灯が、じりじりと光り続けていた。




3:作戦会議


三日後の土曜日。


待ち合わせ場所は、駅から少し離れたレンタルスタジオだった。


小規模な防音室がいくつかと、併設の小さなカフェスペース。


理央がすでに来ていて、機材をセッティングしていた。


「早いな」


「徹夜明けだから感覚狂ってる」


「……寝ろって」


「あとで」


理央はノートPCの画面を見ながら、手だけを動かしている。


眠そうな顔で、でも手は正確だ。


「月さんは?」


「もうすぐ来るって。三分前にメッセージきた」


俺は窓の外を見た。


曇り空。


少し肌寒い。


「……ちゃんとやってくれるかな」


「やってくれるよ。あの人、こういうの嫌いじゃないから」


「迷惑じゃないか」


「最初はめんどくさそうにするけど、やり始めたら楽しんでる。毎回そう」


理央がくるりとこちらを向いた。


「それよりお前、今日あかりちゃんには何て言ってんの」


「近くで用事があるから後で合流しようって。昔お世話になった人を紹介するかもって話もした」


「なるほど。紹介の名目があれば自然だな」


「月さんのことは、配信に詳しい知り合いってことで通す。あかりも気が合うかもって言っておいた」


「完璧じゃん」


理央がにやっとした。


「お前、こういう計画立てる時だけ頭働くよな」


「……うるさい」




その時、ドアが開いた。


雪代ゆきしろ月は、思ったより普通の格好で来た。


オーバーサイズのパーカー。


黒いパンツ。


黒髪を緩く結んでいる。


でも、入ってきた瞬間に——部屋の空気が少し変わった。


「久しぶり、奏くん」


声が、よく通る。


低くはない。高くもない。


でも不思議なくらい、耳に残る声だ。


雪代月——俺の配信の先輩で、元Vtuberだ。


出会ったのは三年前。俺がまだ中学生で、配信を始めたばかりの頃だった。


当時の月は個人Vtuberとして活動していて、そこそこ名前が知られていた。


俺は最初、ただのリスナーだった。


配信を見ていて、裏の仕組みが気になって、理央と一緒にコンタクトを取ったのが始まりだ。


「見てる側の人間が裏方やりたいって言ってくる、初めてのパターンだよ」


と笑いながら、月は俺たちを受け入れてくれた。


そこから一年間、月の配信を技術面で手伝いながら、俺は「配信とは何か」を学んだ。


今の天音ルミナは、あの一年がなければ存在しなかった。


でも——その後、月は引退した。


一年前。


理由は、「いろいろあったから」とだけ言って、それ以上は話してくれなかった。


「急に呼んですみません」


「ほんとだよ」


月は鞄を椅子に置きながら、軽く辺りを見渡した。


「引退した人間を便利屋みたいに使わないでって、前も言わなかったっけ」


「……言ってた」


「まぁ、いいけど」


あっさりと言った。


理央が「月さん、機材確認してもらっていいですか」と声をかける。


月がそちらへ向かう。


俺は、その後ろ姿を見ながら思った。


(……飄々としたところ、変わってないな)


引退直後の月には、疲れた色があった。


でも今日の月は違う。


気だるそうに振る舞っているけど、目の奥に余裕がある。


距離を置いたことで、少し楽になったんだろうか。


(……頭が上がらないな、相変わらず)


「奏くん」


呼ばれて顔を上げた。


月が、こちらを見ている。


「今回の相手って、ガチ恋勢なの?」


「……そう判断してる」


「どのくらいやばい感じ」


「本人は守りたいって言ってる」


「ああ」


月は短く言って、少し間を置いた。


「そういう子、一番しんどいんだよね。悪意がないから」


その声に、わずかに何かが混じっていた。


経験から出た言葉だ、と俺は思った。


「……そうだな」


「まぁ、見てみる」


それだけ言って、月はまた機材の確認に戻った。


「奏ってさ〜」


理央が小声で話しかけてくる。


「昔から、女の子に詰められると顔が死ぬよな」


「うるさい」


「今日もそういう顔してるし」


「……してない」


「はいはい」




今日の段取りを整理する。


あかりとは、14時に駅前で待ち合わせをしている。


俺がスタジオを出て合流する。


その後、「近くにスタジオがあるから、知り合いを紹介したい」という流れで三人をカフェスペースに集める。


理央はバックヤードで機材を管理する。


そしてあかりがスタジオに来て少し経ったタイミングで——月が防音室からルミナとして生配信を開始する。


あかりのスマホに通知が来る。


俺は目の前にいる。


ルミナは画面の中にいる。


同時に、存在している。


(……それで疑惑が薄れれば、御の字だ)


その後、配信を終えた月は防音室から出て、あかりの前に顔を出す。


「元配信者の知り合い」として自然に会話させる。


あかりの中に「この人がルミナかもしれない」という誤解の種を植える。


そういう段取りだ。


その時、スマホが鳴った。


あかりからのメッセージだった。


《今、近くまで来てます! 少し早いですが大丈夫ですか?》


(……早い)


約束の時間より30分以上早い。


俺はスタジオを出た。


その後ろを、月が付いてきているのに、俺は気づかなかった。




4:あかりは見た


スタジオのビルを出たところで——


「あ、奏くん!」


あかりの声がした方を見ると、少し離れた場所に立っていた。


でも、俺を見ているわけじゃなかった。


俺の隣にいる月を見ていた。


(しまった)


出るタイミングが悪かった。


月がちょうど、スマホの画面を確認しながら俺の肩に手を置いていた。


「奏くん、ルミナの設定ってこれで合ってる?」


何気ない動作だ。


でも傍から見れば——


(距離が、近い)


月が小声で言った。


「……あれ、彼女?」


「偽装だってば」


「分かってるって。でも今、ちょっと面白い顔してるよ」


「どういう顔だよ」


「自分で見てみれば?」


俺は、あかりを見つめた。




* * *


【あかり視点】


(……誰?)


奏くんの隣に女の人がいる。


すごく自然に並んでいる。


奏くんの肩に手を置いて、何か話しながら笑っている。


(……仲良さそう)


あかりは、その場から動けなかった。


別に、おかしくはない。


奏くんに知り合いがいるのは当たり前だ。


でも——なんで今、胸のあたりが変な感じになってるんだろう。


(推しだけ、って決めてたのに)


(こんな感情、なんか違う)


奏くんがこちらを見た。


目が合った。


笑顔を作らないと、と思った瞬間には、もう笑っていた。


「あ、奏くん! 早く来ちゃいました!」


(……声、普通に出たな)


我ながら、うまいと思った。




* * *


「……そうか」


俺はあかりを見た。


笑っている。


完璧な笑顔だ。


でも——目が、笑っていない。


(お前も隠すの下手だな)


「用事、終わりました?」


「今終わった」


俺は少し間を置いてから、言った。


「こっちは、昔お世話になった知り合いだ。配信のこと詳しくて、あかりとも話が合うかもって思って」


月が「雪代月です」と言った。


あかりが「……星宮あかりです」と返した。


その目が、一瞬だけ月を値踏みするように動いた。


すぐに笑顔に戻った。


でも俺は見た。


(こいつの目、恐ろしい……)




5:配信開始


カフェスペースに三人で移動した。


理央は「機材の最終確認があるから」と事前に言って、バックヤードで待機している。


俺とあかりと月が、テーブルを囲む。


奇妙な三人組だ。


「月さんって、奏くんとはどういうお知り合いなんですか?」


あかりが自然な笑顔で聞いた。


でも目は、少しだけ真剣だ。


「昔、色々あってね♡」


月がさらりと言った。


「……やめろ、その言い方」


俺は即座に言った。


「なんで?」


「誤解を招く」


「別にいいじゃん」


あかりが「あはは」と笑った。


でも目だけは、笑っていない。


「……奏くんが言いたくないなら、月さんに聞きます。奏くんって、どんな人ですか?」


「うーん、そうだね」


月が少し考えるふりをした。


「一言で言うと、外面だけ良い人?」


「……言い方が悪い」


「でも否定はしないんだ」


「…………」


「見た目と中身のギャップがすごいから、最初はびっくりするよって感じかな」


あかりが「ギャップ、ですか」と繰り返した。


「私も、そう思います」


「でしょ?」


「……なんで盛り上がってるんだ、お前ら」


月が笑った。


あかりも笑った。


(……この組み合わせ、最悪だ)


その時——あかりのスマホが鳴った。


通知音。


あかりが画面を見て、目を丸くした。


《天音ルミナ 配信開始》


(来た)


「え!? 生配信始まった!?」


「あ、そうなんだ。見る?」


俺は、できるだけ自然に言った。


その瞬間、月が「ちょっとトイレ」と席を立った。


バックヤードの方向へ、さりげなく向かう。


(段取り通りだ)


あかりがスマホを操作する。


画面に、ルミナが映る。


「はいっ、今日もあなたの心にログイン♡ 天音ルミナだよ〜」


(……月さん、完璧だ)


コメント欄が流れる。


《きたぁぁ!》

《今日も来たよ!》

《ルミナぁぁ!》


あかりの顔が、みるみる変わっていく。


疑っていた目が、素直なファンの目になっていく。


でも同時に——


(……あれ?)


あかりが小さく眉をひそめた。


「……なんか、いつもと少し違う気がする」


「何が?」


「声というか……なんか……」


あかりは言葉を探している。


「トーンが落ち着いてる、感じ? なんか大人っぽい」


「……体調とかじゃないの」


「そうかな……」


あかりはもう一度画面を見た。


そして——俺を見た。


目の前にいる、水瀬奏を。


画面の中で、ルミナが笑っている。


俺はコーヒーを飲んだ。


あかりの目が、ゆっくりと揺れた。


(……疑惑が、逸れている)


(逸れてる、はずだ)


「……奏くん」


「なんだ」


「今、目の前にいますよね」


「いるけど」


「……うん」


あかりはスマホに視線を戻した。


それ以上は、何も言わなかった。




俺がコーヒーのおかわりで席を立つと、理央がカフェスペースに顔を出した。


小声で「いい流れじゃん」と言う。


「あかりちゃん、信じてるっぽいよ」


「……完全には消えてないと思う」


「まぁ、まだ疑ってるかもな。でも揺らいでるだけでも十分だって」


理央がさりげなく、あかりの方を確認する。


あかりは配信を夢中で見ながら、コーヒーを飲んでいる。


「あかりちゃんってさ、ほんとにルミナのこと好きなんだな」


理央が珍しく真顔で言った。


「……それが問題なんだろ」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「じゃあどういう意味だ」


理央は少しだけ間を置いた。


「純粋なんだよ。疑いながらも、ちゃんと好きで、守りたくて。ああいう子、最近珍しい」


「……そろそろ戻ったら」


「わぁーってるって」


理央が戻っていく。


俺は、あかりの横顔を見た。


画面を見ながら、小さく笑っている。


(……守りたい、か)


その言葉が胸のどこかに引っかかったまま、取れない。




6:あかりと月


配信が終わって、しばらく経った頃。


月がバックヤードから戻ってきた。


何食わぬ顔でテーブルに戻ってくる。


「お待たせ」


「いえ」


あかりが答えた。


その目で、月を見た。


(……声だ)


俺はあかりの表情を、目の端で見ていた。


月の声が耳に触れた瞬間に。


あかりの目が、一瞬だけ細くなった。


考えている顔だ。


でも、すぐに笑顔に戻した。


「雪代さん、昔は配信やってたんですよね」


「そうだよ」


「天音ルミナ、ご存知ですか?」


月が少しだけ間を置いた。


「まぁ、知ってるよ」


「かわいいですよね」


「そうだね」


あかりが月を見つめる。


月は涼しい顔で、視線を受け止めている。


「……なんで引退したんですか」


空気が少しだけ変わった。


月は表情を変えなかった。


でも一瞬だけ、目の奥に何かが動いたように見えた。


「いろいろあったんだよ」


「……そうですか」


あかりが静かに頷いた。


それ以上は聞かなかった。


代わりに、こう言った。


「私の好きだったライバーさんも、引退した人がいて」


「……そう」


「その人のこと、守れなかったなって、ずっと思ってて」


月が、あかりを見た。


俺は息を止めた。


「だから天音ルミナのことは、絶対守りたいんです」


あかりの声は、静かだった。


でも、その言葉には——何年分かの感情が、詰まっていた。


月はしばらく黙っていた。


「……推しを守りたいなら」


静かに言った。


「近づきすぎない方がいいよ」


あかりが固まった。


「……どうして、そんなことを」


「なんとなく。あなた、思い詰めた顔してるから」


月はそれだけ言って、席を立った。


「奏くん、ちょっと席外すね」


「……ああ」


月がバックヤードの方へ向かう。


あかりは、その背中を見ていた。


振り返らない。


その背中が、遠ざかっていく。


あかりは、しばらくの間、何も言わなかった。




7:答え合わせ


駅までの道を二人で歩いた。


空は暗くなりつつあった。


街灯が点々と光っている。


あかりは、少し口数が少なかった。


「月さんって、面白い人ですね」


「……そうだな」


「昔お世話になったって言ってましたよね。どんな風に?」


俺は少し考えてから、言った。


「配信に興味を持ち始めた頃に、いろいろ教えてもらったんだ。配信の世界って、外から見るより複雑だから」


「……配信の裏方、とかですか」


「ルミナのファンになってから、裏側も気になって。そういう流れで知り合った」


「ふーん」


あかりが空を見上げた。


「近づきすぎない方がいい、って月さんが言ってましたね」


「……うん」


少しの間、二人とも黙って歩いた。


電車の音が遠くから聞こえた。


「……どういう意味だと思います?」


あかりが聞いた。


俺はしばらく考えた。


「……経験から言ってるんだと思う。配信者に近づきすぎると、お互いにしんどくなる、ってことじゃないか」


「お互いに、か」


「ファン側も、配信者側も」


「……そうですか」


あかりは、また黙って歩いた。


「奏くん」


「なんだ」


「月さんって、奏くんにとってどういう人ですか」


「……先輩みたいな感じだ。頭が上がらない」


「仲がいいんですね」


「まぁな」


「……奏くんが普通に話してるの、なんか」


あかりが少し笑った。


「珍しくて」


「俺は普通に話してるだろ、いつも」


「してないですよ。奏くんって、ちょっと遠いじゃないですか。なんか、全部計算してる感じがして」


俺は何も言えなかった。


「でも今日、月さんと話してる時は違った」


「……どう違った」


「なんか、素の感じがして」


(…………)


「……お前も計算してるだろ」


「してますよ」


あっさり言った。


「でも今は半分本音です」


「半分ってなんだ」


「もう半分は内緒です」


あかりが、くすりと笑った。


俺は、その笑いに何も返せなかった。




8:それぞれの夜


**奏パート**


夜。


自宅に戻って、椅子に座っていた。


月の配信を見返す気になれなくて、パソコンの電源も入れていない。


スマホに、理央からメッセージが来た。


「今日の作戦、どうだった?」


少し考えてから返す。


「疑惑は薄れたと思う」


理央から返信。


「でも、あかりちゃんの顔、俺には"まだ疑ってる"に見えたけど」


画面にメッセージが流れていく。


「……たぶん、完全には消えてない」


「じゃあ意味なかったってこと?」


「時間を稼いだだけだ」


しばらく間があって、理央から来た。


「なぁ、奏。一個だけ聞いていい?」


「なんだ」


「お前、あかりちゃんのこと、どう思ってんの」


俺は画面を見たまま、止まった。


返信しない。


しばらくして、メッセージが来た。


「まぁいいや。おやすみ」


既読をつけて、スマホを伏せた。


(どう思ってる、か)


天井を見上げた。


答えは、出てこなかった。


でも——出てこないこと自体が、答えなのかもしれない、と思った。


よぎった考えを、打ち消した。




**あかりパート**


ベッドの上。


イヤホンを両耳に差して、スマホを持っている。


左耳には——今日の配信の録音。


右耳には——前回のアーカイブ。


(……やっぱり)


違う。


違うのに。


(どこが違うんだろう)


声?


トーン?


笑い方?


あかりは目を閉じた。


今日の配信を見ながら感じた、あの違和感。


「大人っぽい」と思った。


「いつもと違う」と思った。


論理では説明できない。


奏は目の前にいた。


ルミナは配信していた。


同時に、存在していた。


だから別人だ。


そうだ。


そのはずだ。


なのに。


(なんで)


あかりはイヤホンを片耳だけ外した。


右耳に、いつものルミナの声が流れている。


「……ありがと。今日も来てくれて、本当に嬉しかった♡」


声が耳に落ちる。


(……誰かに似てる)


誰だろう。


誰の声だっけ。


「またね。おやすみ〜」


配信が終わる。


静寂。


あかりは天井を見た。


月の言葉が、蘇る。


「近づきすぎない方がいいよ」


誰に?


ルミナに?


それとも——


あかりは目を閉じた。


奏の顔が浮かぶ。


今日、月と笑っていた顔。


「素の感じがした」と思った、あの瞬間。


(……分からない)


(全部、分からなくなってきた)


でも——


(どうして奏くんを見ると、ルミナちゃんを思い出すんだろう)


あかりはスマホを胸の上に置いた。


答えは、まだない。


でも——


(次のデートで、もう少しだけ)


(近づいてみよう)


推しに、じゃなくて。


水瀬奏に。


その思考に気づいて、あかりは目を開いた。


(……あれ)


自分でも、驚いていた。


「推しに近づく」ためじゃなく。


「奏くんに近づく」ために、会いたいと思っている。


(……いつから)


それがいつからなのか、あかりには分からなかった。




**月パート**


帰宅。


電気をつけずに、部屋に入った。


スマホを充電器に刺して、ソファに座る。


(……あの子)


今日のあかりの顔が、浮かぶ。


「私の好きだったライバーさんも、引退した人がいて」


「その人のこと、守れなかったな、って、ずっと思ってて」


(……そうか)


月は目を閉じた。


守れなかった、か。


その言葉の重さを——月は、知っていた。


守れなかった側じゃなく。


守られようとしていた側として。


(あの子は、たぶん)


(気づいてない)


自分が何に近づこうとしているのかを。


(……いつか、話せるかな)


スマホに、理央からメッセージが来た。


「今日はお疲れ様でした。またよろしくです」


月は少し笑って、返信した。


「奏くんのこと、ちゃんと見ておいてあげて」


「あの子、そのうち自分の気持ちに気づくから」


理央から返信。


「あの子って、どっちの話ですか」


月は、それには返さなかった。




"疑惑は薄れた。でも、何かが混ざり始めた。"


——彼女の中で、推しへの執着と、彼氏への感情が、初めて区別できなくなった夜だった。(つづく)

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