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推しVの中の人が俺だと知らない彼女と偽装交際したら、特定されかけてるんだが。  作者: あじ


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第1話:偽装彼氏はじめました

1:遊園地デート


(……なんで俺、こんなところにいるんだ?)


目の前には、ゆっくりと変わっていく景色。


夕暮れの空を背景に、ゴンドラが規則正しく昇っていく。


そして向かいの席には——


「見てください、あれ! 海、すごくきれいです!」


無駄にテンションの高い女子。


ボブカットの黒髪を揺らしながら、窓に張り付くようにして外を見ている。


「ねぇ、今日の私どうですか?」


観覧車のゴンドラの中で、彼女——星宮ほしみやあかりは、くるりと一回転した。


ふわりと広がるスカート。日差しを透かす白いブラウスに、髪が肩で揺れる。


文武両道、品行方正、クラスでも人気の優等生。


どこからどう見ても、“完璧なデートの相手”だ。


「……似合ってると思う」


俺……水瀬奏みなせかなでは、無難すぎる感想を返す。


学校ではそこそこ顔が良くて、そこそこモテる”完璧風イケメン”として振る舞っている。


——全部、演技だが。


するとあかりは、ぱあっと顔を明るくした。


「ほんとですか! よかったぁ……!」


両手を胸の前でぎゅっと握るその仕草は、年相応に可愛らしい。


……表面上は。


(帰りてぇ……)


心の底から、そう思った。


なんで俺が、休日にわざわざこんな場所に来ているのか。


しかも、クラスでも人気上位の美少女と、だ。


普通なら勝ちイベントだろう。


だが残念ながら、これはそういう話じゃない。


(こいつは俺の彼女でもなんでもない。ただの——監視対象だ)


観覧車が、ゆっくりと上昇していく。


外の景色が広がるにつれて、あかりのテンションも上がっていく。


「わぁ……すごい……! ねぇ、水瀬くん! あそこ灯台じゃないですか? 写真で見たことあるやつ……!」


「……そうかもな」


適当に相槌を打ちながら、俺は窓の外ではなく、彼女の横顔を見ていた。


——こいつは危険だ。


頭のネジが何本か外れている、という意味で。


「やっぱり、こういう場所っていいですね。推しと来られたら最高なんですけど……」


「…………」


出た。


推し。


この女の口から、三分に一回は出てくる単語。


「水瀬くんって、やっぱり詳しいんですよね?」


「何が?」


「その、えっと……ほら」


あかりは声を潜めて、身を乗り出してきた。


距離が近い。普通の男子なら動揺する場面だ。


だが俺は、別の意味で心臓がバクバクしていた。


「“天音あまねルミナ”のこと」


小声で囁かれた名前。


その瞬間、背筋に冷たいものが走る。


(やめろ、その名前をそんな近距離で出すな)


「最近、活動時間ちょっとズレてるじゃないですか。あれって、やっぱり何か事情があるんですよね?」


「……さぁな。俺は知らない」


「えぇ〜? でも水瀬くん、“関係者っぽい”じゃないですか」


「どこがだよ」


「なんとなくです!」


満面の笑みで言い切った。


根拠はないはずだ。


だが、この女の場合——それが一番厄介だった。


(勘だけで核心に近づいてくるタイプかよ……)


星宮あかり……俺のクラスメイト。


成績優秀、運動神経抜群、性格も明るくて人当たりがいい。


教師からの評価も高く、クラスでは中心的な存在。


——そして。


推しに対する重度のガチ恋オタク。


それも、かなり拗らせたタイプの。


「私、絶対に守りたいんです」


あかりは、窓の外を見ながら言った。


「ルミナのこと」


「……そうか」


「変な炎上とか、悪い人に目をつけられたりとか、そういうの全部から」


その声は、さっきまでの明るさとは少し違っていた。


まっすぐで、妙に真剣で。


そして、少しだけ揺れていた。


以前のあかりなら、もっと軽く言えたはずの台詞だ。


でも今は——どこか、傷口に触れるような声になっている。


(……何かあったな、こいつ)


俺はそれ以上踏み込まない。


踏み込む理由が、ない。


(お前が一番危ないんだよ)


喉まで出かかった言葉を、飲み込む。


こいつは本気だ。


本気で、“推しを守る側”の人間だと思っている。


だからこそ——


(絶対にバレるわけにはいかない)


もし、こいつに知られたら。


天音ルミナの正体が、俺だと知られたら。


どうなるかなんて、考えたくもない。


観覧車が、頂上に近づいていく。


ゴンドラの中に、短い沈黙が落ちた。


その静寂を破ったのは、あかりだった。


「あの……水瀬くん」


「なんだ」


「その……改めて、なんですけど」


あかりは少しだけ頬を赤くして、こちらを見た。


「付き合ってくれて、ありがとうございます」


「……ああ」


「最初はびっくりしましたけど……。でも、すごく嬉しかったです」


「…………」


その言葉に、俺はほんの一瞬だけ言葉を失う。


——こいつは知らない。


あの告白が、どれだけ歪んだ理由で行われたのか。


あの日。屋上で——


(……いや、今はいい)


思考を打ち切る。


観覧車が、ゆっくりと下降を始めた。


再び窓の外を見ているあかりを眺め、俺は小さく息を吐く。


(……全部、監視のためだ)


こいつが、これ以上”余計なこと”をしないように。


そのために、俺は嘘をついた。


——「好きだ」と。


たった一言で、状況をコントロールできると思った。


なのに。


(なんでこんな面倒なことになってるんだよ……)


向かいの席を見る。


あかりは嬉しそうに、スマホで外の景色を撮っていた。


その横顔は、どこまでも無防備で……


そして、どうしようもなく楽しそうだった。


(……最低だ。俺って)


俺は気を取り直し、もう一度だけ心の中で繰り返した。


(これは、ただの偽装だ)


そう、ただの——


偽装のはずだった。


それが今、俺はゴンドラの中で、逃げ場ゼロの状況に追い込まれている。


(推しのストーカー予備軍と偽装カップルとか、人生どこで間違えた……)


観覧車はゆっくりと下降していく。


逃げ場はない。


話題もない。


精神的にも落ち着かない。


(……そもそも、なんでこうなったんだっけ)


俺は視線を逸らしながら、過去を思い出す。


(——全部、あの日のせいだ)




2:配信の夜


【回想:2週間前】


レンタルスペースの小さな部屋。


防音材が貼られた壁と、簡易的な照明。


机の上にはマイク、オーディオインターフェース、ノートPCなどが並んでいる。


奏は深く息を吐いて、ヘッドセットを装着した。


(よし……切り替えろ)


スマホの電源を切る。


学校の”水瀬奏”を、ここに置いていく。


代わりに開くのは、配信ソフト。


アバターが画面に映る。


金色の髪、柔らかく光る瞳、ふわっとした雰囲気の——美少女キャラ。


天音ルミナ。


それが、俺のもう一つの姿だ。


いわゆる”バ美肉”ってやつ。


別に女装したいわけじゃないけど、この方がウケがいいし、スパチャも集まる。


でも不思議と——


(こっちの方が、楽なんだよな)


学校での”イケメン役”よりも、よっぽど自然に振る舞える。


理由は、分かってる。


“水瀬奏”は作り物だ。


明るく振る舞って、空気を読んで、誰にでも感じよく接して——それが、俺がずっと続けてきた処世術だ。


でも”天音ルミナ”は違う。


誰かを演じようとして作ったわけじゃない。


……最初は遊び半分だった。


でも気づいたら、ここでだけ——笑い方とか、言葉の選び方とか、全部が自然になっていた。


(……なんで学校じゃできないんだろうな)


答えは分かってる。


学校は、ミスが許されない場所だから。


一度”キャラ崩れ”したら、そのあとが面倒くさい。


学校では、中2の冬に一度だけキャラを崩して泣き言を漏らしたら、「水瀬くんでもそんな顔するんだ」って引かれて、クラス中の視線が冷たくなった。


あの時から完璧を演じ続けるしかなくなった。


でもここでは——誰も俺の正体を知らない。


(ちょっとくらい、素でいられる)


軽く喉を鳴らす。


「……あー、あー……」


低い地声から、滑らかに持ち上げる。


息の抜き方、共鳴の位置、声帯の締め方。


何度も繰り返してきた”変換”。


これが一番のリスク管理だ。


機械のボイスチェンジャーは使わない。


機材トラブルがあれば一発でバレる。


あと——なんか俺のプライドが負けた気がするから。


それに素の発声から作った”別の声”だから、崩れにくい。


「……みんな〜、聞こえてるかな?」


声は、完全に女。


地声じゃない、メラニー法で作った”もう一つの声”。


奏は、小さく笑った。


配信ボタンにカーソルを合わせる。


カウントダウンが、始まった。


「はいっ、今日もあなたの心にログイン♡ 天音ルミナだよ〜」


配信が始まると、コメント欄が一気に流れ始める。


《きたぁぁぁぁ!》

《ログインされた〜》

《今日も助かる》

《待ってた》


「みんな〜、今日もおつかれさま♡ ちゃんと来てくれて、えらいえらい」


自然と笑みがこぼれる。


この瞬間だけは、“演じてる”という感覚が薄れる。


「えっとね、今日はちょっとだけ雑談してから〜、軽く歌おうかなって思ってるんだけど……いい?」


《何でもいい》

《声聞けるだけでいい》

《一生雑談してて》


「ふふ、ありがと〜♡  じゃあまず、今日の報告からいこうかな」


ルミナは雑談を続けながら、コメントを拾って絡んでいく。


「“ゆーくん”、今日も来てくれたの? ありがと〜♡  ちゃんとご飯食べた?」


《食べた!》

《食べてない》

《ルミナが食べさせて》


「も〜、ちゃんと食べなきゃダメだよ? 約束ね?」


(……なんでこんな自然に出るんだろうな)


頭のどこかで、冷静な自分が呟く。


でも、それを上書きするように言葉が続く。


「“さとしさん”、先週の続き? もちろん覚えてるよ〜、あの話でしょ?」


《覚えてるのかよw》

《ガチで見てくれてる》

《こんなん好きになるわ》


(こういうの、ちゃんと覚えてると喜ぶんだよな)


自然に、コメントを”選んで”いる自分がいる。


それは計算でもあるし、同時に——


(……普通に楽しい)


雑談を続けていると、スパチャが飛んできた。


《@lumi_love ¥5000 ルミナは天使》


「えっ、スパチャ!? ちょっと待って読むね♡」


わざと少し大げさに、声のトーンを上げる。


「“ lumi_love”さん、ありがと〜! そんなにくれるの? 大丈夫? 無理してない?」


《無理してる》

《全財産です》

《むしろ安い》


「ダメだよ〜、ちゃんと自分の生活も大事にしてね? ……でも……ありがと。すごく嬉しい」


ほんの少しだけ、声を落とす。


——この”間”が効く。


(……こういうとこ、分かってやってるよな)


自覚はある。


でも。


(それで救われるやつがいるなら、いいだろ)




3:推しとの遭遇


適当にコメントを拾いながら、会話を回す。


ゲームはしない。歌も軽く。


基本は——雑談。


距離感を詰めるための配信。


そうして高速で流れるコメントの中に、見覚えのあるハンドルネームが現れる。


《@a.k.a_rin73  今日もかわいい》


スパチャはない。


短い一文だけ。


(ああ、この人)


何度も見てる名前。


ほぼ毎回、来てる。


でも——


(いつも、こんな感じなんだよな)


「“a.k.a_rin73”さん、いらっしゃい。今日も来てくれてありがと〜」


軽く拾う。


それ以上は触れない。


《呼ばれた》

《古参だ》

《名前覚えられてるの強い》




* * *


画面の向こうで、そのコメントを書いた少女は……


画面を見つめたまま、息を止めていた。


(……呼ばれた)


胸が、少しだけ熱くなる。


でも同時に、苦しくなる。


(スパチャできたら、もっと話せるのに)


財布の中身を思い出す。


先月、推しの関連グッズに使いすぎた。


それより前は、誕生日スパチャに奮発した。


そのたびに後悔して、そのたびにまた散財する。


このループから抜け出せない理由を、あかりは分かっていた。


(……あの炎上が、なければ)


半年前。


あるVtuberが、悪意ある切り抜きで叩かれた。


本人は何も悪くなかった。


文脈を無視した切り抜きと、それに乗っかった大勢の人間によって、その人の配信は終わった。


あかりは、その光景や配信者の謝罪動画をリアルタイムで見ていた。


(守れなかった)


ファンとして何かできたはずなのに。


もっと早く動けたはずなのに。


あの無力感が、今もまだ胸の底にある。


だから天音ルミナの配信を見るたびに思う。


(この人は、守らなきゃいけない)


その感情は、恋とか推しへの愛着とか、そういう単純なものだけじゃなかった。


半分は——償いに似た何かだった。


(もっと近くにいられたらいいのに)


あかりは、キーボードに指を置く。




4:不穏な気配


配信は何事もなく平穏に進んでいた。


「今日ね〜、ちょっとお出かけしてきたの」


《どこ行ったの?》


「んーとね、駅の裏に最近できた白い壁のカフェ!」


《カフェ巡り?》

《甘いもの好きそう〜》


「そうそう! パンケーキがふわふわでさ〜♡  しかも平日の昼なのにめっちゃ空いてて、穴場だったよ!」


コメントが盛り上がる。


——その中に、ひとつ。


《@a.k.a_rin73  それ〇〇のカフェじゃない?》


(……あ)


拾わない。


拾えない。


このコメント、地名を具体的に示している。


(こいつ、この近辺に住んでるのか?)


気を取り直して、平静を装う。


「今度一緒に行きたい人〜? ……なんてね♡」


《行きたい!》

《俺も!》


「ふふ、みんな欲張り〜♡」


配信は、いつも通り平和に進む。


——この時は、まだ。


「それでさ〜。うっ、ケホッ」


軽く咳き込む。


(やべ)


一瞬だけ、声の支えが崩れた。


ほんの僅かに、地声に寄る。


《今ちょっと低くなった?》

《それも良い》

《ギャップたまらん》


(気づくなよ)


「も〜、そういうの細かく聞きすぎ〜♡」


笑って誤魔化す。


でも、画面の向こうにいる”誰か”は、それを聞き逃していない。


配信も終盤に近づく。


「じゃあ最後に、ちょっとだけ歌って終わろうかな」


《きた》

《神回》

《助かる》


バラード寄りのボカロ曲。


優しくて、どこか寂しい旋律。


歌いながら、ふと思う。


(こういう時間が、ずっと続けばいいのに)


現実よりも、この空間の方が——


(ちゃんと、呼吸できる)


歌い終える。


「……ありがと。今日も来てくれて、本当に嬉しかった♡」


コメントが高速で流れる中、配信の終わりを告げるジングルが流れる。


「またね。おやすみ〜」


配信終了。


部屋に静寂が戻る。


マイクの電源を落とす。


「……はぁ」


声が元に戻る。


(……終わった)


だが、その顔には——


学校で見せる”完璧な笑顔”とは違う、少しだけ柔らかい表情が残っていた。


(やっぱ、こっちの方がいいな)


奏は満足げな笑みを浮かべ、機材を片付け始めた。




5:違和感の萌芽


翌日の朝。


俺は重い足取りで、教室の椅子に腰掛けた。


「おはよう! 水瀬くん!」


「今日もかっこいいね!」


周りを女子生徒が取り囲み、話しかけてくる。


俺は笑顔を貼り付けてテキトーに相槌を返す。


ふと教室の一角を見ると、星宮あかりが友人と話していた。


「ねぇ聞いて。昨日の天音ルミナの配信!」


「またその話?」


「絶対、この辺にいると思うんだよね〜」


俺は何気なく耳を傾ける。


(またこいつか)


「カフェの話しててさ、“駅裏の白い壁の店”って言ってたの。それ、私がこの前行ったカフェと一致してるんだよね」


「偶然じゃないの?」


「ううん、他にも怪しいところがあって……」


目が真剣すぎる。


(……ちょっと怖いな)


俺は彼女を訝しみながらも、ただの熱心なファンの戯言だろうと視線を戻す。


あのカフェ発言は失敗だった、と内心で反省しながら。




* * *


「今日も配信あるかな〜。いつもなら2日連続で配信があるはずなんだよね〜」


あかりが嬉しそうに友達と話しているのが、また耳に入ってきた。


(まだ話してるのかよ、こいつ……)


俺は内心で苛立ちながら、聞き流そうとしていた。


——だが、その時。


「……今日はないと思うけど」


俺は、無意識に口にしていた。


——沈黙。


「え?」


あかりが振り返る。


「なんで?」


「……勘」


「ふーん」


納得していない顔。だが、あかりは興味を失ったように、再び友人との会話に戻っていった。


その日の夜。あかりはスマホ片手に自室のベッドに寝転び、配信を心待ちにしていた。


——だが、配信はなかった。




* * *


さらに翌日。


「水瀬くんだっけ? 昨日ほんとに天音ルミナの配信なかったね」


あかりが俺の席に来て、話しかけてきた。


俺はめんどくさそうに、適当にあしらう。


「機材トラブルか何かでしょ」


また、無意識に言う。


「……なんでそれ分かるの?」


「いや、なんとなく……」


あかりの目が、変わる。


ほんの少しだけ。


(しまった)


咄嗟に視線を手元のスマホに落として無視を決め込むが、遅かった。


あかりはそれ以上は聞いてこなかった。


ただ——


「……そっか」


小さく呟いて、自分の席に戻っていった。


その背中を見ながら、俺は思う。


(こいつ、今何を考えた?)


俺はスマホを取り出すと、メッセージを打ち始めた。


(アリバイ工作、しておくか……)




6:あかりの決意


授業が始まり、退屈な教師の声が聞こえてくる。


だが、あかりの頭は妙に冴え渡っていた。


(あの人、何か知ってる)


あかりは考えていた。


天音ルミナの配信。


発言。


時間帯。


場所。


全部を、頭の中で整理する。


(配信は毎日22時前後)

(昨日は中止)

(彼はそれを知っていた)


偶然?


それとも——


(関係者?)


胸が高鳴る。


推しに近づくチャンス。


そして同時に。


(守らなきゃ)


誰かに特定される前に。


変な炎上が起きる前に。


——でも。


(私が特定しようとしてるのも、同じじゃないの?)


一瞬だけ、その考えが頭をよぎる。


でも、すぐに打ち消した。


(違う。私はルミナを傷つけたいわけじゃない。守りたいだけだ)


その決意は、本物だった。


そして同時に——どこか、歪んでいた。


その時、あかりのスマホの通知にメッセージが現れた。


フォローしているルミナのアカウントの、新着投稿の通知。


《みんな、昨日はごめんなさい! 機材トラブルで配信できなくて……。この埋め合わせの配信は必ずやるからね!》


あかりは画面を見ながら、思考を巡らせる。


(ルミナの投稿……。水瀬くんはこれを見て?)


チラッと奏の方に目をやると、一瞬目が合った。だが、すぐに彼は窓際へと目を逸らした。


(私の考えすぎかな。でも……)


あかりは再び、考察へと意識を向け始めた。




7:奏の決意


その日の昼休み。


あかりはスマホとにらめっこしていたかと思うと、友達に呼ばれて席を立った。


売店に行ったのだろう。


俺は、あかりのスマホが机に置きっぱなしなことに気づいた。


画面が、ついたまま。


見ようとしたわけじゃない——見えてしまった。


SNSのアカウントと、プロフ画面が映っている。


アカウント名は「@A_lumi_watch」


フォロワーは、すでに三桁を超えていた。


画面の下半分には、投稿の下書きを打ち込んでいる途中だった。


『天音ルミナはこのエリア在住の可能性が高い

カフェ発言と一致してる

あと一歩で特定できる』


(……は?)


血の気が引く。


(こいつ、ガチでヤバい)


冗談じゃない。


しかもフォロワーが三桁——この情報が広まったら、他の人間まで動き出す。


このまま行けば——


(俺の平和な日々が、終わる)


俺は自分の席に戻ると、頭をフル回転させた。


(こいつは危険だ。放置したら詰む……)


選択肢を整理する。


配信をやめる?

——やめたくない。あそこは俺にとって唯一まともに息ができる場所だ。


引っ越す?

——無理がある。それに情報はもう拡散し始めてる。


無視する?

——最悪の選択肢だ。こいつは放っておけば自分で動く。


直接脅す?

——もっと最悪だ。関係が悪化した状態の方が一番怖い。


だとすれば——


(手元に置くしかない)


傍に置いて、動向を把握して、余計なことをしないように誘導する。


それが一番現実的だ。


その瞬間、一つの考えが俺の頭に降りてきた。


(やるしかない……)




8:完璧な告白


放課後の屋上は、やけに静かだった。


フェンス越しに見える夕焼けが、やたらときれいで——こういうの、告白には都合がいい。


俺は深く息を吐いた。


(ここで決める)


目の前には、呼び出した星宮あかり。


さっきまで”例の件”で冷や汗をかかされた張本人。


——危険すぎる。


このまま放置すれば、確実にどこかでやらかす。


だから。


「……星宮」


「はい?」


振り返る彼女の顔は、いつも通り明るくて。


——だからこそ、やりづらい。


「……俺、お前のことが好きだ」


束の間の沈黙。


風の音だけが通り過ぎる。


「……え?」


あかりの目が、ぱちぱちと瞬いた。


(よし、食いついた)


ここからだ。


嘘でもいい。形だけでもいい。


とにかくこいつを”手元に置く”。


それが一番安全だ。




【あかりの視点】


——好き。


今、そう言った?


水瀬くんが?


私に?


(え、待って、なんで?)


頭の中が一瞬で真っ白になる。


だけど、すぐに別の思考が浮かぶ。


(……でも、この人)


これまでの会話の違和感が蘇る。


機材トラブルのことを、公式発表より先に知っていた。


配信が休みになることを、事前に知っていた。


ルミナの近くにいなければ知るはずのないことを、この人は知っている。


(やっぱり、関係者だ)


間違いない。


“天音ルミナ”の。


(つまり——)


心臓が、ドクンと鳴る。


(これはチャンスだ)


「……私で、いいんですか?」


自分でも驚くくらい、冷静な声が出た。


本当は、もっと混乱してるのに。




* * *


「いいに決まってるだろ」


(いいわけないだろ)


切なげな表情を顔に貼り付けたまま、内心で吐き捨てながら、俺は言葉を重ねる。


「ずっと気になってたんだ」


(今日初めてちゃんと認識したわ)




* * *


あかりは少し顔を赤らめて、奏の顔を見つめる。


(ずっと……?)


その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


でも、それ以上に——


(この人と付き合えば)


推しに近づける。


確実に。


そしてもうひとつ。


(……守れるかもしれない)


この人がルミナの関係者なら。


傍にいれば、もし何かあった時に動ける。


あの時できなかったことを、今度こそ。


「……私も」


あかりは、ほんの少しだけ視線を逸らした。


「水瀬くんのこと、もっと知りたいです」


(“天音ルミナ”のことも)




* * *


「……じゃあ、付き合ってくれるか?」


「はい」


即答だった。


俺は安堵を胸に秘めたまま、あかりを見つめた。


(よし、囲った! これで監視できる)


あかりは柔らかな笑みを浮かべた。


(よし、繋がれた! これで推しに近づける)


夕焼けの中で。


誰がどう見ても”完璧な告白”は、こうして成立した。


——最悪な動機のままで。




9:観覧車の中で


——そして現在。


「楽しいですね、観覧車」


「そうだな」


(楽しいわけあるか)


あかりは窓の外を見ながら言う。


「この景色、推しと見られたら最高なんですけどね〜!」


(見てるよ。俺だよ)


その時、あかりのスマホから通知音が鳴った。


《天音ルミナ配信アーカイブ開始!》


「やばっ! アーカイブ始まってた!」


(あー、そういえばタイマーでこの時間にアップするように予約してたな……)


画面を見たあかりは、一瞬でテンション爆上がり。


デートよりも推しの配信の方が大事なようだ。


「ごめんなさい! 5分だけいいですか!?」


あかりはスマホを覗き込み、その場で配信を視聴し始めた。


(俺、目の前にいるんだが?)


ゴンドラの中で、スマホをガン見している彼女と、それを見つめる彼氏。


シュールな光景だった。


あかりは動画を一時停止すると、満足げにスマホをしまい、奏を見つめた。


「水瀬くんって、優しいですよね」


「……そうか?」


「うん。私のことを見守っててくれるし。なんか、いろいろ知ってそうだし」


(やめろ、その言い方)


「……ルミナの声って、不思議ですよね」


「何が?」


あかりは少し考えるように首を傾けた。


「柔らかいのに、どこかしっかりしてる感じ。女の人の声なんですけど、骨格がある、っていうか……うまく言えないけど」


(……やめろ)


「聴けば聴くほど、なんかこう……」


あかりは言葉を探して、窓の外を見た。


「知ってる声、みたいな気がするんですよね」


背筋に、冷たいものが走る。


「……気のせいだろ」


「そうですよね、そうだと思います」


あかりは笑った。


「でも——水瀬くんの声も、私……好きですよ」


(っ……!)


俺は腕で顔を隠すように覆う。顔が赤いのは、夕日のせいに違いない。


彼女の笑顔は、なぜかとても眩しかった。


そしてその笑顔の裏には、まだ何かが隠されているように見えた。


観覧車は、それぞれの想いを乗せたまま、ゆっくりと回り続けた。




10:デートのあとで


二人の初デートは滞りなく終わり、駅で別れることになった。


「じゃあ、また学校で……」


「ああ、わかった」


あかりが手を振って、ホームから電車へと乗り込んだ。


俺は手を上げて、それを見送る。


彼女の姿が見えなくなると、俺は小さなため息をついた。


(まぁ、初めてにしては上出来だろ)


俺はそのまま電車に乗り、いつも配信に使っているレンタルスペースへと向かった。


この間の配信ができなかった分の埋め合わせをしなくては。




* * *


奏がルミナとして配信を開始した頃、同時にあかりも視聴を始めていた。


いつもと同じ、推しのライブ配信。


でも、何かが今までと違う気がする。


同じ声、同じ口癖、同じ息づかいのはずなのに……


(……あれ?)


あかりの脳裏に一人の人物の顔が浮かぶ。


だがそれは、あり得ない話だ。


配信の中でルミナが笑う。


その笑い声の、ほんの最後の一音。


(……似てる)


(でも——まさか、ね)


(そんなわけ、ないよね)




“偽装恋人は、推し本人だった。”


——まだ、彼女は気づいていない。(つづく)

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