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異世界転移というけれど…  作者: 橘吟香
第三章
59/66

3-9

 今夜の野営地へ向かう雨の中、せっかくなのでS級冒険者だというアルさんから冒険者について、いろいろと話を聞かせてもらった。

 どういった所が依頼を出すのか、依頼の内容はどんなものがあるのか、依頼を受ける人数や期間、賃金、労働時間、休暇といった労働条件等々。

 尚、健康保険や労災、年金、退職金制度はない模様。

 年金は江戸時代の大奥ですらあった制度なのに。

 解せぬ。

 結構細かく聞いたけど、アルさんは嫌な顔一つせずに丁寧に答えてくれた。

 もちろん、冒険者ギルドについてもあれこれ聞いてみた。

「冒険者ギルドって、冒険者じゃなくても利用は可能なんですか?」

「うん。大丈夫だよ。どうして?」

「実は、祖父がこんな物を残していまして……」

 アルさんに背を向けて、【空間収納】から適当に宝石や魔石を取り出し、見せてみる。

「これは……」

「生前祖父が、生活に困ったらこれを売って足しにすればいい、と言っていたんですが、私にはその価値が分からなくて」

 これまたアルさんは一つ一つ手に取って、真剣な表情で丁寧に見てくれる。

 私の隣で、彼がハラハラしながらその様子を眺めていた。

「……正確な金額は俺にも分からないが、かなりの値段で売れる品だと思うよ」

 おお。さすが竜賢さんの遺産。

 めっちゃ頼りになります。

 大切に持っておくといい、そう言ってアルさんは返してくれる。

「あ。あと、鑑定とかもしてもらえるんですかね?」

「もちろんしてもらえるが……例えば?」

「これです」

 被せていた布をはらりと捲り、ショッキングピンクの卵を1個だけ見せる。

 その色にびっくりしたのか、アルさんは一瞬だけ目を見開いた。

 けれど、何事もなかったかのようにまじまじと卵を観察し始める。

 隣で彼が大きく息を吸って止めていた。

「―――確認なんだが、これを、何処で見つけたのかな?」

「森の中です」

 魔物から逃げている時に見つけたんだよね。

 すっごく昔のように感じるけど、実はたった4日前のことだったりする。

「……うん。まぁ、鑑定は――してもらえるが……」

「アルさんは、この卵がどんなモノなのか分かりますか?」

「―――いや。ちょっと、断定は出来かねる……かな」

 ふぅ~ん。

 S級のアルさんでも分からないことがあるんだ。


「アルさんは、どうして冒険者になったんですか?」

「んー、性に合ってたからかな」

 そうか。やっばり、向き不向きってあるのね。

 私は大丈夫かなぁ。

「冒険者って――誰でもなれるものなんですか?」

「そうだな。語弊はあるが登録すれば誰でもなれる。ただ、その分辞めていく者も多い。残っている者は冒険者になるしかなかった者か、余程の訳ありばかりかな。俺が言うのもなんだが、あまりおススメはできない職業だよ」

 訳ありかぁ。

 それに関しては私にぴったりなんだけどなぁ。

「――実は私……冒険者になりたいんです」

「は?」

「ちょ、ちょっと待ってください!主!」

 それまで静かに聞き役に徹していた彼が、ものすごく慌てた様子で食いついてくる。

 ついでに赤兎馬もびっくりした様子で振り向いてくる。

「なに?」

「なに?じゃありません――主は、身分証を作るために、デルナダへ行かれるのではなかったのですか?」

「そうだよ?」

「では……何故に冒険者になりたいなどと戯ご……失礼、おっしゃるのですか?」

 ――おい、貴様。

 今、戯言って言おうとしたな。

 誤魔化してもそれくらい分かるぞ。

「だって、私、無職だもん」

「……」

「生活するには先立つモノが必要でしょ?それを稼ぐためには働かないと」

「先程見せてもらった宝石や魔石を売れば良いのでは?」

 結構な金額にはなるぞ、とアルさんは言うけれど、

「あれを売ったところで、一生食べていけるわけでもないでしょう?」

 まぁ、竜賢さんの遺産は一生どころか、人生3回やったって無くなったりしないんだけどな!

「それは、そうですが……」

 よりによって冒険者……と、彼は何故かフラフラ状態だ。

 正直、アルさんの具体的な話を聞いて、不安がないわけではない。

 でも、こう言っては何だが、彼ともアルさんともデルナダに着けばお別れだ。

 住む場所は当面宿で良いかもしれないけど、生活していくにはなるべく早く手に職を付けなくてはならない。

 生活は衣食住だけじゃないからね。

 情報だって必要なのだ。

「すまん。一旦状況を整理させてくれ」

 アルさんが眉間の深い皺を押さえながら確認してきた。

「――つまり、キミは、身分証を取得するためにデルナダに向かっている、と……」

「はい。祖父が身分証を作ってくれなかったので」

「で、自分の力で生きていくために冒険者になりたい、と……」

「はい。今は良くても、いずれは働かないと、安定した生活はできないので」

「――俺の意見を言わせてもらってもいいかな?」

「是非!」

「――うん。寝言は寝て言おうか」


 そこからはアルさんの説得という名のお説教が始まった。

「あのな――”冒険者”はキミが思っているほど甘いものじゃない。さっきも言ったが、冒険者ギルドが受ける依頼はランクに合わせてピンキリだ。薬草採取や荷物運び、有害動物の駆除、魔物の討伐だってある。動物・魔物に関して言えば解体作業が必須だ。単独で受けて1日で終わる依頼もあれば、集団で7日間薄暗い所に籠らなきゃいけない時だってある。得られる賃金も非常に不安定だ。2日3日、飯はおろか風呂に入れないことだってある。キミに耐えられるか?」

「無理ですっ!」

「威張らない。――おじいさんは止めなかったのか?」

「私がなりたいなら止めはしない、と……」

 応援してくれたもん。

 そのためにいろいろ教えてくれたもん。

「いや、じーさん、そこは止めようか。全力で」

「私もそう思います」

 なんでそこだけ同調するんだよーぅ。

「――あの……私も、無理なのは薄々分かっているんです。でも、どうしてもなりたいっていうかやってみたいっていうか……」

 せっかく異世界に来たんだもん。

 憧れの冒険者になってみたいじゃん。

 だって、私が目指すのは『スローでライフな冒険者』なんだもの!

 あ。もちろん『迷い人』や『神聖力』のことも調べますよ?

「私、アルさんみたいにS級になりたいわけではないんです。一生薬草採取でも良いんです」

「……確かに、薬草採取も重要な依頼だけどな」

「重いものは苦手だけど腰を痛めないようにして頑張ります。解体は……正直、やってみないと分からないけど、たぶん大丈夫だと思います。魔物の討伐は怖いから受けません」

「それもどうかと思うが……」

「――3ヶ月。3ヶ月やってみて”冒険者”という職業が私に合わなかったらスパっと諦めて、他の職を探します」

「……」

「――それでも、ダメですか?」

「……」

 腕を組んだアルさんが、もの凄く眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

 隣の彼も言葉なく、しかし、祈るように見守っている。

 赤兎馬は何故かふんすふんすと鼻を鳴らしている。

 長い沈黙の後、心の底から吐き出したような深く重い溜息をついたアルさんは、渋々と言ったように、

「…………条件付きなら……」

 竜賢さんに続いて、S級冒険者からお許しが出たことに、天にも昇るような私とは対照的に、彼がふらりと倒れそうになりながら「……勘弁してクダサイ……」と小さく呟いた。

 それにつられたのか、赤兎馬の歩みが少しだけ遅くなった。




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