3-9
今夜の野営地へ向かう雨の中、せっかくなのでS級冒険者だというアルさんから冒険者について、いろいろと話を聞かせてもらった。
どういった所が依頼を出すのか、依頼の内容はどんなものがあるのか、依頼を受ける人数や期間、賃金、労働時間、休暇といった労働条件等々。
尚、健康保険や労災、年金、退職金制度はない模様。
年金は江戸時代の大奥ですらあった制度なのに。
解せぬ。
結構細かく聞いたけど、アルさんは嫌な顔一つせずに丁寧に答えてくれた。
もちろん、冒険者ギルドについてもあれこれ聞いてみた。
「冒険者ギルドって、冒険者じゃなくても利用は可能なんですか?」
「うん。大丈夫だよ。どうして?」
「実は、祖父がこんな物を残していまして……」
アルさんに背を向けて、【空間収納】から適当に宝石や魔石を取り出し、見せてみる。
「これは……」
「生前祖父が、生活に困ったらこれを売って足しにすればいい、と言っていたんですが、私にはその価値が分からなくて」
これまたアルさんは一つ一つ手に取って、真剣な表情で丁寧に見てくれる。
私の隣で、彼がハラハラしながらその様子を眺めていた。
「……正確な金額は俺にも分からないが、かなりの値段で売れる品だと思うよ」
おお。さすが竜賢さんの遺産。
めっちゃ頼りになります。
大切に持っておくといい、そう言ってアルさんは返してくれる。
「あ。あと、鑑定とかもしてもらえるんですかね?」
「もちろんしてもらえるが……例えば?」
「これです」
被せていた布をはらりと捲り、ショッキングピンクの卵を1個だけ見せる。
その色にびっくりしたのか、アルさんは一瞬だけ目を見開いた。
けれど、何事もなかったかのようにまじまじと卵を観察し始める。
隣で彼が大きく息を吸って止めていた。
「―――確認なんだが、これを、何処で見つけたのかな?」
「森の中です」
魔物から逃げている時に見つけたんだよね。
すっごく昔のように感じるけど、実はたった4日前のことだったりする。
「……うん。まぁ、鑑定は――してもらえるが……」
「アルさんは、この卵がどんなモノなのか分かりますか?」
「―――いや。ちょっと、断定は出来かねる……かな」
ふぅ~ん。
S級のアルさんでも分からないことがあるんだ。
「アルさんは、どうして冒険者になったんですか?」
「んー、性に合ってたからかな」
そうか。やっばり、向き不向きってあるのね。
私は大丈夫かなぁ。
「冒険者って――誰でもなれるものなんですか?」
「そうだな。語弊はあるが登録すれば誰でもなれる。ただ、その分辞めていく者も多い。残っている者は冒険者になるしかなかった者か、余程の訳ありばかりかな。俺が言うのもなんだが、あまりおススメはできない職業だよ」
訳ありかぁ。
それに関しては私にぴったりなんだけどなぁ。
「――実は私……冒険者になりたいんです」
「は?」
「ちょ、ちょっと待ってください!主!」
それまで静かに聞き役に徹していた彼が、ものすごく慌てた様子で食いついてくる。
ついでに赤兎馬もびっくりした様子で振り向いてくる。
「なに?」
「なに?じゃありません――主は、身分証を作るために、デルナダへ行かれるのではなかったのですか?」
「そうだよ?」
「では……何故に冒険者になりたいなどと戯ご……失礼、おっしゃるのですか?」
――おい、貴様。
今、戯言って言おうとしたな。
誤魔化してもそれくらい分かるぞ。
「だって、私、無職だもん」
「……」
「生活するには先立つモノが必要でしょ?それを稼ぐためには働かないと」
「先程見せてもらった宝石や魔石を売れば良いのでは?」
結構な金額にはなるぞ、とアルさんは言うけれど、
「あれを売ったところで、一生食べていけるわけでもないでしょう?」
まぁ、竜賢さんの遺産は一生どころか、人生3回やったって無くなったりしないんだけどな!
「それは、そうですが……」
よりによって冒険者……と、彼は何故かフラフラ状態だ。
正直、アルさんの具体的な話を聞いて、不安がないわけではない。
でも、こう言っては何だが、彼ともアルさんともデルナダに着けばお別れだ。
住む場所は当面宿で良いかもしれないけど、生活していくにはなるべく早く手に職を付けなくてはならない。
生活は衣食住だけじゃないからね。
情報だって必要なのだ。
「すまん。一旦状況を整理させてくれ」
アルさんが眉間の深い皺を押さえながら確認してきた。
「――つまり、キミは、身分証を取得するためにデルナダに向かっている、と……」
「はい。祖父が身分証を作ってくれなかったので」
「で、自分の力で生きていくために冒険者になりたい、と……」
「はい。今は良くても、いずれは働かないと、安定した生活はできないので」
「――俺の意見を言わせてもらってもいいかな?」
「是非!」
「――うん。寝言は寝て言おうか」
そこからはアルさんの説得という名のお説教が始まった。
「あのな――”冒険者”はキミが思っているほど甘いものじゃない。さっきも言ったが、冒険者ギルドが受ける依頼はランクに合わせてピンキリだ。薬草採取や荷物運び、有害動物の駆除、魔物の討伐だってある。動物・魔物に関して言えば解体作業が必須だ。単独で受けて1日で終わる依頼もあれば、集団で7日間薄暗い所に籠らなきゃいけない時だってある。得られる賃金も非常に不安定だ。2日3日、飯はおろか風呂に入れないことだってある。キミに耐えられるか?」
「無理ですっ!」
「威張らない。――おじいさんは止めなかったのか?」
「私がなりたいなら止めはしない、と……」
応援してくれたもん。
そのためにいろいろ教えてくれたもん。
「いや、じーさん、そこは止めようか。全力で」
「私もそう思います」
なんでそこだけ同調するんだよーぅ。
「――あの……私も、無理なのは薄々分かっているんです。でも、どうしてもなりたいっていうかやってみたいっていうか……」
せっかく異世界に来たんだもん。
憧れの冒険者になってみたいじゃん。
だって、私が目指すのは『スローでライフな冒険者』なんだもの!
あ。もちろん『迷い人』や『神聖力』のことも調べますよ?
「私、アルさんみたいにS級になりたいわけではないんです。一生薬草採取でも良いんです」
「……確かに、薬草採取も重要な依頼だけどな」
「重いものは苦手だけど腰を痛めないようにして頑張ります。解体は……正直、やってみないと分からないけど、たぶん大丈夫だと思います。魔物の討伐は怖いから受けません」
「それもどうかと思うが……」
「――3ヶ月。3ヶ月やってみて”冒険者”という職業が私に合わなかったらスパっと諦めて、他の職を探します」
「……」
「――それでも、ダメですか?」
「……」
腕を組んだアルさんが、もの凄く眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
隣の彼も言葉なく、しかし、祈るように見守っている。
赤兎馬は何故かふんすふんすと鼻を鳴らしている。
長い沈黙の後、心の底から吐き出したような深く重い溜息をついたアルさんは、渋々と言ったように、
「…………条件付きなら……」
竜賢さんに続いて、S級冒険者からお許しが出たことに、天にも昇るような私とは対照的に、彼がふらりと倒れそうになりながら「……勘弁してクダサイ……」と小さく呟いた。
それにつられたのか、赤兎馬の歩みが少しだけ遅くなった。




