3-8
デルナダに向かっている途中で雨に見舞われたという”喋る熊”さんは、単に髭をあたってなかっただけの、れっきとした人間でした。
私よりも50cmは背が高くて体格の良い、濃い藍色の髪に深い紫色の瞳をした熊さんは、向かう方向が同じということもあって、
「無償で乗せてもらうのも悪いから、報酬代わりに街までの護衛を引き受けよう」
と言ってくれた。
ほら。良い人じゃん。
なのに、彼は首の後ろの毛を逆立てた猫のようにピリピリしている。
疑り深いなぁ。
ほら。肩に担いでいたゴツい大剣を、私達から離れた所に置いてくれているじゃないか。
というか、その大剣、私の身長と同じでは?
「今更ですけど、ご迷惑ではなかったですか?」
「何が?」
安心させるためか、私たちからちゃんと距離を取り、荷台の隅で濡れた大剣を拭きながら、熊さんは私の質問に首を傾げる。
「荷馬車に誘ったことです」
「あぁ、そのことか。さっきも言ったが助かったよ。この天候だと、もうしばらくすると本降りになりそうだったからな」
え?そうなの?
彼と顔を見合わせて、空を見上げる。
言われてみれば、行く先にある山の上には、分厚い灰色の雲がかかっているような……
「キミたちはこの先にある野営地を目指しているのかな?」
「はい」
「だったら少し急いだ方が良い」
「というと?」
「朝から歩いていて、少なくとも3台の馬車が通り過ぎて行った。おそらく彼らもこの先の野営地で早めに陣を取るだろう。だが、あそこの野営地はあまり広さがない。キミたちが到着する頃には夜営できない可能性がある」
普段はもう少し先にある、広さも十分な野営地が人気なんだけど、天気が悪い時は万一のために、今いる所から近い場所を目指すんだって。
野営地は着いた順で良い場所が埋まっていくから、今から行く私たちは完全に出遅れになるみたい。
「今日の野営地まで、あとどれくらい掛かりそう?」
手綱を握る彼に訊いてみる。
「そうですね……雨の中、この荷馬車でこれ以上の速度を出す事は難しいので……夕刻前には到着、と言ったところでしょうか」
すみませんと、申し訳なさそうに彼が謝る。
それはキミのせいではないから、謝る必要はないのだよ?
赤兎馬にも無理はさせたくないしね。
「このペースだと、到着した頃は土砂降りだろうな」
天気が読めない私と彼の代りに熊さんが答えてくれた。
そんな中で夜営の準備はイヤだなぁ。
さて、どうしたものか。
灰色の雲を眺めながら、今夜の宿泊地のことを考えていると、熊さんが1つの提案をしてきた。
「――この先に、キミたちが向かっている野営地とは別に、穴場の野営地がある。俺はそこに向かおうとしていたんだが……キミたちもどうだろうか?もしよければ、そこに案内……」
しようか?と熊さんが言う前に、彼がものすごい勢いと形相で振り返る。
ついでに赤兎馬も振り返る。
但し、こちらは彼が勢い余って強く手綱を引いたせいだったので、少し迷惑そうだ。
数秒間2人が、というか、彼が一方的に睨んでいると、熊さんが困ったように肩をすくめて両手を挙げる。
「――…他意はない。本当に。お前さんのご主人が、濡れるのを嫌がっているように見えたんでな」
「………」
いやいや。
私は濡れるのが嫌なんじゃなくて、濡れながら夜営の準備をするのが嫌なだけなんですが。
だって、準備をするのは私ではなくて、主に彼なんだもん。
って、言うような雰囲気じゃないな。こりゃ。
「こんなナリだから警戒されるのも仕方ない。では、これならどうだろう。――ほら」
そう言って、ゆっくりとした動作で胸元から一枚の黒いカードを差し出す。
隣で一瞬、彼が息を止めたのが分かった。
「ブラックカード……」
え?銀行の?じゃなくて?
この世界にもそんなカードがあるの?
差し出されたカードを両手で受け取り、思わず礼をしてしまう。
おっと失礼。これは名刺ではなかった。
わあ。高級感のある黒地に金文字のブラックカードとか、初めて見た。
めちゃくちゃオシャレでかっこいい!
てか、言葉に続いて文字が読める!
やっぱり、この世界の女神さまは偉大だ。
街の礼拝所に行ったら、たんまりお布施しよう。
「アルさん――とおっしゃるんですね」
「あぁ」
他に何が書いてあるんだろうと読んでみれば、何かの番号と何処かの名前、そして――
「え?アルさんって、冒険者なんですか?」
ぱっと顔をあげてカードとアルさんを交互に見やる。
「そうだな。長く冒険者を生業としている」
凄い!本物の冒険者なんて初めてみた!
「しかもS級です」
「S級?」
「冒険者のランクが一番上で、黒はその証です」
「すごっ!」
なんでも、冒険者カードは偽造ができないらしいので、そこでアルさんの身元は証明されたわけだ。
彼の眉間の皺は取れなかったけど。
ちなみに、カードに記載されていた『何処かの名前』は、アルさんが所属しているギルド名なんだとか。
「私は身分証を持っていないので、お見せする物がないんですけど……」
「――いや。見せる必要はないよ」
冒険者カードを返しながらそう言うと、アルさんは苦笑気味に必要性を否定してくれる。
ふむ。どうやら見せたら見せ返す、といった文化でもないらしい。
「そうなんですね。じゃぁ――私も名乗った方が良いですか?」
「うーん、キミがしたいのなら止めはしないが……」
隣で彼が、穴場の野営地を聞いた時よりもものすごい勢いで首を振っている。
「……止めておいた方が良さそうだ」
「……そうみたいですね」
なんでだろ?
後で理由を聞いてみよう。




