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異世界転移というけれど…  作者: 橘吟香
第三章
58/66

3-8

 デルナダに向かっている途中で雨に見舞われたという”喋る熊”さんは、単に髭をあたってなかっただけの、れっきとした人間でした。

 私よりも50cmは背が高くて体格の良い、濃い藍色の髪に深い紫色の瞳をした熊さんは、向かう方向が同じということもあって、

「無償で乗せてもらうのも悪いから、報酬代わりに街までの護衛を引き受けよう」

 と言ってくれた。

 ほら。良い人じゃん。

 なのに、彼は首の後ろの毛を逆立てた猫のようにピリピリしている。

 疑り深いなぁ。

 ほら。肩に担いでいたゴツい大剣を、私達から離れた所に置いてくれているじゃないか。

 というか、その大剣、私の身長と同じでは?

「今更ですけど、ご迷惑ではなかったですか?」

「何が?」

 安心させるためか、私たちからちゃんと距離を取り、荷台の隅で濡れた大剣を拭きながら、熊さんは私の質問に首を傾げる。

「荷馬車に誘ったことです」

「あぁ、そのことか。さっきも言ったが助かったよ。この天候だと、もうしばらくすると本降りになりそうだったからな」

 え?そうなの?

 彼と顔を見合わせて、空を見上げる。

 言われてみれば、行く先にある山の上には、分厚い灰色の雲がかかっているような……

「キミたちはこの先にある野営地を目指しているのかな?」

「はい」

「だったら少し急いだ方が良い」

「というと?」

「朝から歩いていて、少なくとも3台の馬車が通り過ぎて行った。おそらく彼らもこの先の野営地で早めに陣を取るだろう。だが、あそこの野営地はあまり広さがない。キミたちが到着する頃には夜営できない可能性がある」

 普段はもう少し先にある、広さも十分な野営地が人気なんだけど、天気が悪い時は万一のために、今いる所から近い場所を目指すんだって。

 野営地は着いた順で良い場所が埋まっていくから、今から行く私たちは完全に出遅れになるみたい。

「今日の野営地まで、あとどれくらい掛かりそう?」

 手綱を握る彼に訊いてみる。

「そうですね……雨の中、この荷馬車でこれ以上の速度を出す事は難しいので……夕刻前には到着、と言ったところでしょうか」

 すみませんと、申し訳なさそうに彼が謝る。

 それはキミのせいではないから、謝る必要はないのだよ?

 赤兎馬にも無理はさせたくないしね。

「このペースだと、到着した頃は土砂降りだろうな」

 天気が読めない私と彼の代りに熊さんが答えてくれた。

 そんな中で夜営の準備はイヤだなぁ。

 さて、どうしたものか。

 灰色の雲を眺めながら、今夜の宿泊地のことを考えていると、熊さんが1つの提案をしてきた。

「――この先に、キミたちが向かっている野営地とは別に、穴場の野営地がある。俺はそこに向かおうとしていたんだが……キミたちもどうだろうか?もしよければ、そこに案内……」

 しようか?と熊さんが言う前に、彼がものすごい勢いと形相で振り返る。

 ついでに赤兎馬も振り返る。

 但し、こちらは彼が勢い余って強く手綱を引いたせいだったので、少し迷惑そうだ。

 数秒間2人が、というか、彼が一方的に睨んでいると、熊さんが困ったように肩をすくめて両手を挙げる。

「――…他意はない。本当に。お前さんのご主人が、濡れるのを嫌がっているように見えたんでな」

「………」

 いやいや。

 私は濡れるのが嫌なんじゃなくて、濡れながら夜営の準備をするのが嫌なだけなんですが。

 だって、準備をするのは私ではなくて、主に彼なんだもん。

 って、言うような雰囲気じゃないな。こりゃ。

「こんなナリだから警戒されるのも仕方ない。では、これならどうだろう。――ほら」

 そう言って、ゆっくりとした動作で胸元から一枚の黒いカードを差し出す。

 隣で一瞬、彼が息を止めたのが分かった。

「ブラックカード……」

 え?銀行の?じゃなくて?

 この世界にもそんなカードがあるの?

 差し出されたカードを両手で受け取り、思わず礼をしてしまう。

 おっと失礼。これは名刺ではなかった。

 わあ。高級感のある黒地に金文字のブラックカードとか、初めて見た。

 めちゃくちゃオシャレでかっこいい!

 てか、言葉に続いて文字が読める!

 やっぱり、この世界の女神さまは偉大だ。

 街の礼拝所に行ったら、たんまりお布施しよう。

「アルさん――とおっしゃるんですね」

「あぁ」

 他に何が書いてあるんだろうと読んでみれば、何かの番号と何処かの名前、そして――

「え?アルさんって、冒険者なんですか?」

 ぱっと顔をあげてカードとアルさんを交互に見やる。

「そうだな。長く冒険者を生業としている」

 凄い!本物の冒険者なんて初めてみた!

「しかもS級です」

「S級?」

「冒険者のランクが一番上で、黒はその証です」

「すごっ!」

 なんでも、冒険者カードは偽造ができないらしいので、そこでアルさんの身元は証明されたわけだ。

 彼の眉間の皺は取れなかったけど。

 ちなみに、カードに記載されていた『何処かの名前』は、アルさんが所属しているギルド名なんだとか。

「私は身分証を持っていないので、お見せする物がないんですけど……」

「――いや。見せる必要はないよ」

 冒険者カードを返しながらそう言うと、アルさんは苦笑気味に必要性を否定してくれる。

 ふむ。どうやら見せたら見せ返す、といった文化でもないらしい。

「そうなんですね。じゃぁ――私も名乗った方が良いですか?」

「うーん、キミがしたいのなら止めはしないが……」

 隣で彼が、穴場の野営地を聞いた時よりもものすごい勢いで首を振っている。

「……止めておいた方が良さそうだ」

「……そうみたいですね」

 なんでだろ?

 後で理由を聞いてみよう。





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