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「――…は……」
「は?」
「はつげんを……おゆるし、いただいても……よろしいでしょう、か……」
「どうぞ?あ。その前に訊いても良い?」
「は、はい……」
「昨日から気になってたんだけど、その、”発言を……”っていう前口上、何?」
「え――…?」
私の質問に彼の目がきょとんとなる。
この人は何を言っているんだろう?という目だ。
すまないねぇ。
本当に昨日から気になっていたんだよ。
話したいことがあるなら話せばいいのにって。
でも彼、この前口上を言わない限り、自分から発言はしてこないんだよね。
「……奴隷は、ご主人様の許可なく、発言をすることが、禁じられておりまして――」
あーー、そーゆーことか。
発言しないんじゃなくて、できないのか。
え?そんなこともダメなの?
「ごめんなんだけど、私と話してる時はソレ、いいから」
「いい……とは?」
「”やらなくても良い”ってこと。ソレがあると会話が進まないんだもん。――で?」
質問の続きを促すために、手のひらを軽く向けて「どうぞ」と示す。
「あ……はい――…その……”ご主人様ではない”というのは……一体、どういう意味、なのでしょうか……」
「言葉通りの意味だよ」
私の顔色を窺うような彼をまっすぐ見つめながら。
正直。それ以上でも以下でもないんだけどね。
ハーブティーを一口飲んで落ち着く。
彼にも勧めたけど、どうやらそれどころではないらしい。
「私は、昨日、この集落の神父さんからキミを契約書、それと鍵と一緒に押しつ……ん゛ん゛……預けられたの」
「預けられた……」
「あ。だからと言って、私はキミを奴隷扱いしないよ?そこは安心して良いからね?」
「あ、は……ぃ?」
ゆーて何度も言うけど、奴隷の扱い方とか知らないしね。
「とは言っても、主人でもない私がキミを持っているわけにもいかないから、どうしようかな?って考えてたんだけど……」
持っていたカップをテーブルの上に置き、両手で包んでゆっくりとくるくる回す。
「私――、用事があって、次の街に行かなくちゃいけないのよね」
「は、ぃ……」
「そこでキミを、ちゃんとした所に預け直した方が良いかなって思ってるんだけど……どうかな?」
彼の目を見て小首を傾げる。
そう。
昨日、神父さんも言っていたではないか。
『奴隷商』――と。
響きは悪い上に良い印象は全くないけれど、彼らは専門家だ。
知識のない素人の私の手に負えないなら、まずは専門家に相談してみれば良いのだ。
「ど、ぅ……と、おっしゃっても……」
確かに神父さんは「奴隷商も引き取らない程の……」と言っていたけど、ここまでキレイになったんだもの。
文句はないでしょ。
「私としては、主人になる気もない人間が奴隷を持つっていうのも、変な話だと思うわけよ」
「いえ、主人になる気がない方も、奴隷をたくさんお持ちですが……」
「でも、そんな……やる気のない主人に仕えたくないでしょ?」
「いえ、やる気のない主人もたくさんおります」
「そうなの?でも、そもそも私、奴隷を持つ気はないし」
「え?」
……ん?
彼、すっっごく驚いた顔してるけど、一体、どこに驚く要素があるかな?
「――…あの……質問を、お許しいただいても……」
「どーぞー?」
「主人になる気も、奴隷を持つ気もない、とおっしゃるのであれば――何故、私にそこまでしてくださったのでしょうか……」
「そこまで、とは?」
「私を洗ってくださいました」
「え?汚れてたら洗わない?」
「……」
緊急時なら仕方がない。
しかし、私は清潔好きな日本人。
それ以外だったら一日二日が限界だ。
「で、では――キズの手当てをしてくださったのは……」
「――ケガしていたら、手当てするのは当たり前じゃない?」
あんなに痛そうだったんだよ?
化膿したらヤバいじゃん。
「食事を、与えてくださったのは……」
「あの状態で、私だけご飯食べるとか、私、そこまで意地汚くないよ?」
そもそもあの量、一人じゃ食べきれなかったし。
「……」
「……」
あれれ?
私、変なこと言ったかな?
彼、目を見開いて、すっごく、固まってるけど。
「――…ひ……」
「ひ?」
「ひどい……っ!ひどすぎます!!」
「どこら辺が?!」
突然テーブルに突っ伏して、彼は文字通り泣き崩れた。
肩を震わせ、しゃくりあげながら、何度も口を開いては言葉を飲み込む。
どれくらいそうしていただろうか。
ようやく絞り出すように、彼が口を開く。
「ご……ご、しゅじん、さま、は……わたしの、ご主人さまでは、ないのです、ね……」
「――うん。そうだね」
「そして……私を、いらないと、おっしゃるんですね……」
「言い方が違うけど、そう、だね……」
「それなのに、優しい手を差し伸べるだけ差し伸べて、突き放す――っ!」
「いや、だから、言い方よ……」
突き放す、じゃなくてちゃんとした所に預けるって言ってるんだけど……
私、そこまでひどいこと言った?
文字通り泣き崩れる彼に、なんと声をかけていいのか分からず、思わず、背中をさすってしまう。
「困ったな、もう……そんなに泣かないでよ。目が溶けちゃうよ?」
いかん。
これだと小さな子供を慰めているようだ。
彼はれっきとした成人男性。
もっと他の、慰め方が……
「――…男の人が泣いていいのは、財布を落とした時と、両親か、大切な人が亡くなった時だけだよ?」
「――…さいふは……奴隷なのでもちあわせておりません……両親も、今はどうなっているか、わかりません……ようやく巡り逢えた、大切なご主人様だと思った方に……今、まさに捨てられそうです――っ」
藪蛇だった―――!!




