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若コカトリスのもも肉の包み焼き

 

「悪いなタイチ、この帰還ポータル三人用なんだ」


 七歩先の距離で寄り集まった三人の足元に転送の魔術の印が光を放っていた。

 ……えっ?


「ちょっ、待っ……」


 慌てて駆け寄ろうとした時には既に遅かった。

 三人の姿は無数の光の筋となって空の彼方に消えていった。


 光が収まると後には何も残っていなかった。仲間たちも魔術の痕跡も消え失せて、森の木が落とす不気味な暗がりの下で名前も知らない毒草が揺れていた。

 ギャ──ッと空気を引き裂くような得体の知れない鳥の鳴き声がどこからともなく響き渡った。


「嘘だろ……」


 俺はパーティーから捨てられて、魔物ひしめく森の奥に置き去りにされていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「うう……。ここどこだよ……」


 薄暗い森の下を俺はさ迷っていた。


 東京から突然この世界に転移させられて三か月が経つ。その間帰る方法を探してはいたもののちっとも見つからない。

 とりあえずメシを食わないと死ぬもんだから就職先も一緒に探したんだが、手に職のない俺にできることと言ったら自分の体を張るくらいしかなかった。


 この世界の住人たちはみんな生まれつき『スキル』という特殊能力を持っている。で、俺も実は転移したときにスキルをもらっていた。【毒無効】というやつだ。

 このスキルは自分自身に毒が効かないだけじゃなくて、『パーティー』という連帯を組むとその仲間にも効果が波及する。

 【毒無効】スキルを活かせる道は目の前には一つしかなかった。やる気さえあれば誰でもできる肉体労働者──『冒険者』というやつだ。


 このスキルは冒険者にとってはなかなか有用だった。おかげで俺はあちこちのパーティーの端っこに入れてもらって、日銭を稼いで暮らすことができた。それで当面のところは上手く回っていたんだが……。

 好事魔多しってやつだな。油断した。俺は組んだばかりのパーティーの連中に裏切られて森林型ダンジョンの奥底に置き去りにされてしまった。


 仲間との紐帯を何より大切にする冒険者の中に、まさかパーティーメンバーを見捨てる奴らがいるとは思わなかった。

 あいつら最初から俺を利用だけしてポイするつもりだったんだ……。


 クソッ、ここはどこだよ……。

 行けども行けども森は果てるともなく続く。日は当たらない。助けてくれる人もない。進む先がこちらで合っているのかもわからない。

 まるで俺の人生そのものだ。いい年して泣きそうだ。


 ホーホーとかギャーギャーとか、知らない鳥の声がする。ゲッゲッゲッゲッ……、鳥だかカエルだかわからん声もする。あっちこっちからガサガサと何かの動物が茂みをかき分けて歩く音が聞こえてくる。俺は怯えながら歩いた。

 持ってきた食材は全部食っちまって、バックパックの中には火起こしと塩しか入っていない。水筒はとっくにカラだ。外には調理用の手鍋を縛り付けている。後は腰にナイフが一本あるだけだ。

 俺は剣の代わりにナイフを抜いて、盾の代わりに手鍋を構えた。何て頼りない装備なんだ。


 その時、目の前の藪がガサリと動いた。


 俺はビクッと警戒した。……ところが、藪の中から出てきたのは仔犬だった。いや、犬じゃなくて狼かな? 足が太い。

 群れからはぐれたのか、それともこいつも捨てられたのか。よほど独りが寂しかったのだろう、その白い狼の子供は狼のくせにすり寄ってきた。


「一緒に来るか?」


 俺はしゃがみ込んで仔狼の顎の下を撫でた。仔狼は俺の手に頬をすり寄せながら心細げに鳴いた。


 道連れができて少し気持ちが楽になった。それからしばらく、俺は後ろについてくる仔狼を気にしながら進んだ。

 それにしても腹が減ったな……。最後にメシを食ってから何時間が経っただろうか。少なくとも半日は経過してると思う。その間水もろくに飲んでいない。

 食い物を探さないと帰る前に死にそうだ。そればっかだな、俺。


 一時間も歩いただろうか? また目の前の藪が動いた。今度は猫か何かかな?

 俺はまたも油断していた。藪の下からのそりと姿を現したのは鶏だった。いや、鶏に似たモンスターだった。毒々しい赤と緑の羽毛に彩られたそいつは──


 コッ、コカトリスだ!


 体は鶏に似ているんだけど、とさかとか羽毛とかがやたらいかつい。足のウロコも尖ってる。羽根は皮膜のようだし尻尾がヘビだ。そして鶏のくせに大型犬くらいの大きさがある。

 でも、前に他のパーティーと見たコカトリスは人間よりもデカかったな。こいつはまだ子供だろう。鶏で言えば一歳未満の若鶏ってとこか?


 いやのんきに見てる場合じゃない、ヤベッ! これ会ったら死ぬやつだ! 何で死ぬかっていうと石化の視線とか毒のある爪とか、やたら殺意の高い能力を持ってるからだ。幼体とはいえ俺が勝てる相手じゃ──


「ギャ────ッ!」


 コケコッコーじゃねえのかよ! そいつは絶叫と共に目から怪光線を放った。【石化】のスキルだ。

 ヒエッ! 思わず手鍋に身を隠したらそこに当たって光が弾けた。金属には効かないらしい。

 コカトリスは間髪入れずに飛び掛かってきて、毒のある爪で蹴ってきた。ガコン! すごい音がした。

 ……ギャー! 鍋に穴が開いた、穴が! 光が漏れて爪の先が見えてる。こんなのに蹴られたら毒が効かなくても死ぬ!


「うおっ!」


 凄い力で鍋が引っ張られた。爪が引っかかって抜けなくなったようだ。うぎゃー! 噛みついてきた! 俺はとっさにのど輪を押さえた。左手で鍋を捻じって足を、右手で喉首を掴んで遠ざけようと必死で抵抗する。

 ……あ、ダメダメ、コカトリスの方が断然力が強い。目の前にコカトリスの顔が迫って嘴の中にびっしり生えた鋭い歯まで見える。死ぬ。


「ガウッ!」


 そしたら突然、猛然と吠えた仔狼が横から飛び掛かってコカトリスの首に噛みついた。


「ギエエエエエエエッ!」


 耳をつんざく悲鳴が響く。飛び散る鮮血が俺の顔に降りかかる。仔狼はコカトリスに噛みついたままぶら下がって離れない。

 コカトリスはジタバタ暴れてたけど段々力が抜けてきて、スッと動かなくなった。

 俺はコカトリスも手鍋も投げだして、尻もちをついたまま後ろに下がった。


 た、助かった……。


「お前のおかげだ。ありがとう──」


 俺は殊勲者を見た。コカトリスの血で口から胸まで真っ赤に染めた仔狼は地面に倒れていた。気がついたら仔狼も動かなくなっていた。いや、痙攣している。

 あ、もしかしてこれ、血も毒なのか?


 ヤバイ、死にかけてる、えーっと、どうしたらいいんだ……そうだ、パーティーだ! 人間は冒険者登録してないとパーティーに入れられないけどペットはオーケーだったはずだ。前に一緒に冒険した冒険者が鳥を飼っていて、偵察なんかに使っていた。


「おいこら、飼ってやるから助かれ!」


 どうやったら動物をパーティーに入れられるのかわからなかったけど、前足を掴んだら全身が淡い光に包まれた。お、パーティー成立のしるしだ!

 即座に【毒無効】スキルが発動した。毒が抜けたようで仔狼はすぐに頭を上げて立ち上がった。ちょっとフラフラしてたけど。


「よし、これでお前は俺の仲間だ! お前の名前は……白いからシロにしよう」


 前から犬飼いたかったんだよ。でも東京で独り暮らしじゃ無理だったからな。

 名前を付けると同じパーティーに入ったのがわかったのか、シロはクゥーンと小さく鳴きながら俺の手を舐めた。


 ほっと気が抜けてしばらくぼーっとしていたら痛いほど胃が縮こまってきた。そうだった、俺は腹が減っていたんだ。俺は地面に横たわるコカトリスを見た。

 これ、食えるんだろうか。

 ……いや、食えるか食えないかじゃないな。なんかそういうたとえ話があったはずだ。食ったら死ぬかもしれない毒だけど食わないとその前に飢えて死ぬ、ってやつ。あの状況だ。


 俺は指で輪を作って覗き込んでみた。

 コカトリスを倒したら【毒鑑定】というスキルが新しく身についていた。蜘蛛が教えられなくても巣の張り方を知っているように、誰に言われずともこのスキルの使い方が自然とわかった。

 このスキルを使うと安全な食材は青く光って見える。加熱したり水に晒したりしたら食えるものは黄色。煮ても焼いても食えない毒はぼぅっと赤く光って見える。


 輪の中でコカトリスの血は案の定赤い光を放っていた。いや血は赤いんだけど、何だか光ってた。コカトリス本体も赤かった。食うけど。


「ふんぬっ……」


 鶏の捌き方なんかわからん。しょうがないからモモのところで足を切り落とすことにした。ナイフでこう、無理矢理グリグリゴリゴリ断ち切る。で、皮にナイフで縦に切れ目を入れて、羽毛を皮ごと無理矢理剥ぎ取った。

 これでまあ何とか肉ができた。足一本でもデカいから食いでがあるぞ。


 さて、鍋に穴が開いてしまって煮炊きができない。とりあえず焼き鳥にしてみるか。……鳥なのか?

 俺は枝を拾って火を焚いた。そしてその辺の木の枝を折って、ナイフで削って串にした。それからモモ肉を小さく切って串に刺して塩を振って焼いてみた。

 表面に染み出た脂が焚き火に炙られてジュウジュウ言ってる。立ち昇る匂いに俺の腹はギュルギュル鳴いてる。めまいがして倒れそうだ。は、早く焼けろ……。


 よし、もういいだろ。俺はコカトリスの串焼きを食べた。

 うお……凄い弾力だ。そして噛みしめるごとに味わいが……永久に噛めるなこれ。臭みがなければ、だけど。

 コカトリスの肉はとにかく臭みが強かった。基本肉食なんだろうな……。鼻の奥がキッシュキッシュする感じの嫌な臭みが突き抜ける。まさか人間食ってないよな? ……深く考えるのはやめよう。


 我慢しながら串を三本食べてとりあえずの空腹を満たした。全然足りないけど、小腹が満ちたら臭み消しが欲しくなった。何かないかな? ネギとか生姜とか。

 指で輪を作ってぐるっと見回してみた。うーん、周り中赤い。毒のある植物しかねーぞ。


 まあ俺には毒があっても関係ない。何かいい感じの匂いのするものがないだろうか? 適当に葉っぱをちぎってみる……ダメだ、青臭いだけだ。

 山椒っぽいのとかないか? あるいはローリエみたいなのでもいい。俺は木の葉を適当にちぎっては匂いを嗅いで、捨てた。


 次々試しているうちに変な木を見つけた。いや木というか草というか、バナナみたいな大きな葉っぱが生えている。こいつもちぎってみたら……いや、青臭くないぞ、これ。

 指で輪っかを作って覗き込んでみるとボウッと赤く光って見えた。これも毒だ。毒だけど、何と言うかこう、いい匂いだ。かなりクミンっぽい。その中にナツメグ的なフレーバーがわずかに混ざっている。

 これで何とかならないかな? 俺はバナナの葉っぱをいい感じの大きさで切り取った。


 コカトリスのモモ肉に塩をきつめにすり込んで、この葉っぱで包み込んで適当なつる植物で結ぶ。地面に土を敷いて包みを乗せて、また土を被せる。そしてその上で火を焚く。しばらく待てば熱が通るだろう。


 俺がコカトリスに仕事をしている間、シロは残った胴体に齧りついていた。オオカミって肉じゃなくて内臓を食うんだっけか。でも仔狼のあごの力ではコカトリスの硬い皮を切り裂けないようだ。というかもう力が入らないのか。さっきは首に噛みついてたもんな。


 肉が焼けるのを待つ間に腹を割いて中身を出した。東京にいた頃なら気持ち悪いと思ったんだろうが……。んー、なんかもう空腹と絶望で感覚が麻痺してるな。

 バナナっぽい葉っぱを皿にして内臓を乗せてやる。


「ちょっと待て」


 待ちきれないシロの首根っこを押さえて待てを覚えさせる。

 反対の手に棒を持って焚き火を崩して、葉っぱの包みを取り出したところで許可を出してやった。


「よし、食っていいぞ」


 手を離したらシロは生レバーに飛びついて、すごい勢いでがっついた。こいつも腹が減ってたんだろう。

 俺は自分の肉に取り掛かった。すっかり焼けたつるにナイフの先を引っ掛けたら簡単に切れた。俺は包みを開いて、違うバナナの葉っぱを切り取って、そいつで焼けた肉をつかんだ。


「ほっ、ほっ、熱っつい」


 肉を目の前に持ってきたら湯気がほわっと顔に掛かった。

 うっわ、うっまそうな匂いがする……。何だ、この食欲をそそる香りは。空腹というスパイスのせいだけじゃない。町にいて満足していても我慢できないと断言できる。

 俺は震える手で肉にかぶりついた。


 ……!


「うっ……うおおおおおっ!」


 蒸し焼きみたいにしたせいか柔らかくなってる! 内側までほんのり火が通ったいい焼き加減だ。時間を掛けて焼いたおかげで余分な肉汁と一緒に臭み成分も流れ出て、その上でこの葉っぱが得も言えない香りを与えている。

 そして圧倒的な肉の旨味! 肉だ、肉の味だ。居酒屋で食った地鶏の比じゃない。歯ごたえのある肉の奥から嚙めば嚙むほど旨味が染み出してくる。自然の中でミミズだけ食って育った地鶏を三匹分まとめたらこんな味になるんじゃないのか? 大地の恵みを凝縮したってのはこういうことか。また疲れた体に塩が効く!


 手、手が止まらん。いや手に持って食ってるんだけど、とにかく止まらん。


「うっ、うまいっ! 旨いぞ──っ!」


 俺は泣きながら食べた。本当に涙が溢れ出ていた。

 こんな異世界に飛ばされて、魔物の森に置き去りにされた恐怖と絶望に晒されて、すきっ腹を抱えてさ迷って、おまけにモンスターに襲われて死にかけて……今度こそは本当に駄目かと思った。


 でも俺は今、生きている。


 俺は今、肉と一緒に生きているという実感を味わっていた。

新連載です。

よろしくお願いします。

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