第一話
俺の名前はアシベ・ヒロ。
──運び屋だ。
報酬次第でどんなにアブナイモノでも運んでみせる。
裏社会の住人に俺の名を知らない奴は居やしない。
そんな俺には毎日のように依頼がくる。
小さなモノから大きなモノ、かわいいモノからアブナイモノまで、さまざまだ。
おっと、そんな簡単にこの俺に依頼ができるとは思わない事だ。
プロ中のプロ、何があっても決してミスは許さない、この命に替えても、一度受けた依頼は必ず達成する。
そんな覚悟がある俺に依頼するのなら、依頼する側にもそれなりの覚悟が必要、ということだ。わかるだろう?
当然だが、裏社会の住人である俺に、普通の方法では連絡など出来はしない。
駅の掲示板にXYZの文字。
これは俺なりのオマージュだ。もちろんリスペクトありきの。当然だろう?
その三文字を俺が見たら、場所と時間の指定をそこへ書き足す。依頼者はそれを見て俺に会う。俺が考えた方法ではないが、なかなかいいアイデアだ。
書き込みを、気にする程度に待っていたが、俺はプロだ。やり方というものがある。
俺は駅前のファストフード店で書き込みされるのを張った。三週間。毎日だ。
コーヒー一杯で開店から閉店まで居るのはなかなか危険だ。裏社会の住人である俺の顔が覚えられてしまう恐れがあった。
危険を犯して続けるか、安寧の為に場所を替えるか。
精密機械の如き俺の脳内では、明日からどうすべきか計算されていた。具体的にはよくわからないが、とにかくシミュレートされていた。
その時だ。
初書き込みの瞬間はやってきた。
四十代そこそこか?まだこの世界からの卒業を諦めていないかのような虚な眼差しで、この世のルールなんて知らないっていう奴なんだと萎縮させるために駐禁場所に堂々と停めた残クレアル◯ァードから降りてくる姿。
盗んだバイクで走りだす幻想をいまだに抱いてそうだ、すげぇ、と相手の羨望を集める気満々の中途半端な金髪。
タンクトップから伸びる腕には「ほら?タトゥーだぜ?」と頑張って出した古き良きオラオラ感の切なさを殺せない謎の国の文字みたいな模様。
ピチピチパンツの後ろポケットに無理やり突っ込み、無くしちゃっても別に困らねぇし感を誰にともなく演出するハイブランドのニセ物だろ?それっていう長財布。
股関節の柔軟さを誇張し過ぎて周囲の笑いと油断を誘うようなあえての珍妙な歩き方。
間違いない。依頼人だ。
その程度のカムフラージュでこの俺の目は誤魔化せやしない。俺はプロなのだ。
俺の見立て通りその依頼人は掲示板の前で止まった。何やら考えているようだ。ここにきてためらっているのだろうが、致し方ないことだ。俺に依頼するということは、それほど覚悟が必要なのだ。
脇に抱えたバッグからタバコ…いや、加熱式タバコを取り出しセット。周囲を見回しながら吸い始めた。
落ち着きがない。それほど緊張しているのだろう。タバコの蒸気に気づいた初老の男が訝しげに見ている。依頼人はその男性を下から上まで何度も視線を往復して目視確認している。俺かと思ったのだろう。もちろんそんなわけないのだが間違われるのも心配だ。
どうしたものかと思っていたが、初老の男性は急に赤面した顔で何か言いたげに去っていった。そっちの趣味?に誘われていると勘違いしたのだろうか。
そうこうしているうちに依頼人が動いた。加熱式タバコから吸い殻を引き抜き足元に軽く叩きつける。
彼の家系に代々伝わる重要な儀式だったのだろう。覚悟を決めたのか、おもむろにホワイトボードに貼り付けられたペンを手に取り周囲を見回す。
この瞬間においても周囲の警戒を怠らない。さすがだ。
誰にも見られていない…その確認をしたのか目にも止まらぬ早さで書き始めた。
ふむ。間違いない。メッセージに気づいているのはこの世で俺しかいない。さっと書き終わると依頼人はすぐにいなくなった。この俺へのメッセージを書いたのが自分だと、バレるわけにはいかないからだろう。今回の依頼はなかなかにハードなものになりそうだ。
俺は湧き上がる不安、焦燥、期待、全ての感情を押し殺し席を立つと店を出た。すれ違った店員の表情がおよそ客商売をする人間のモノではなかったのが気になるが、何かあったのだろうか。可能であれば何かあったのか尋ねたい。そしてできることなら力になってあげたかった。それが裏社会で薄汚く生きる俺にできる、せめてもの償いだと思った。
しかし、今はそんなことは言っていられない。早くメッセージを確認しなければ落書きに埋もれてしまう。急がねば。
はやる気持ちを抑える。激しくビートを刻む心臓を抑えあくまで自然に、平静に歩く。
歩くのだ。両足が同時に地面から離れないように全力で歩く。多少の大きめな腕と腰の振りは気にするな。
ホワイトボードに到着した。メッセージはどこだ?
あった!これだ!WXY。早速時間と…。
ん?なんかイメージとちが…。
あぁ、縦書きなのか。
まぁいい、せっかくの依頼だ、ケチを付けるなんて野暮なことはしない。俺はプロだからな。
えーと、WXYの…横でいいかな?
右?左?右は…なんか書いてあるな、オメ…読めないな。暗号か?高度だな。左でいっか。
えー時間は…ろく…
書き始めた時のことだった。
「あああっ!だめだよお!」
「えっ…」
なんか見たことあるような初老の男性…。
「ここはそんな落書きするためのとこじゃないんだから!」
「いゃ、ちが…」
「しかもWXY…オメ(こ)…って、いまどき中学生でもそんな落書きしないよ?」
「ちょっとこっち来て!こっち!」
「あんたさ、いい歳してんだろ?やめなさいよ大人なんだからさぁ?」
「嫌なこといっぱいあるんだろうけどさぁ」
「みんな頑張って生きてんだよ」
「さっきもここでタバコ吸ってるのいたけどさ、あんたも同類になっちゃうよ?」
「いいかい?もうこんなこと二度とすんじゃないよ?わかったかい?」
「あ、はい…」
俺の名前はアシベ・ヒロ。
──運び屋だ。
報酬次第でどん…いや、今はいい…。
ネオンが一際輝きを放ち始めた夕暮れ。
俺は静かに家路につく。
「あ、今日はこれ購入でもう一本の日じゃん」
先週買ったペットボトルコーヒーのレシートを思い出しながら。
買ってすぐレジ脇のゴミ箱に入れたのを思い出したのは、
もらう気満々でレジに持っていったあとだった。
つづく?




