第1話 シュレイナ
私––––シュレイナ=ランゲーリントの住まうジェリア公国が建国してから352年。
ジェリア公国は隣国となった、ツーヴェル帝国と戦争をしていました。ツーヴェル帝国はここ一体の国の中では、随一の軍事力を持っていて目をつけられたら勝てないということは知れ渡っていました。
私はジェリア公国の伯爵家であるランゲーリント家の第一子として生まれました。このままジェリア公国が戦争に負けると、爵位や家名は落とされ下級貴族として生活する未来も見えていました。
そんな中、私はお父様の書斎に呼ばれました。なんのことだかわからない、と言いたいですがおそらくツーヴェル帝国との戦争についてなのでしょう。私は、戦々恐々としながらお父様の部屋へと向かいました。
「お父様さま、シュレイナです」
「シュレイナか。入りなさい」
書斎の椅子に座っていたお父様は、とても沈んだ顔をして俯いていました。表情もどことなく、痩けたように見えました。やはり、戦況が思わしくないのでしょうか。
「お父様……やはり、ツーヴェル帝国との戦況が思わしくないせいで、我が家にも影響が……?」
「いいや、シュレイナそうじゃないだ……」
お父様は私の質問に対して、顔を一旦上げて答えてくれましたが、また顔を覆ってしまいました。話を聞こうにも、顔の前に組んだ手に額を預けてしまっているせいで、顔色は窺えない。けれど、とてもですがいい報告があるようには見えません。
私は横にいた執事に目配せしましたが、彼も事情を知っているのか苦虫を噛んだような表情で口を固く閉ざしたままでした。お父様はゆっくりと椅子から立ち上がると、私を優しく抱きしめました。まるで、これが最後の別れと言わんばかりの様子でした。
「お父様……? 本当にどうなされたのですか?」
お父様は覚悟を決めた様でした。顔つきが変わり、私の両肩に手を乗せるとこう話始めてくれました。
「シュレイナ、申し訳ない……本当に、申し訳ない」
「お父様……? 私は謝られるようなことは何もしていないのですが」
状況がわからない私はキョロキョロとしたくなりました。お父様に両肩を押さえられているので、おそらく大事な話をしたいということなのでしょうが謝られてばかりでわかりませんでした。
「我がジェリア公国はツーヴェル帝国との戦争に負けた」
「……やはり、ツーヴェル帝国との戦争の話だったのですね……」
負けてしまった、とお父様が言うのだ。きっと軍部での会議や取り決めがあった上で通達があったのだろう。敗戦国というレッテルを貼られ、ツーヴェル帝国の領土の一部になるということは私も嫌です。
この平和だった我が国が、ツーヴェル帝国によって踏み荒らされ、無いものにされてしまうかもしれない。そんな未来が見えて、私は胸が痛くなりました。
「そうだ……だが、問題はそこではないんだ。そのせいで……そのせいで……」
「その、せいで……なんでしょうか?」
「シュレイナがツーヴェル帝国の皇太子であるツェヴァルト皇子と婚約を結ぶという条件を飲むことになったんだ……」
今度は私はハッと息を呑む番になりました。たしかに結婚はする予定でありましたが、ツーヴェル帝国との戦争でそんなことも言ってられず、私は侯爵家の三男との婚約は一度延期ということになりました。
「わた、くしが……ツェヴァルト皇子と婚約……ですか?」
婚約という2文字を聞いて、私は脳裏に何かがちらつくのを感じました。そして軽い頭痛に襲われました。きっと、よく思っていない敵国の皇太子との婚約に対して、拒否反応が出たのでしょう。そう思うことにして、お父様の話の続きを聞くことにしました。
「そうだ……シュレイナのためならと思い、私も掛け合ったがダメだった……これは戦争を終わらせるための条約に組み込まれているんだ……申し訳ない、飲んでくれ」
そう言ってお父様は私に頭を下げました。
「お父様!! 頭を上げてください!!」
そこでちらちらと脳裏に浮かんでいたものが、形になりました。目の前がスパークして、記憶の濁流が流れ込んできました。いや、こんな固っ苦しい言い方してる場合じゃない。わっちは、花魁であり平成から令和の夜を駆け抜けたキャバ嬢だったことを思い出した。
「お父様、わっ……私、ツェヴァルト様との婚約の役目、しかと受けますわ」
「そ、そんな……我が子を人質にするような不出来な親で申し訳ない」
わっちは、こんな政略結婚くらいでわっちの人生を潰すつもりはない。いや、むしろ相手のフィールドを全掌握することこそが、最善策なのでは? と思う。そんなことで、むしろ結婚には乗り気だった。わっちはしゃがんで、お父様の目線に寄り添い顔を上げさせる。そして、拳を両手で包み込む。
「お父様が心配することはありません。私はこのジェリア公国の代表として、ツーヴェル帝国に差し出されるのです。それに、私はこんなことでへこたれる女ではありません」
「だが……」
心配するお父様に対して、わっちはキャバ嬢時代に得たおっさんを唸らす上目遣いでお父様に対して畳み掛ける。普通の娘は父親に色仕掛けみたいなことなんか無いんだけど、今は事が事だ。
わざと吸う空気量を減らして顔を赤くして、目も瞬きをしないことで少し涙目にする。少しやりすぎかもしれないが、娘をどこぞの馬とも知らない相手に差し出すのだ。心配もするだろう。
「お父様……私は今までお父様に清く正しく育てられました。私はどこに行ってもお父様の娘ですし、ツーヴェル帝国の貴族ど……たちに遅れなどとりません。安心して送り出してくださいませ」
あぶな。貴族どもって言うとこだった。なんとか父親を落ち着かせ、政略結婚というものを受け入れさせた。政略結婚なんて、強者が弱者をねぶるだけだ。わっちは弱者になる気はない。
見てろよ、ツェヴァルト皇子。そう思ってわっちはお父様の書斎をあとにするのだった。




