勇者達[旅の目的]第6話
ざっぱぁー
ざっぱぁー
この季節の海岸は、高い波が打ち寄せ、人気が全くなく、強い海風が吹き付けてくる。
そんな海沿いの街道を寂しく走る馬車の姿があった。
「馬車の移動って、退屈だよね」
馬車の中でシェリーが、窮屈そうに足をバタつかせていた。
「まだ、旅は始まったばかりですよ」
ミンツがシェリーの正面で、俯きながら応える。なぜ俯いているかと言うと、シェリーが足を動かす度に、正面に座るシェリーのスカートの奥が見えていたからであった。
「シェリー、女性なんだから、もっとしをらしく座って下さい」
シェリーのだらしない姿に真里亜が指摘する。
「えぇ~、だってぇ~、馬車の中狭くて…」
「みんな同じで我慢しているんですから」
そんな二人のやり取りに、ツベリラが口を挟む。
「二人は初めて会ったにしては、打ち解けるのが早い様で、仲が宜しいんですね」
シェリーは組んだ足が外れ、思わずズッコケる。
「えっ、そうかしら。それより、ツベリラちゃんは彼氏とか、いい人いないの?別に神に仕えてたって、恋人くらい居てもいいでしょ」
シェリーの言葉に、ツベリラは顔を真っ赤にして口をパクパク、
「えっこっこっ‥居ません。私は神に身を捧げている修行の最中。その様なふしだらな考え、私は持ち合わせていません」
シェリーは、座りながら前屈みになり、上目遣いでツベリラを覗く。
「えぇー。ここにだって、男が居るしどうなの?」
突然の振りに、ツベリラも馬車の後部に乗る男達も、目が泳いでしまう。
「なっなにを言って‥」
「ちょっちょっちょっと‥」
そんな時。
ひひーん。 ざざざ。
馬車が急停車し、後ろに乗るミンツ達一行は、体勢を崩し、座りながらもフラつく。その直後、馬車の御者をしていたバゼルとローゼンのうち、ローゼンが幌を捲り、緊張の走る低い声で危険を知らせる。
「お出でなすったぜ」
ローゼンの言葉を聞き、後部に乗る誰もが、状況を理解し、各々の武器を握り立ち上がった。只1人を除いては…
「えっ?何々、どうしたの?」
ツベリラはキョロキョロと、周りの素早い行動に戸惑い、出遅れてしまう。
全員が表に出ると、ローゼンが近くの森を指差しており、指し示す方角に目線を動かすと、10体程の動く人型の生き物が近付いて来るのが分かった。その姿は、茶緑掛かった肌に破れて汚れた肌着。半分程はその上に革の鎧を着込んでいる。
身長は150cmと低いが、腕の太さや体つきは普通の人間が力比べで到底及ばない程たくましい、ゴブリンと呼ばれる種族である。
バゼルは敵を見据え、高らかに鼓舞する。
「はっ、こちらの戦力も考えずに挑んで来るとは、愚かな奴等よ」
確かにゴブリンは知能が低い。だが、言語を使い、武器や道具を使う程の知性はある。更に魔法を使うゴブリンシャーマン等もいるのだ。戦いにおいて、ゴブリン達は冷静に状況を把握し判断する。そのゴブリン達が、こちらの人数と武装を見て戦いを仕掛けようと言うのは、どうも腑に落ちない。
そう考えたメンバーが2人居た。真里亜とシェリーである。パーティーの中で、見た目は若い2人だが、中身は別物なのだ。他のメンバーより何十倍も経験を積んでいる。
真里亜とシェリーは、お互いの視線に気付き、頷き合い、真里亜は視覚でシェリーは魔法で辺りを探索する。真里亜は遠くで微かに動く影、シェリーは探知の魔法で2つの存在を感知し、その動きから、相手がゴブリンライダーだと判断した。
そして2人が状況を把握している間に、ツベリラは馬車を託され、街道横の木に馬を繋ぎに向かい、他のメンバーは戦闘体制を整え始めた。
先ずはミンツとバゼルが先頭に立ちスモールシールドとバトルアックスを構え、モーリスと真里亜が2人に攻撃強化と防御魔法を施す。シェリーは、全員に飛び道具からの身を守る魔法を唱え、ローゼンは弓を引き絞り、先制攻撃の体勢に入った。
敵との距離が攻撃範囲に入りそうな頃、ツベリラが馬車から戻り全員揃う。そして、ミンツからの攻撃指示が飛ぶ。
「俺とバゼルが敵の正面を抑えます。ローゼンは弓の攻撃範囲を越えたら、剣で溢れた敵を頼みます。モーリスとシェリーさんは回り込んで来る敵を魔法で撃退してください。マリアンヌさんとツベリラさんは、補助と回復をお願いします」
「「「了解」」」
リーダーとしては、的確な指示を出すが、更に背後の敵に気付かないのは、経験不足から来るものか、はたまた詰めが甘いせいなのか…とシェリーは考え、シオンだったら‥と遠いそらを観る。
そして、戦いは始まる。
ゴブリン達が弓の射程に入ると同時に、ローゼンの弓でつがえる矢が光る。
『クラッシュアロー』
ローゼンはスキルを使い、弓を発射する。
※武器スキルは、職業や武器の熟練度によって使用する事が出来る。特殊な武器に成ると、その武器特有のスキルを持つ場合があるが、その場合、職業レベルや武器の熟練度が必要になる場合もある。
ローゼンの矢は、軽い弧を描きゴブリンの胸元近くに刺さる。矢の刺さったゴブリンは一瞬怯んだが致命傷には及ばず、こちらを見据え怒りを露にした次の瞬間、刺さった矢の箇所がボンッと弾け飛び、胸に大きな穴を開けて絶命した。
ローゼンは続けて矢を放ち、2匹目も倒す。その頃には、ゴブリン達が間近まで距離を詰めて来ており、ローゼンも弓を剣に持ち変え、近接戦闘に備えた。
パワーアップされたミンツの鋭い剣の突きと、バゼルの持つバトルアックスからの一撃により、先頭を切って飛び込んできた2匹のゴブリンは、その場に倒れる。
モーリスは『ファイアーアロー』の魔法を強化させて敵へ撃ち込み、1体のゴブリンを辛くも倒す。シェリーは無詠唱でも魔法を唱えられたが、ここは和えて小声で『サンダーボルト』と、初級魔法を力を最小限に抑え、ゴブリンへと放つ。シェリーの魔法が命中したゴブリンは、悲鳴を上げ瞬時に黒焦げとなり消滅した。
それを横目で見ていたモーリスは、少し驚いた様子でシェリーに言葉を投げ掛ける。
「シェリーさん、張り切るのもいいですが、最初からそんな高レベル魔法を使っていたら、最後まで持ちませんよ」
と、心配されてしまい、シェリーは「はい、気を付けます」と可愛く応えるが、顔は少し苦笑いしていた…
一瞬で6体もの仲間を倒され、ゴブリン達は逃げ出すかとミンツは思ったが、残った4匹のゴブリンは、果敢にも攻撃を加えて来る。それをミンツとバゼルは正面から切り結んだ。
ゴブリン達は攻撃をしてくるが、必死に、と言うよりも防御主体の攻撃と表現した方が適切な行動だ。それに違和感を感じたミンツが、不味いと判断したときには、既に後手へと回っていた。
正面だけに注意を向けていたミンツ達を嘲笑うかの如く、次の瞬間、唸り声を上げながらパーティーの両側面より巨大な狼に乗ったゴブリンライダーが襲い掛かって来る。
ミンツ達は驚愕し、慌てて対応に動こうと必死になる‥2人を除いては…
ゴブリンライダーが襲い掛かって来たパーティーの両翼には、いつの間にかシェリーと真里亜が位置取りしており、最初の標的となった。
シェリーは「キャッ」と可愛く声を上げ、相手に対して両腕を前に突き出す格好を取る。すると、シェリーに飛び掛かって来たゴブリンライダーを乗せた狼は、何か見えない壁に衝突したかの如く、シェリーの直前で弾き返され、距離を置いて着地する。
真里亜に飛び掛かって来た狼を、真里亜は避ける格好でしゃがみ込み、スキの出来た腹へ弓なりに目にも止まらぬ速さで蹴りを入れる。すると狼は、一瞬、真里亜に覆い被さった様に見えた後、まるで自分で跳躍したかの如く、真里亜の後方へ着地した様に降り立ち崩れ倒れた。
突然の強襲で、取り乱し敵の攻撃を受けてしまったミンツとバゼルだったが、後衛陣が何とか凌ぎ切ったのを知ると、前方の敵へと意識を集中する。
狼を失ったゴブリンライダーと、弾かれて距離をおいたゴブリンライダーに、ローゼンとモーリスの弓と魔法による攻撃で応戦。一瞬で片をつけた。
頼みのゴブリンライダーを殺られた4匹のゴブリン達は、直ぐ様、尻尾を巻いて逃亡を図る。それを許すまいと背を向けたゴブリンの内、ミンツとバゼルは、2体を葬り残りの2匹に止めを刺そうと追い掛けた‥その時…
「危ない!」
真里亜の叫び声が飛ぶ。
ミンツが、真里亜の声に動きを止め、防御姿勢を取ると、ミンツの前方を走るゴブリンを突如飛来した影が襲う。高さ5m程、体長10m程、大型トラック位の大きさで、体の前が鷲、後が馬と言う姿をしている。背中に鷲の翼を持ち前足は鋭い猛禽類の爪を生やすこのモンスターこそ、グリフォンである。
グリフォンは、脚で1匹のゴブリンを捕まえると、嘴でもう1匹のゴブリンを襲った。
ミンツ達パーティーは、突然の出来事に、呆然と立ち尽くしてしまった。
だが、シェリーと真里亜は違った。
「みんな、逃げるよ(わよ)!」
2人の声に、我を取り戻したパーティーメンバーは、流石、冒険者と言わんばかりの素早さで、行動を開始する。全員が散り散りに走り出すが、向かってる先は、皆同じ馬車へだった。
ミンツ達が必死に逃げ走る中、真里亜とシェリーは更なる強敵を感知する。それは遥か上空を旋回する4匹のグリフォンの群れであった。
真里亜とシェリーは、一瞬の間に対策を練り、シェリーが真里亜にアイコンタクトを送ると、それだけで真里亜は頷き、行動に移った。
まず、シェリーが真里亜から距離を取り、いいタイミングで真里亜が全員に手を振りながら大きな声で叫ぶ「みなさんこちらです」
真里亜の行動に、全員の視線が真里亜へと注がれた‥その瞬間、パーティーメンバー全員の死角に入ったシェリーは、上空に向け魔法を唱えた。
『フィアスピリット フォース ストロング』
【恐慌】【強化】【4倍】
その詠唱は、誰の耳にも届かず唱えられる。その打ち出された掌からは、黒い靄が放たれ、遠く空飛ぶグリフォン達へと襲い掛かり、包み込む。すると、グリフォン達は悲鳴とも取れる鳴き声を轟かせ、空の彼方へと四散し、飛び去って行った。
危機を脱した事に、シェリーと真里亜は安堵し、馬車へと全員が到着する。遠くでグリフォンがゴブリンを襲っている間に、ミンツ達一行は、静かに馬車を動かし、その場を後にした。
馬車の移動中、戦闘で負傷し肩や腕に傷を負ったミンツとバゼルをツベリラと真里亜が治癒の神聖魔法で治療する。回復魔法により、傷は完全に癒えたが鎧や籠手などは鍛冶屋で直して貰わなければ、傷だらけのままで、防御力がかなり落ちている。
昼間の戦闘で、疲れ切ったパーティーメンバー。思わぬ奇襲や強敵の出現により、精神的にも疲れはて、全員が無言のまま静かに馬車は走り、その日は早目にキャンプの準備に取り掛かることにした。
この世界で野宿する場合、モンスター等の襲撃に備え、見通しの良い場所が好ましい。しかし、雨風を凌ぐ為には、岩影や森の側が好ましい。どちらかを優先すれば、どちらかを犠牲にしなくてはいけない、そんな場所を決めるだけで時間が掛かる上に、日が欠ければ辺りは真っ暗闇に覆われてしまう。だからこそ、お昼を過ぎてからの夜営の準備は、決して早すぎると言うわけでもない。
一行は、草原にあった丁度良い岩場を見付け、夜営の準備に入った。各自の分担で、周辺の警戒、水の確保、火起こし食事の用意、馬車の世話に寝床の用意と別れ、各々役目を果たす。
全て、準備も整い夜食が終わる頃には、皆、寝床に入り、疲れ切った体を休める。見張りには、真里亜とシェリーが志願し、疲れていたメンバー達は、その言葉に甘え、眠りへと落ちていくのだった。
岩場で見晴らし良い場所を見付けた2人は、夜風を感じながら、腰掛けていた。
「やっと2人だけで話せるわね」
シェリーが真里亜の横で夜空を眺めながら声にする。
「そうですね、旅に出てからずっと、誰かしら側に居ましたからね」
真里亜も夜空の星を眺めながら、シェリーに応えた。
「でさぁ、聞きたいんだけど、あんた何か知ってるでしょ?」
シェリーは真里亜の顔をギッと睨み付ける。
真里亜はシェリーと目を合わせない様に視線を泳がせ「えっ、うっ‥‥えへ。」
「えへ、じゃないだろ。こんな時は大概マリアのドジが原因なんだよ」
真里亜は、シェリーの睨みを避けるように、俯いて下を向く。
「ごめんなさい…」
「ん、で?」
「実は‥‥
真里亜は、今回の召喚に付いて語る。
初詣のお願い事で、『ウィッシュ』の魔法を発動させてしまったこと(たぶん)。その願いだが、正確に思い出すと「ここに居る友達みんなで、また異世界に行って正義の活躍をしたいです」と言うものだったのだ。
話を最後まで聞き「ハァー」と大きなため息を吐いたシェリー。そして、両膝に手を着いて立ち上がり、真里亜に顔を振り向ける。
「と言う事は、魔法の効果が失われる1ヶ月後か、新たに魔法が使える様になる1ヶ月後まで、元の世界には戻れないって事なのね」
真里亜はシェリーの顔を見ながら話を聞いたが、視線を地面に向け「そうだと思う…」と小さく呟いた。
「それと、仲間って言ってたけど、その仲間に愛莉ちゃんが含まれているのか、いないのか、それってかなり重要だよ。私達は良いけど、愛莉ちゃんは何の能力もないし、知識もない。何か起きても可笑しくないんだから。取り敢えず、この旅が終わったら、他のメンバー探しながら愛莉ちゃんを探さないと!」
シェリーは、真里亜を指差しながら、ハッキリした物言いで突き付けた。
「そうだよね。ごめん…」
真里亜は、肩を落として答えるのだった。
こうして、今後の目的を決めた2人は、急ぎ今回の任務を終えるために、旅を急ぐのであった…