ミラクル・グッバイ その11
月明かりを浴びながら、東京湾を航行する大型客船オーシャンマリーナ号。
その甲板に今、4つの人影が冬の冷たい夜風に身を靡かせながら、物語を語る…
志恩はそっとシェリーに手を差し伸べ「力を貸してくれないか」と優しく言葉を掛ける。
シェリーは「おバカさん」と言って、しっかりとその手を掴んだ。
「佳澄さん、由依ちゃん、これから観るもの起こることは、誰にも内緒にして欲しい」
志恩の言葉に姉妹は、顔をキョトンとして、ただ頷いた。
志恩は目を閉じ空を仰ぎ、どこの国の言葉か分からない、不思議な言葉を唱える。
志恩が下位古代語を唱えると、志恩の体が光始めた。
その横でシェリーも呪文を唱え、シェリーの体から光が志恩へと注がれていく。
そして‥
志恩の体が、金色の光に包まれたその時、
志恩は由依の手を掴み、高らかに叫んだ!
『トゥーリポースリカバリー』【完全なる回復】
志恩の唱えた呪文と供に志恩の全身の光が腕を通して、由依の身体へと流れ込む。
そして、志恩は由依の身体が光に包まれると同時に腕に力を込め、車椅子から引っ張り立たせる。
由依が立ち上がると、重さを失った車椅子は、甲板の彼方へと風に流されて行き、由依は自分の足で立ちながらその光景を眺めていた。
由依の体を覆う光が止んだ時、佳澄は由依の姿を見て涙するのだった…
「うっ嘘でしょ?まさか…そんな…私は幻でも見ている…」
泣き崩れる佳澄の姿を、ただ立ち尽くしながら眺める由依は、まだ不馴れな足取りで志恩の手から離れると、姉の元へと歩み寄り肩に手を乗せ、一緒にしゃがみ声を掛けた。
「お姉ちゃん、私、歩けたよ。凄いの全然痛みがないの」
佳澄は肩に置かれた由依の手を自分の手で握り絞め、お互い屈んだ状態で両手を繋ぎ向かい合い、その顔を見詰める。
「由依、あなたの顔、とっても綺麗よ」
涙ながらに語る姉の言葉に、由依は「えっ」と驚き、繋いだ片方の手を放し自分の顔や頭をなぞるのだった。
今まで凸凹の顔の頬や目元は、すべすべとした感触でなぞられ、剥げて頭皮が露出していた頭にはサラサラの髪がところ狭しと生え揃っていた。
「わ、私の顔‥」
震える声を絞り出す由依に、
「えぇ、そうよ、あなたの美しい顔は元通りになっているわ」
佳澄が抱き締め、声を掛けるのだった。
暫しの時が過ぎた頃、
「さあ、風邪を引くと面倒だ、部屋に一旦戻ろうか」
志恩は二人に声を掛ける。
「志恩、あなたはいったい‥」
由依を抱えながら立ち上がった佳澄が、志恩に喋り掛けた時、志恩は佳澄の口元に人差し指を1本立てて添え、
「しぃーー」と言葉を遮るのだった。
パーティー会場となるエントランスホールに残された愛莉、柚木、貴司、政夫は階段を上がったフロアーでテーブルを見付け、立食の形を取りながら、暗い雰囲気を醸し出していた。
するとそこへ、大量の食べ物をお皿に乗せ果汁の瓶を持ち、静香と剛が戻ってきた。
「あれ~他の人はどうしちゃったの?」
貴司は少し呆れた顔で、二人を見つめ、
「能天気だな、お前達二人は…」
と、ため息混じりに、言葉を返す。
その後、二人に事情を説明し、二人が真っ赤になって怒るのを皆で宥めていた。
するとそこへ、船衣服を着た男を伴って、先程由依の車椅子にぶつかって来た乗客の婦人達が通り掛かり、柚木と政夫に気が付くと足を止めた。
「あら、あなた達はさっきの…まだこんなところに居たの?あの気味の悪い子は一緒じゃないのね。おホホホホ」
政夫達は、あからさまに嫌な顔をする。その様子に静香は、話の流れを理解したようで、
「なんですか、お、ば、さ、ん!私達に関わらないでくれます」
おばさん呼ばわりされた女性は、お酒で少し赤らめた顔を、更に赤くし、声のトーンを上げ叫ぶ。
「まぁあ、オバサンだなんて、私達になんて失礼な事を言うのかしら」
「あなた達のような、薄汚い子供が居ると、パーティーの雰囲気が悪くなるわ」
「本当よ。だからあんな化け物まで連れて来るんだわ」
今度は、剛と静香が鼻息を荒くしながら言い返す、
「はぁ、なんだとババァ!その減らず口を結んでやろうか」
「まぁ、なんて野蛮な。私達のお父様は、このパーティーのVIPなのよ。さあ、あなた達、この野蛮な子供どもを追い出して頂戴」
婦人達は一緒に連れていた船員達に命令するように言葉を投げ掛け指示をした。
すると、その言葉を言い終えた直前、女性達の背後から遮るように声が響いた。
「ちょっと通して貰えますか」
その声に、全員が一斉に振り返り、声を掛けた人物を見るのだった。
そこには、志恩とシェリーに挟まれる形で、1人の美しい少女‥いや、女性が凜とした姿で立っていた。
シェリーが志恩と由依だけに聞こえる程の声で、
「ふふんっ、どお。気合い入れてヘアメイクとフェイスメイクしたからね。みんな由依ちゃんに見とれてるよ」
「それもあるけど、ただ、由依ちゃんの元がいいからだろ」
志恩がシェリーに言い返し、その間で由依はちょっと顔を赤らめながら、
「そんなこと、ないですよぉ」
と、ちょっと照れていた。
愛莉達もボーっと観ていたが、スッと我に戻り。
「ゆっ由依ちゃんなの‥」
「えっ‥ほっ本当だ」
「由依ちゃんっ」
みんなの声に志恩達は、呆然としている女性と由依に見とれている乗組員の間を割って、愛莉達のテーブルへとやって来た。
「どうなってるの?」
「びっくりしたけど、とっても綺麗」
志恩達は、由依を中心に盛り上がる。
それを見ていた婦人達は、ワナワナと怒りを露にした。
「なんなのその娘は!さっきの化け物だって言うの!変装でもして私達をからかっていたって事?何て性格の悪い子供なんでしょう。こんな醜い奴ら、早く追い出してちょうだい」
ヒステリックを起こし、叫び散らしながら取り乱す女性の言葉に、乗組員が「しょうがない」と言う雰囲気で志恩達へと迫った。
志恩はみんなの前に出て、乗組員の前に立ち塞がる。
志恩と乗組員がリーチの届く間合いに入り、一触即発の状態になった‥
その時…
「おやおや、こんなところで揉め事はイカンよ」
そこに現れたのは、最初にこの婦人達と一緒に志恩達の前を去っていった中高年の乗組員だった。
その乗組員の出現に、婦人達と居た乗組員は、足を揃え姿勢を正し敬礼をする。
「いえ、揉め事ではごさいません船長」
そう、彼はこの船の最高責任者である船長なのだ。
婦人達は、船長を見ると側にすり寄り、
「この子供達が、私達を侮辱するんですよ」
「そうそう、酷いんですよ」
と、志恩達を非難し、船長はうんうんと頷き聞いていた。
ーー流石に、船の上で船長に歯向かう訳にはいかないーー
志恩は、その場を誤魔化し、引き上げようとした‥その時、
「心が醜く、侮辱し、非難しているのは、いったいどちらかな」
今まで、笑顔を絶やさなかった船長が、急に顔を引き締め、大きな声で怒鳴り付けた。
他の乗組員は、更に姿勢を伸ばして直立になり、婦人達は顔をひきつらせる。
「あなた方がしてきた発言や行動、全て知ってますよ」
婦人に向かい、きつく言い放つと、乗組員に視線を向け、
「お前達、ただ言われるままの行動をとるような浅はかな考えで、いいと思っているのかー」
乗組員は顔と体を仰け反る程に姿勢を伸ばしながら、
「いえ、思いません」
乗組員達は、冷や汗をかきながら敬礼をし続け、船長は今度、婦人を睨み付けながら、
「ご婦人方、我が儘や自分本意な行動は、程々になさいませ」
船長の重い言葉を掛けられるが、婦人達はプライドを絞り出すかの様に、言葉を絞り出した。
「せ‥船長、分かってらっしゃるの。私達のお父様は、この船のオーナーでもある伊集院財閥と懇意にしているのよ。このまま楯突いて、ただで済むとお思いですか」
志恩はーー男気のある船長だが、俺達の為に迷惑を掛ける訳にはいかないーーと思い、その場を何とか治めようとした。
だが、次に現れたのは‥
「おーほほほほほ!皆様、何をなさっているのかしら」
そこに現れたのは、今までどこへ姿を眩ましていたのか、麗香が派手なドレスを纏って現れた。
「あら船長、私の大事な友人達と何か御座いましたか」
船長は麗香の登場に口元を微かに上げる。
「これはこれは、伊集院麗香お嬢様。彼らはお嬢様のお知り合いでしたか?」
「そうよ、私がご招待した大事な友人よ」
麗香は会話の中心に躍り出ると、婦人達の方を向き、
「あら、貴女方は、うちの枝会社のご令嬢だったからし、私の大事な友人達と何か御座いましたか」
婦人達は、驚きの顔で麗香を見て口ごもる。
「貴女は確か、伊集院家のご令嬢…」
意気消沈し、黙り込んでしまった婦人達に船長は、
「もう、この辺で宜しいかな?」
船長は、乗組員達に向かい。
「お前達、このご婦人方はお疲れの様だ、お部屋までお送りして差し上げなさい」
「「イエッサー」」
婦人達は、まるで乗組員に連行されているかの様に、会場を後にするのだった。
志恩達は婦人達がいなくなり、暫くお互いの顔見合わせた後、一斉に笑いだし、船長も釣られて笑ってしまった。麗香だけは、キョトンと「なになに、どうしたの?」と、キョロキョロしている。
「では、ごゆっくりと残り少ないパーティーを楽しんで下さい」
と、船長がその場を離れようとしたので志恩は、
「船長さん。僕達を信じて庇ってくれて、ありがとうございました。麗香が知り合いじゃなかったら、船長さんにも迷惑を掛けていたかもしれないのに、すいませんでした」
志恩の言葉を聞いて、船長は高らかに笑い、一言言葉を残してその場を去っていった。
志恩とシェリー以外には分からない一言を…
「勇者を信じずに何を信用するのかね」
次回、新たなる脅威
次から戦闘シーンなど出てくるハズです。